【70年代後半】洋楽ロックの歴史と年表③[出来事,事件,ムーブメント]

2018年3月7日

パンクムーブメントの到来

 パンクはわかりやすく言えば、シンプルな(コード進行による)楽曲、強いメッセージ性・反社会反権力的という二つの要素で構成される。パンクは70年代前半のハードロックとプログレと比較するとその存在意義がわかりやすい。ハードロックはテクニカルに走り、プログレは難解で複雑な楽曲に走った。そして両社は共に爆発的なヒットを飛ばした。しかし、ロックはそもそもシンプルで若者が真似できる音楽であり、社会や権力に対する労働者・民衆の代弁者という要素を持っていた。それが、70年代にはすっかり忘れ去られてしまっていたのだ。

アメリカ・イギリスでのパンクの流れ

 さて、パンクと言えばセックスピストルズを思い浮かべるだろうが、アメリカとイギリス両方でパンクの火付け役がいる。

 ストゥージズは当時は大きなブームを呼ばなかったが、パンクブームの際に見直され今では中心人物イギー・ポップは「パンクのゴッドファーザー(名付け親)」とまで言われている。パンクがアンダーグラウンド発祥だったことを考えれば、やはり見逃せない存在である。

 そして70年代に入り、マルコム・マクラーレンとラモーンズによってイギリスへとパンクの種が持ち込まれる。

 パンクは決して自然発生的に現れたものではない。マルコム・マクラーレンが当時の社会の雰囲気を嗅ぎ取り、入念な準備の下でピストルズのデビューにこぎつけている。過激なステージパフォーマンスで話題を呼び、イギリス王室やキリスト教までをもこき下ろす歌詞は放送禁止などの処分を受けたが、それがさらなる話題性を呼んだ。

ニュー・ウェーブ/ポスト・パンクの登場

 パンクブームは数年でしぼんでしまうが、その後の音楽ジャンルとしてニュー・ウェーブを残した。今度はこちらの流れを見ていこう。とっかかりとして最適なのは。ピストルズと同時期にイギリスで登場したザ・クラッシュである。

 クラッシュはアメリカ進出を果たしたのち、ロンドン・コーリングによって音楽性の幅をグッと広げた。ロック、パンク、スカ・レゲエ(ジャマイカ音楽)、R&B、ハードロックなど古今東西の様々な音楽を巧みに表現し、もはやパンクバンドではなくなっていた。パンクからニューウェーブへの変化としてわかりやすい。

 もう一つは、ザ・ジャム。こちらはパンクブームのいちバンドとして見られていたが、そもそもニューウェーブ的な音楽性を持っていた。そういう意味で、パンクとニューウェーブの近似を確認できる。さらにU2もここに入ってくる。U2はアイルランド出身でバックグラウンドも異なるが、音楽的には当時のニューウェーブやポストパンクの影響を受けている。

 ニューウェーブは主にイギリスで盛り上がりを見せ、そのアーティストの総数も非常に多い。有名どころを押さえていってその音楽性を捉えるのがいいかと思う。

大物アーティストのディスコ・パンクへの回答

 70年代の新たな音楽ブームの中で、大物バンドやアーティストはブームに対する回答を迫られた。わかりやすいのはパンクバンド・ファンからのロックバンドへ対する批判だ。批判の標的にされたバンドのうち、ローリング・ストーンズ、QUEEN、ピンクフロイドを例に上げる。三者三様の対応を見せていて非常に面白い。

  • ローリングストーンズ:
    『女たち』にてディスコ、パンク的サウンドを取り入れ、久々のヒットアルバムに。その後はレゲエ、ダンス路線に向かう。
  • QUEEN:
    『世界に捧ぐ』(「ウィ・ウィル・ロック・ユー」「ウィ・アー・ザ・チャンピオン」収録)で無駄な音をそぎ落としたソリッドなロックアルバムに。アメリカで高い評価を受け、世界的ヒットを記録。
  • ピンクフロイド:
    『ザ・ウォール』プログレ・コンセプトアルバム路線を継続し、2枚組の大作を完成。歴史に残る売上を記録。

 注目すべきはどのバンドもヒット作を生み出したことである。どのバンドも全盛期であったことも関係あるが、パンクの煽りを受けて創作意欲が刺激されたのは間違いない。

 ストーンズはどちらかと言えばパンクからの批判を受け流した感がある。21世紀でもピンピンしている王様らしい対応だ。クイーンはあくまでハード・ロックで力勝負を挑み、バンドとしてさらに成長した。クイーンの当時の勢いはすさまじいものがあったので、パンクの批判など屁でもなかったと言う感じ。

 一方ピンクフロイドは、パンクに全く動じず大作路線を推し進めた。結果的に2枚組のアルバムなのに1000万枚単位のヒットを記録。ここまでくるともはや意地を感じる。アルバムを引っさげたツアーもセットが大作志向であり、これだけ売れたのにバンドは赤字になったという噂もある。やることなすことスケールがでかすぎた。この辺のパンクに対する対応は調べてみると非常に面白い。

ジョン・レノン殺害とスターの死去

 70年代にロックスターが数多く死去し、ビートルズが解散した。それから10年経って、再びロック界に衝撃が走る。ジョンレノン銃殺事件と、ザ・フーのドラマーのキースムーン、そしてツェッペリンのドラマーのジョン・ボーナムの死去である。

 60年代70年代を支えたビッグバンドのメンバーの死去とあって、ロックの流れを変えるのに充分すぎる衝撃を持っていた。間もなくツェッペリンは解散、ザ・フーは新ドラマーを迎えるが数年後に解散。ジョンレノンの死後はビートルズのメンバーを始めとして追悼歌が発表され、一時代の終わりを感じさせた。同時期、ビートルズのサウンドを継承していたとも言っていい、ポールのウイングスも解散している。

 70年代のハードロック、プログレの時代が終わり、ニューウェーブという新たな潮流が生まれた。ジョンレノンの音楽性とも相性が良いと個人的には思う。殺害直前のジョンはポールのソロアルバムや他のアーティストのアルバムに感化され、創作意欲を復活させていた。さあ、これからという時であり、もし生きていたらその後のキャリアで傑作を生み出していたことは間違いないだろう。

つづき