和風ミュージカル完成!『座頭市』北野武 – あらすじ[解説,考察,感想]

2018年5月23日

ミュージカルと時代劇の融合!
タップダンスに金髪、新時代の座頭市!


座頭市 [ 浅野忠信 ]

  • 2003年9月6日公開(北野武監督10作目)
  • 監督・脚本:北野武
  • 出演者: ビートたけし、浅野忠信
  • 音楽:鈴木慶一
  • 北野映画最大のヒット作(興行収入28億)
  • 国内外で多くの映画賞を獲得。ヴェネチア国際映画祭では銀獅子賞(監督賞)受賞。
    ※参考:「座頭市-受賞」(wikipedia)
  • 監督が演芸場時代に身につけたタップダンスや殺陣が、作品の中に取り入れられています。
    ※参照:「ビートたけし-前座時代」(wikipedia)

北野武監督まとめ

あらすじ/ストーリー

 

 

 金髪に朱塗りの杖を持つ、盲目の按摩・座頭の「市」(ビートたけし)。ある宿場町に訪れた市は、野菜売りの「おうめ」の家に世話になる。町の賭場にておうめの甥で遊び人の新吉と、両親を盗賊に殺された芸者姉妹と出会い、町がヤクザの銀蔵一家に支配されていることを知る。一方で、病身の妻を持つ、職を失った浪人「服部」(浅野忠信)が町に辿り着き、その腕を買われて銀蔵のもとで用心棒として雇われる。その後彼は飯屋で市と出会い、互いの腕を認め合う。

 優れた聴覚を持つ市は、新吉と共に賭場で稼いでいたが、イカサマを見ぬいたことで、ヤクザともめてしまう。そして、芸者姉妹の仇が銀蔵一家であることを知って、一家壊滅に乗り出す。やがて市と服部は、仇討ちと用心棒という形で決闘をすることとなる。

解説,考察,感想

王道の娯楽作品の中で、時代劇とミュージカルを融合

 北野監督も語っているように、座頭市は「娯楽作品」の要素が強い。まず目立つのは、お客さんが観やすく作っていること。北野映画の中ではセリフも多く、登場人物が説明的なセリフを言う箇所もある。また、リメイクということもあるが、ストーリーや設定もシンプルであり、オーソドックスな時代劇と変わりない。その辺が良い意味で「娯楽作品」であり、結果として国内でも広く受け入れられたのだと思う。

 それを踏まえて感想を言えば、座頭市は「典型的な時代劇の中で、どのように人を楽しませるか、どのようにして新鮮さを出すか」を追求した映画だと思う。そして、その方法として、時代劇とミュージカルの融合という形をとっている点がユニーク。映画の中では、例えば数人の農民が畑に鍬を指す音が、そのままBGMになっていくシーンがある。他にも、町の人々が集団で行うタップ、芸者姉妹の三味線と踊りなど、「和風ミュージカル」とも言える作品に仕上がっている。

音へのこだわりと、殺陣シーンの面白さ

 他にも気になったことは、主人公が盲人ということで、「音」を強調した映画だという点。農作業の音、刀の音、博打のサイコロの音、雨の音、大工の金槌の音など、至る所で印象的な音が鳴っていて、物語にアクセントを加えている。他にも見どころはたくさんあって、一つ挙げれば、殺陣シーンは見もの。主人公の市は居合の達人ということで、一瞬で勝負はつくんだけど、いろいろな斬り方、殺し方を見せてくれる。特に、服部と顔合わせするシーン、賭場にて暗闇の中での殺陣シーン、服部都の決闘のシーンは見もの。また、人以外にもいろいろな「物」を斬るのも面白い。

アイディアの勝利

 リメイク作品かつ、勝新太郎と言う大スターの演じた役を自身で演るというのは、はっきり言ってかなりハードルが高い。そこで作品を全く違う角度から捉え、斬新な表現方法を編み出したのは、本当にすごい。「こんなの時代劇じゃない」とか、「時代劇の登場人物が金髪なのはおかしい」なんて批判もあったらしけど、そんなのは全くのナンセンス。

 勝手な推測だけど、おそらく最初にテーマとか表現方法があって、それが上手くハマりそうな作品として時代劇、そして座頭市が出てきた。そういう流れでできた作品なんじゃないか。そうじゃなくても、少なくとも最初から「座頭市やりたいなあ」なんて考えてなかったと思う。だからこそ、思いもよらない「座頭市」が出来上がったのだろう。

 なにはともあれ、とても面白い作品なので、必見です。

北野武監督のインタビューから見る『座頭市』
(解説・撮影秘話・映画論)

引用元:「物語」(北野武)より

ミュージカルの手法で娯楽映画に!

  • 浅草の齋藤ママ(齋藤智恵子/浅草ロック座会長)ってのがいて。昔、勝さん若山(富三郎)さんの面倒見てた人で、ほいで、映画化の権利、持ってたの。で、勝さん亡くなって、今度は俺んとこ来ちゃってさ。「これからはたけしのスポンサーだ」なんて言いだしちゃって、弱ったなと思ってたら、「座頭市」を撮ってくれって話になって。
  • あの勝さんをそのままやってもしょうがないじゃない。ほいで、全然違う……「もうアニメの世界だ」っつって(笑)、金髪の、赤い鞘のやつにしちゃったの。あと、下駄でタップやるの、おもしろそうだから。それだけなの、もうほとんどミュージカルみたいなことになんねえかなあと思って。
  • どうせ撮るんだったらものすごい難解な「座頭市」をやってやろうか、と思ったんだけど。でも、それをやると、相当、敵作るなって思うじゃない。そうすっと、「娯楽だな、これ」って、もう完全にそっちに振って。アクションとか音楽とかタップとか、そういう映画になっちゃったけど。

引用元:「物語」(北野武)より

 本作はとにかく面白い!様々なアイディアが散りばめられていて、どのシーンも細かいところまで様々な工夫がなされている。北野監督は、面白いアイディアを出させたら右に出るものはいなく、それを単なるアイディアで終わらせず、しっかり形にする。その辺の技術が遺憾なく発揮された作品です。

 制作のいきさつも面白い。芸人時代の人脈が生き、まさかの映画化の依頼。リメイクをやるのはいろいろとリスクがあります。元の作品が国民的な作品であればなおさら。そこで、あえて時代劇の世界にはないタップや金髪といった要素を入れて、まずは原作を壊す。そこから現代的な解釈で作品を捉え直す。

 逆にリメイクの失敗例と言えば、変にリアルさを追求したり、現代的な要素を意識しすぎて原作の世界観を台無しにするってのがある。また、狙いすぎて逆に陳腐な出来、あるいは難解でつまらない作品になることもある。こういった間違った方向へ行かず、上手いところに着地していい作品をつくるというのは、北野監督の感覚の良さ。本当に面白いリメイクです!

脚本・ストーリーについて

  • あれはほんとに、オーソドックスな娯楽映画の脚本だよね。悪い親分がいて、その黒幕がいて……(中略)敵の剣豪がいて、最後に座頭市と戦うのは間違いないわけで。それで、必ず悪い代官やなんかがいるじゃない? それを入れると、もうだいたい、あんな台本だよね(笑)。
  • 表向きの親分がいて、それと関係ないヘコヘコしてる奴が、実は裏の親分、っていう。それから、あの女のフリをしてる弟は、大衆演劇の橘大五郎って役者が踊りうまくてさ、そいつを出したいと思って。で、女の姉妹で、肩っぽは実は男で、復讐に燃えていて。それは、黒幕の奴らを狙ってて、それにいつの間にか座頭市が巻き込まれるためには、そのふたりが座頭市の金を盗ろうとする、とか。(中略)だからもう、すごい定番だよね。

引用元:「物語」(北野武)より

 ストーリーの面では大枠で原作に則り、冒険はしない。そういう意味でも、この映画は物語を観るというよりも演出やアイディアを見る映画。仮にここでストーリーまで奇抜なものにしてしまうと、完全に原作の世界観が壊れてしまう。

 一捻りを入れるくらいに留めておいたのが、脚本作成の上のポイントでしょう。

勝新太郎の「座頭市」との違いについて

  • 「座頭市」って、勝さんひとりの芸でもってた映画が多いんで。勝さん出ずっぱりでさ。でも、俺の場合は、俺ひとりじゃもたねえもの。とても俺ひとりでやれない。イヤでしょうがなかったもん、セリフ言うのが。もう、めんどくさくてめんどくさくて、その前にもう斬っちゃおうとかさ、ダンスでごまかすとかさ。(中略)サイコロの音でイカサマに気づいて、サイコロ切ったり、ロウソク切ったりするのもさ、もう、なるたけしゃべんないうちにパッパッてやってさ。
  • なるたけ勝さんがやってた座頭市を忘れよう、真似しないように、っていうのあったよね。一発でも同じようなことやると、客は引くと思うからね。

引用元:「物語」(北野武)より

 勝新太郎さんほどの名優を前にすれば、正直言って何をやってもかなわない。同じ作品で同じ土俵に立っても超えられないのはわかっている。そこを上手くかわしたという監督のコメント。

 とは言え、北野監督にも時代劇をやるにあたっての下地が全く無かったわけではありません。浅草時代にコントや劇のために殺陣の稽古をしており、基本的な刀の使い方は体に染み付いている。その下地があったからこそ、作中では軽やかな動きを見せています。

 動きに関して言うと、たけしさんはボクシングをしていたせいもあってか、刀の動かし方や身のこなしにはスポーツ的な部分があります。うまい表現が見つかりませんが、剣道や居合い斬りというよりはフェンシング的な。これがいいか悪いかは別として、作中では現代的な映像技術や音響技術を駆使した演出が見られます。これがうまい具合にスポーティーな殺陣と調和して、独特の雰囲気を作り出しています。非常に見応えがあります。

一捻りを加えたラストシーン

  • あの、最後で座頭市が目ぇ開けちゃうのは……あれはだから、目ぇ開けるんだけど、開いてて見えない人もいるじゃない? 目が開いてるけど、つぶってないだけであって、本人は見えてないかもわかんないというか。見えたのか、見えないのかっていうのがわかんないような、いたずらをしてんだけど。(中略)座頭市って、基本的には目つぶってんじゃない? あれがなんかおもしろくなくて。目ぇ開いちゃったほうがおもしろいなと思ったんだけど。(中略)で、最後、転ぶじゃない? そうすっと、わかんなくなるでしょ。
  • 最後はあの黒幕を斬らなきゃいけないんだけど、あれ殺しても、なんかねえ、インパクトないんだよね。当たり前の構図じゃない。いちばん悪いのが、最後に斬られて、祭りになるんだから。そこが、もうちょっとひっかかるようにしときたくて、ああいう終わり方にしたんだけど。

引用元:「物語」(北野武)より

 ラストシーンにはちょっとした仕掛けがあります。説明は引用部に譲るとして、この仕掛によって物語に大オチがついて、ちょっとした謎が残るために余韻まり、非常に心地よいラストに仕上がっています。

 最後の最後まで娯楽にこだわった座頭市!これは本当に面白いです。是非一度ご賞味あれ!