【90年代】洋楽ロックの歴史と年表⑤[出来事,事件,ムーブメント]

2018年1月14日

英米での新時代幕開け

オルタナティブ・ロックブーム(英,米/90年代前半~)

 ニルヴァーナのカート・コバーンの死によって、ロックシーンに大きな穴がポッカリと空いてしまう。しかし、そこにうまい具合に新たなアーティストがハマっていく。まずひとつは、90年代前半に活況となるオルタナティブ・ロックだ。その象徴とも言える曲が、レディオ・ヘッド「クリープ」、ベック「ルーザー」である。両曲の曲名とサビの歌詞に注目であり、クリープでは「俺はウジ虫(Creep=不気味な、イモ虫のような)」ルーザーでは「俺は負け犬(Loser)、早く殺せよ」と叫ぶ。どちらも陰鬱かつ自己否定的な歌詞とこれまでにない音楽性を持っており、新時代の音楽として注目を浴びた。オルタナティブ・ロックのブームはより広いものだが、この二曲を一例として考えるとわかりやすい。

 レディへとベックは以降は全く別の方向へ進むが、90年代~2000年代にかけて常にロックシーンの中心的存在として活躍していくことになる。さらに言えば、両者はいずれも独自の音楽性を追求していき、商業的な面よりも芸術面をクローズアップしていく。その姿勢もオルタナの代表格としてあげる理由の一つだ。同じく90年代を代表するアーティストであるグリーン・デイやオアシスよりもちょっと早く話題になっているのもポイント。 

ブリット・ポップムーブメント(英/1994~96年)

転換期となった1994年

 年表を見ていくと、94年は大転換の年になっている。

重要作品・出来事
  • 2月  グリーンデイがメジャー・デビュー。『ドゥーキー』(alb)が世界中でヒット(★)
  • 〃  ベック「ルーザー」(sgl)がアメリカで大ヒット。オルタナブームの火付け役となる(★)
  • 4月  カート・コバーン(ニルヴァーナ)が自殺。27歳という曰く付きの年齢での死だった(27クラブ)(★)
  • 〃  ブラー『パークライフ』(alb)発売。ブリット・ポップブームの着火点となる(★)
  • 9月  オアシス『オアシス』(alb)発売。英デビューアルバム歴代最速売上記録更新(当時)(★)
デビュー

 グリーン・デイ、オアシスがデビューし、いずれもヒット作を発表。そしてカート・コバーンが自殺。さらにブラーが代表作『パーク・ライフ』を発表している。カート・コバーンが死んだから時代が変わったというわけではない。彼の死の前後で偶然にも新時代のアーティストが登場し、シーンの中心に躍り出たのだ。しかっも、90年代を背負って立つビッグ・バンドが数組である。

ブラーVSオアシス(1995年)

 まずはブリット・ポップから行こう。その名の通り「イギリスのポップ」ムーブメントであるが、その火付け役になったのはブラー。中心人物であるデーモンは、両親が芸術家で幼い頃から音楽を学ぶ。出身はロンドン、幼少期は郊外のコルチェスターで過ごすが、大学で再びロンドンに移る。音楽的にも都会的なサウンドが特徴的である。さらに言うと、60年代に活躍したキンクスのサウンドに近い。ひねくれたメロディーとイギリスの伝統に根ざした音だ。

 一方で、彗星のごとく登場するオアシスはブラーのライバルとなるのだが、出身は工業で栄えた街マンチェスター、労働者階級出身で親父はアル中、幼い頃から悪ガキ・不良として過ごし、警察の世話にもなっている。当然ながら大学など通わない。音楽的にはキャリア後半のビートルズやセックス・ピストルズ、ザ・フーなどのパンク的側面も持つ。ブラーとは対局とまで行かないが、異なる音楽性を持っている。とりわけ幼少期の環境は真逆だ。同じなのは、同時代にイギリスで大ヒットを記録するという点のみ。

 こんな対極的な両バンドが比較されないはずがない。突如現れた新人2大バンドにイギリス人は熱狂し、メディアも両者の対立構造を作って煽る。95年にはシングル売上による対決が行われてブラーが勝利。その数カ月後にはオアシス最大のヒット作『モーニング・グローリー』が発売。イギリスの当時の歴代売上記録を更新し、世界中で超メガヒットを記録。その年の国内ベストアルバム(Qアワード)に選出される。

現代のビートルズとまで言われたオアシス

 この年のオアシスの勢いは凄まじく、とりわけ英国内では「新たなビートルズが登場した」とまで言われる有様。この熱狂は数年間続き、97年には再びブラー対オアシスのアルバム対決へと発展する。しかし、そこで両バンドは方向性を大きく変えてしまい、ブリットポップブームはそれまでの盛り上がりが嘘化のように急速にしぼんで消滅してしまう。

 今振り返ってみると、オアシスの勢いはアメリカ市場を飲み込んでしまいそうなほどだった。しかし、実際にそれを成したのはレディオ・ヘッドであった。そして、90年代後半にはアメリカで「ガレージ・ロック」というジャンルが流行り、以降を代表するビッグアーティストが登場。オアシスは世代を代表するバンドとして以降も活躍を続けるが、世界を巻き込んだのは僅かな期間だけであった。

ミクスチャー・ロックの登場(90年代初頭)

 アメリカのロックジャンルで外せないのはミクスチャーである。これは本国及び世界ではあくまでオルタナであり、日本における造語だ。ただ、分類としてわかりやすいのでここで紹介する。

 その名の通り、何かとロックをミックスしたのがこのジャンルであり、最もわかりやすいのはラップ、ヒップホップとロックの融合である。代表的なミュージシャンはレッチリやレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン。聞いてみればわかるがまさにロックの中にラップを取り入れており、これまでにない締りのある、あるいはメッセージ性の強い楽曲を生み出した。

 細かい分類をすれば、初期~中期のレッチリはオルタナ的である。特にファンクの要素が強く、ロック&ファンクという展開を見せ、世界的に大ヒットを生み出した。一方レイジ~は、メタル、ハード・ロックの展開を見せた。これは以降に流行となるラップ・メタルへ影響を与えたと言っていい。

ポップ・パンク、メロコア流行(米/90年代前半~)

 カート・コバーンの死と前後して、アメリカでビッグ・バンドが登場し、パンクブームを巻き起こす。おなじみのグリーン・デイである。彼らの登場はニルヴァーナの代わりとまでは行かないまでも、若者の心を掴んで世界的なヒット作を生んだ。パンクとは言っても、そこには激しい自己主張はなく、ロックの美しいメロディーがあった。まさに「ポップ」パンクである。

 アメリカ国内はもちろん、この音楽は珍しく日本にも早い段階で浸透し、数々のフォロワーを生んだ。90年代以降の日本の「パンク」を名乗るバンドは、概ねグリーン・デイやその世代のアメリカのパンクバンドの影響下にある。

 90年代はキャッチーさを持ったバンドがデビューして間もなく大衆に受け入れられる。一方でオルタナ勢やベテラン勢も加わり、まさに群雄割拠の時代となる。ジャンルはどんどん増え、ビッグ・バンドが乱立。リスナーにとっては非常に恵まれた時代とも言える。