【80年代】洋楽ロックの歴史と年表④[出来事,事件,ムーブメント]

2018年1月14日

MTVとマイケル、プリンス

MTV開局(1981年)と世界で最も売れたアルバム

 80年代の音楽界での大変革として、MTVの登場がある。MTVはアメリカで81年に開局した音楽専門チャンネルであり、ミュージックビデオを世に広めた。映像によって音楽を流通させる方式は音楽ビジネスに大変革をもたらし、その流れにのって大ヒットしたアーティストの代表格はマイケルジャクソン、そしてアメリカのメタルバンドである。

 マイケルジャクソンのスリラーを始めとするミュージックビデオは、楽曲の持つ価値を超えた話題性を呼び、82年のアルバム『スリラー』はこれまでにアメリカだけで3000万枚、世界統計では1億枚(!)という、史上最も売れたアルバムとなった。はっきり言って常軌を逸した枚数である。

MTVと音楽市場の変革

 MTVの登場により、デビューしてすぐに大ヒットを飛ばすアーティストも増えて来た。これは21世紀にインターネットによるメディア改革が起きてからの流れにも似ている。デビュー前に騒がれるだけ騒がれ、デビュー作が一定の価値を持っていれば爆発的ヒットを飛ばす。こういった新人が世界中でどんどん登場している。80年代以降のアメリカの音楽シーンも同じであり、デビュー作が最も売れた、あるいはデビュー作でメガヒットを飛ばすアーティストが増えた。

 ちなみに、MTVが開局第一曲目に選んだのはバグルズ「ラジオスターの悲劇」である。こちらも楽曲の良さに映像の話題性が加わり、世界で最も良く知られるミュージックビデオの一つになっている。

  • 参考:『ロック史』北中正和(2017)第1版第1刷,立東社,pp218-223)

「総合アーティスト」のプリンス

 マイケルジャクソンとの対比が面白いのがプリンスである。同じく黒人であり、同時期に同じジャンルで世界的にヒットしたアーティスト。しかし一方で、日本では知名度にかなりの差がある。これはマイケルがスターとしての道を歩んだ一方、プリンスはアーティストとしての道を歩んだ結果と言えるだろう。

 もちろん、プリンスも疑いようのないスターである。しかし、マルチプレイヤーであり、あらゆるパートやプロデュースまで自分で行い、自伝映画の監督・音楽担当も行い、独自性を追求した曲調、アルバムの形態でも前例のない独自性を示す(Lovesexyなど)など、プリンスはまさにアーティストだった。

 いずれにしても、二人の天才がMTVによって世界を驚嘆させたというわけだ。

ライブエイドと70年代バンドの底力

ウィ・アー・ザ・ワールド

 80年代のロック界のビッグイベントと言えばアフリカ難民支援チャリティーコンサートの「ライブ・エイド」だろう。テーマを持ってチャリティーを行い、社会性をもって世の中に訴えかける動きというのは、1971年ジョージハリスンのバングラデシュ難民支援コンサートから盛んになって来た。そして、ライブエイドは20世紀を代表するチャリティーコンサートと言われている。

 ウィ・アー・ザ・ワールドで有名なUSAフォー・アフリカの延長線上にあるイベントであるが、それがチャリティー的にどんな意義があったかとかはここでは置いておこう。ライブエイドはある意味で新旧のアーティストが参加し、その実力や人気を試される場でもあった。ビッグネームだけ上げれば、U2、ザ・フー、クイーン、エルトンジョン、ポールマッカートニー、ツェッペリン、マドンナ、ボブディランというまさに錚々たる面々、銀河系軍団である。

ベテランの健闘と次世代のスター

 さて、これらの大スターの中で、ライブがキャリアの転換点になったアーティストがいる。まずはザ・フーである。このライブで一度限りの再結成をし、90年代以降にバンド再結成、とりわけ21世紀に入ってその価値を見直す動きが大きくなった。他にも、ボブディランはトラブルもあって顰蹙を買った一方、ポールは相変わらずの実力を見せつけ、この後もマイペースで音楽界で活躍し続ける。

 また、U2は次世代を引っ張るバンドとしてこの舞台でレジェンド達と共演し、何らかの刺激を受けたはずである。2年後に最高傑作『ヨシュアツリー』を完成させるのも感慨深い。このU2に大いに刺激を与えたのは、おそらくではあるが、クイーンである。そう、クイーンだ。ライブエイドは実はクイーンのためのものだったのだ。

クイーン伝説のライブ/フレディ大爆発

 ライブエイド出演当時、クイーンは低迷期にあった。しかし、「低迷」と呼んでいるのは批評家であり、クイーンはずっと売れ続けていた。前年に発表した『ザ・ワークス』ではキャリアでも印象的なヒットソングも飛び出し、相変わらずの実力を見せつけていた。ただ、確かに作品のクオリティが全盛期より落ちて来たというのはあった。

 当時のフレディは短髪にヒゲ、ジーンズにタンクトップという例のスタイルである。初期の頃に長髪でハンサムな姿とは真逆と言って良いスタイルだ。いつものスタイルで登場したフレディーはその日は絶好調。「ボヘミアンラプソディ」で聴衆を盛り上げ、2曲目が終わったところでカリブ系っぽい言葉(「デーオ!」)で客を煽り始めるのだが、その煽り方と客の反応がものすごく面白く客は大盛り上がり、その後の名曲で何万もの観客のテンションは最高潮に達し、ロック史に残る名演として語り継がれることとなったのだ。

 これは是非、youtubeなんかで映像を見て欲しい。フレディのパフォーマーとしての才能を目の当たりにし、感動すら覚えることだろう。

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