「よだかの星」(宮沢賢治)のあらすじ・レビュー

2014年9月20日

苦悩する怪鳥「よだか」の悲しいお話

新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)

もくじ

「よだかの星」のあらすじ

  味噌をつけたようなまだらな顔に、耳まで裂けたカエルのような口をもつ「よだか」という鳥は、他の鳥から忌み嫌われていました。目の前で悪口を言われることも珍しくありません。名前とは裏腹に、よだかは「鷹」の仲間ではありません。飛ぶ姿と鳴き声が鷹に似ているために、「たか」とついているだけなのです。

 当の鷹は自分の名前が使われているのを気に入っておらず、よだかに名前を変えろと要求します。そして、明後日の朝までに名前が変わったことをすべての鳥に報告しないと殺すと言います。よだかは悩み、日が沈んでから一人夜空を飛びます。口を開き、虫を食べていると、よだかは言い知れぬ恐怖を感じます。彼は、たくさんの虫を殺して生きている自分と、その自分が鷹に殺されてしまうことが辛かったのです。

 よだかは決心し、兄弟に別れを告げて、明け方近くに巣へ戻ります。巣を綺麗に掃除し、毛づくろいをし、東の空から昇ってきた太陽に向かって飛び立ちます。

「お日さん、お日さん。どうぞ私をあなたの所へ連れてって下さい。灼(や)けて死んでもかまいません。私のようなみにくいからだでも灼けるときには小さなひかりを出すでしょう。どうか私を連れてって下さい。」

 しかし、太陽は「お前は昼の鳥ではないので、星にお願いしなさい」と言います。よだかはそこで、疲れ果てて野原の上に落ちてしまいます。

 長い時間が経ち、よだかは夜露に目を覚まします。彼は、オリオン、おおいぬ、おおくまといった、いろいろな星の元へいきお願いします。しかし、「たかが鳥だ」「頭を冷やせ」などと言われ、挙句の果てには「身分が低いし金も必要」と突っぱねられます。よだかは力尽きて落ちていきますが、地面すれすれのところで急に高く飛び上がります。

 よだかはほんものの鷹のような声を出し、ぐんぐん昇っていきます。寒さに感覚がなくなり、意識も朦朧とする中、彼は燐の炎のような青い光を放ち、静かに燃え始めました。その後、よだかはカシオペア座のすぐ横、天の川を背にして、いつまでも燃え続けるのでした。

「よだかの星」(宮沢賢治)

MÃE-DA-LUA (Nyctibius griseus ) by Dario Sanches

「よだかの星」の解説・考察

「よだか」とは!?

参照:

 よだかは、実にみにくい鳥です。
 顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。
 足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。
 ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合でした。

引用元:宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』(2003)新潮社,第32刷,p.31

 物語の主役であるよだか(よたか)は、作中に説明がありますが、実物をイメージできる人は少ないかと思います。ポイントは夜行性であり、まだら模様と大きな口が特徴です。

 作中の説明とぴったり合うのは、参照サイトのうち、ベネズエラのオオタチヨタカだと思います。「怪鳥」と呼ぶにふさわしい、大きな目玉とカエルのような口。ファンタジーの世界から飛び出してきたような容姿をしています。日本にいるヨタカはこれよりもっと小型です。

 

宮沢賢治の作品の一大テーマ
~食物連鎖、弱肉強食への苦悩~

(中略)名前を奪われるとは自分の本質的存在を犯されることであり、また「みにくさ」は、よだかが羽虫や甲虫に対する惨殺者という自分の存在性への激しい嫌悪と表裏をなしている。よだかのこの苦衷は、地球という惑星上の全生物が置かれているいわゆる”食物連鎖”という宿命への意識であり、宮沢賢治がわが身に引き受けずにいられなかった大問題であった。本篇や、「二十六夜」「ビジテリアン大祭」「なめとこ山の熊」などで賢治が模索している対処法は決して一様でない。中でもこのよだかの決意と行動は、きわめて純粋・悲痛であり、悲劇的である。

引用元:宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』(2003)新潮社,第32刷,p.342(解説 – 収録作品について)

 この解説文はとてもわかりやすいものです。特に、「名前を奪われるとは自分の本質的存在を犯されることであり、また『みにくさ』は、よだかが羽虫や甲虫に対する惨殺者という自分の存在性への激しい嫌悪と表裏をなしている」という部分は、作品を解釈するにあたって役立ちます。

 われわれ現代人も、食物連鎖への苦悩を少なからず持っています。その証拠にベジタリアンがいたり、捕鯨を反対する動物愛護団体がいたり、家畜を初めとして、食べ物になる動物を供養する習慣、感謝の気持ちがあります。人間は家畜という存在をつくり、自分で動物を殺す必要のないシステムをつくり、「食物連鎖」という問題から上手く目をそらしています。人間はむしろ、その他の問題、「よだかの星」でいうと自分の存在意義への悩みの方が大きいかもしれません。

 賢治の作品のうち、生きることに苦悩した動物は、いろいろな解決策をとっています。例えば「二十六夜」では、フクロウたちが宗教をつくって、お経を唱えています。そしてよだかは、自ら命を絶っています。賢治の作品群を読む中で、食物連鎖という問題に対するいろいろなアプローチに注目すると、より深く楽しむことができると思います

 

参考文献

参照:

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