【90年代】洋楽ロックの歴史と年表⑤[出来事,事件,ムーブメント]

2018年1月14日

90年代後半:2000年代への足がかり

ブリット・ポップ終焉/新たな音楽(1997年)

レディオ・ヘッドの変化と世界的成功

 オアシスやブラーなどの新世代のバンドを中心としたブリット・ポップムーブメントだが、その終わりは想像以上に早かった。とは言え、そもそもブリット・ポップは音楽性の共通項は少なく、90年代以前のロックに影響を受けたバンド群という方が正確だ。そのため、終焉は単にブリット・ポップという括りが外されただけで、個々のバンドはそれぞれの道を歩むこととなる。

 音楽性の変化が少なかったのはオアシスだろう。60年代のクラシカルなロックを基礎として、微妙な変化を加えながら2000年代に突入していった。一方で、大きな変化を遂げたバンドはレディオ・ヘッドだ。メロディアスで壮大なロックから、より「オルタナティブ」な面を強めていき、実験的な音楽を探求していくこととなる。常に変化をするバンドだけに分類は難しいが、エレクトロニカやプログレ的な方向性を見出していく。

 もう一つ加えると、レディオ・ヘッドはアメリカ進出に成功し、世界的なビッグ・バンドとなる。90年代以降の10年~15年ほどは、世界一のバンドと言ってもいいだろう。オアシスはアメリカ進出に成功したとは言い難いが、一方で英国では常にトップを走り続けた。

真に「オルタナティブ」なロック

 記事前半でも説明したが、オルタナティブとは「(商業的な音楽や流行の)代わり」という意味を持つ。その意味では、レディオ・ヘッド、あるいはケミカルブラザーズ、アイスランドの歌姫ビョークなどは、本当の意味でのオルタナティブだと考えられる。

 レディオ・ヘッドは商業的にも大成功していたが、作品を見れば明らかに流行やスタンダードからは外れていた。ケミカルブラザーズはシーンの最前線にダンス系のミュージックを持ち込んだ。常識を覆したという意味でオルタナティブだろう。ビョークは言わずもがな。U2などと同じように、ヨーロッパの小国・島国から登場するアーティストは、大陸には無い感覚や壮大さを有している。オルタナティブなロックが最前線に出てきたという、本末転倒的な時代である。

ビック・ビートの登場(英/90年代半ば)

 先程紹介したケミカルブラザーズについて説明しよう。彼らの音楽は基本的にダンス系のインストであるが、音楽性にロックを強く内包している(そもそもビックビートはロックとダンスの融合とも表現される)。加えて、英国においてケミカル・ブラザーズはロックとダンスの架け橋となった。その象徴とも言えるのが、ロック系ミュージシャンとのコラボである。

 最も有名なのはオアシスのノエル・ギャラガーをボーカルに据えた楽曲だ。「Setting Sun」はビートルズの楽曲のドラムループを取り入れ、現代にビートルズの音を蘇らせたとも言われた。「Let Forever Be」でもシングルとしてヒットを飛ばした。

 ロックのキャッチーさを取り入れたことで、ダンス系の音楽が大衆に許容されるようになった。戦術のレディオ・ヘッド的な展開もそうだし、後のエレクトロニカの流行と同じく、90年代は大衆が許容する音楽の範囲がグッと広まった時代でもあった。

エレクトロニカが注目(英/90年代後半)

 今度はエレクトロニカである。これもやはりレディオ・ヘッドがわかりやすい。世界的な評価を決定的にした『OKコンピューター』前衛音楽を大胆に取り入れた『キッドA』がそれだ。加えて、90年代英国のビッグ・バンドの一つプライマル・スクリームも、エレクトロニカに本格的に乗り出し、非常に高い評価を受けた。

 とりわけプライマルクスリームの『エクスターミネーター』は一歩間違えれば雑音・騒音の激しく歪むサウンドを取り入れ注目を集めた。

オルタナ系ビッグ・バンド登場(英米/90年代終盤)

 最後は90年代終盤を見ていこう。年表を作っていて気がついたのが、オルタナ系の音楽を演るビッグ・バンドの登場だ。90年代の伝説ニルヴァーナの元ドラマーであるデイブクロールのフー・ファイターズ。プログレ・メタルで世界的に大成功を収めたミューズ。ピアノロックでこちらも世界的名声を得たコールド・プレイなど。

 彼らはいずれもレディオ・ヘッド並みのヒットを飛ばし、グラミーなどの賞も常連である。オルタナがいよいよ本流になり、もはやオルタナというジャンルが不要になってきたとも言えるだろう。その証拠じゃないが、2000年代にはオルタナが細分化されインディー・ロック、ガレージ・ロック、リバイバル・ロックなどがシーンの最前線に躍り出る。80年代にマイナーかつアングラなところから始まったオルタナが、いよいよ本流になってその名札を不要とするところまできたというわけだ。