【70年代後半】洋楽ロックの歴史と年表③[出来事,事件,ムーブメント]

2018年3月7日

70年代後半:
巨大化する市場とパンクブーム

ジャズ界からのロックへのアプローチ

エレクトリック・ジャズ、フュージョン誕生

ジャズの変遷
  • 60年代後半:エレクトリック・ジャズ(ジャズに電子楽器を取り入れる)
  • 70年代前半:クロスオーバー(ジャズ+ソウル、ファンク、ラテン音楽)
  • 70年代半ば:フュージョン(商業科、ロック等との融合)

  ジャズとロックの融合と言えばプログレッシブロックがあるが、あちらはロック側からジャズを取り入れたものだった。一方フュージョンは、その始まりはジャズ側からのロックの吸収になる。どちらの要素がどれくらいかで分類も分かれるし、ロックが基本でもフュージョンと呼ぶことはあるので、細かい部分は気にしない。

 これらの動きがロックを始めとするポピュラーミュージックにおいてどんな意義があるか。それは、聴衆の幅が広がったことと、彼らが様々な音楽を許容する用意なったということだ(『ロック史』北中正和(2017)第1版第1刷,立東社,pp172-174)。この流れはプログレ時代からあったが、インストの本格的なジャズもポピュラーソングとしてとらえられるようになったのは大きな違いだ。そんなフュージョン界のアーティストをいくつか紹介しよう。

マイルス・デイビスとスティーリー・ダン

 マイルスデイビスはジャズ側からのロックや他ジャンルへの接近だ。一方、ロック側からの接近としては、

 マイルスデイビスはインストだが、『イン・ア・サイレント・ウェイ』はクールで面白い展開の曲が多いのでジャズが初めてでも聞ける。スティーリーダンはロックなのでより敷居が低い。音作りが非常に丁寧で、ポップな曲にジャズやファンクを取り入れていて非常に楽しい。ロックのノリもしっかりあるので、是非ともおすすめする。

ディスコブーム

 ディスコは70年代のクロスオーバーの流れを汲む。ファンクやソウルにラテン音楽、エレクトリック、ストリングス、そこにヴォーカルを乗せた華やかさをもった音楽だ。ブームの中心にあったのは映画『サタデー・ナイト・フィーバー』及びサウンドトラックであり、ビー・ジー・ズの活躍がある。

超メガヒットアルバム量産

 1970年代は音楽市場が急成長し、超メガヒットアルバム(メガ=100万なので1000万単位)が数多く登場した(その後も市場は拡大して、1000万枚超えを記録するアルバムの数は90年代が一番多くなる)。60年代ならば、1000万枚を超えると言うのは本当に一部のアーティスト、例えばビートルズくらいだった。それが毎年のように出るようになった。それが70年代である。

歴代世界アルバム売上ランキング

  • 6600万枚:マイケル・ジャクソン『Thriller』(1982)
  • 5000万枚:AC/DC『Back in Black』(1980)★※70年代として考える
  • 4500万枚:ピンク・フロイド『The Dark Side of the Moon』(1973)★
  • 4500万枚:ホイットニー・ヒューストン『The Bodyguard』<Soundtrack>(1992)
  • 4300万枚:ミートローフ『Bat Out of Hell』(1977)★
  • 4200万枚:イーグルス『Their Greatest Hits (1971–1975)』(1976)★
  • 4000万枚:フリートウッド・マック『Rumours』(1977)★
  • 4000万枚:ビー・ジーズ『Saturday Night Fever』<Soundtrack>(1977)★
  • 3900万枚:シャニア・トゥエイン『Come On Over』(1997)
  • 3700万枚:レッド・ツェッペリン『IV』(1971)★

参考:List of best-selling albums – Wikipedia(en)

 見ての通り、歴代アルバムの世界総売上ランキングTOP10のうち、7つが70年代である。しかも10位で3700万枚という驚異的な枚数。ちなみにアメリカ市場のみの数字は、半分くらいを考えればいい。それでも、10位で1500万枚は下らないという驚愕の数字。今度は70年代の売上ランキングを見てみよう。

70年代世界アルバム売上ランキング

  • 4500万枚:ピンク・フロイド『The Dark Side of the Moon』(1973)
  • 4300万枚:ミートローフ『Bat Out of Hell』(1977)
  • 4200万枚:イーグルス『Their Greatest Hits (1971–1975)』(1976)
  • 4000万枚:
    フリートウッド・マック『Rumours』(1977)
    ビー・ジーズ他『Saturday Night Fever』※サンドトラック(1977)
  • 3700万枚:レッド・ツェッペリン『IV』(1971)
  • 3200万枚:イーグルス『Hotel California』(1976)
  • 3100万枚:エルトン・ジョン『Goodbye Yellow Brick Road』(1973)
  • 3000万枚:
    ピンク・フロイド『The Wall』(1979)
    ビー・ジーズ『Spirits Having Flown』(1979)
  • 2800万枚:サウンドトラック『Grease』(1978)
  • 2500万枚:
    サイモン&ガーファンクル『Bridge over Troubled Water』(1970)
    キャロル・キング『Tapestry』(1971)
  • 2000万枚:
    ボストン『Boston』(1976)
    ブロンディ『Parallel Lines』(1978)
    マイケル・ジャクソン『Off the Wall』(1979)
    スーパートランプ『Breakfast in America』(1979)

アーティストのブランド化

 TOP17でまだ2000万枚である。一体どれだけCDが売れていだろうか。しかも複数回ランク入りしているアーティストも3組。この中でもピンクフロイドの存在が大きい。彼らはプログレッシブ・ロックの代表格であり、難解なものも含むコンセプトアルバムばかりを発表している。それを数千万人が許容するというアメリカと言う国は、一体どういう国なのか?この答えをいちいち調べる気力はないので勝手に憶測するが、もはや70年代ではアーティストやそのアルバムがブランド化していたのだ。ピンクフロイドのアルバムはちょっと難解なところがあってそこが逆にブランド化に拍車をかけた。

①本当に好きな人が買う
②メディアが絶賛
③音楽好きの人が買う
④「どうだった?」「良かった」
⑤さらにメディア絶賛
⑥流行り好きの人が買う
⑦「どうだった?」「(よくわかんないけど)良かった!(って言っとけば通っぽく見えるよね)」

 これが繰り返されて数千万という売上につながったのだ。もちろん、ピンクフロイドのアルバムは名盤揃いだし、これだけ売れるのも納得がいく。しかし、あまりに売れすぎである。この感覚は当時の大衆やアーティストにもあったようで、巨大化した市場と実像以上に大きくなったアーティストの存在、テクニカルかつ難解で素人に追いつけない楽曲に対して徐々に反発力とでも言うべき力が貯まっていく。それがパンクブームへとつながっていくわけだ。