【70年代前半】洋楽ロックの歴史と年表②[出来事,事件,ムーブメント]

2018年1月14日

去りゆくロックスター

ロックスターの死と27クラブ

 1970年前後は、ビートルズ解散や新たなロックジャンルの確立の他にも、時代の終わりを感じさせる出来事がたくさん起こっている。その一つに、60年代のロックススターの死去がある。そして奇妙な偶然は、27歳という年齢で皆無くなっていることだ。通称27クラブと呼ばれる面々は、ビッグネームばかりである。これはまあ単なる偶然だろうが、一時代の終わりを見る上で参考になる。

 ロックの歌詞には「年取る前に死にたい」というフレーズが随所に見られるが、本当に死んでしまう人は少ない。ある意味でロックの精神を体現したということで、こういったくくりが注目されるというわけだ。

 ちなみに、70年代の終わりにかけて、ロック界の名ドラマーが続けて同じ年齢で死去してしまう。ジョンボーナムとキースムーンだ。彼らは共にハードロックバンドの天才ドラマーであり、プライベートでは親友という間柄だった。両名とも所属バンドの音を支えるかなり重要なメンバーであり、両バンドは共に解散に追い込まれる。ロック界にはこういった偶然がたくさんある。

様々なジャンルの台頭

グラム・ロック(1972年頃)

 70年代に生まれたロックジャンルはハードロックとプログレだけではない。必ず押さえるべきものの一つに、グラムロックがある。アーティストをあげればデヴィッド・ボウイ、Tレックス、ルー・リードなど。

 グラムロックとは音楽性と言うよりはその見た目や容姿、パフォーマンスによるくくりである。グラム(glam)とは「魅力的な」という意味であり、男性ボーカルがアイシャドウなどの化粧をし、両性具有的な雰囲気を出してパフォーマンスするというもの。ただ、音楽的に全く共通点がないわけではない。

  • ギターを強調しつつ、シンプルでクラシカルなサウンド
  • 脱力的な歌唱、低音、ハスキーボイスなど特徴的な歌唱法
  • 人工的、都会的なサウンド、幻想的な世界観

参考:グラムロック – Wikipedia、『ロック史』北中正和(2017)第1版第1刷,立東社,pp162-165

 グラムロックを語る上ではまずはデヴィッド・ボウイを押さえるのがわかりやすい。彼自身のヒット作『ジギー・スターダスト』(1972)に加えて、ルー・リード『トランスフォーマー』(〃)、モット・ザ・フープルへの楽曲提供「すべての若き野郎ども (All the Young Dudes)」(〃)など、グラムロックの中心的役割を果たしている。

カントリーとシンガーソングライター

  • カーペンターズ(1969~83)(米)
  • ジョン・レノン(1969~80※ソロ活動)(英)
  • エルトン・ジョン(1969~)(英)
  • CCR(1968~76)(米)
  • デレク・アンド・ザ・ドミノス(1970~71)(英米)
  • イーグルス(1972~)(米)

参考:『ロック史』北中正和(2017)第1版第1刷,立東社,pp154-159

モータウンサウンドとファンク

 ロックの原型とでも言うべき黒人のブルース、ソウル、R&B、ゴスペルといった音楽は、ロックの成長の影響を受けてその姿を変えていき、各時代で名曲名盤を世に送り出してきた。80年代に入ってディスコやダンスミュージックがついに音楽シーンの最前線に出るのだが、70年代の時点でその兆候はあった。

 ファンク、フュージョン(ジャズ、ラテン音楽、ロック)、アフリカ音楽(アフロビートなど)といった新たなジャンルや要素が加わり、ポピュラーミュージックとの関わりをきっかけに大衆にも広がりを見せる。有名なアーティストとしては、マーヴィン・ゲイ(ソウル)やスティーヴィー・ワンダー(R&B、ソウル)などのいわゆるモータウンサウンド、ジェームス・ブラウン(ファンク、ソウル)、スライ&ザ・ファミリー・ストーン(ファンク)などなど。中でもスライ&ザ・ファミリー・ストーンはまさにロックの歴史の中での黒人音楽の変化を知るのにうってつけだ。

 リーダーのスライ・ストーンはアメリカ生まれの黒人であり、若い頃にロックを聴いて育った。バンドは白人黒人男女混成、デビューアルバムはサイケデリックロックとソウルが混ざっているといった具合だ。加えて、60年代のうちにすでにスターダムにのし上がり、黒人音楽の大衆への認知に多大な寄与をしている。

 フュージョンはもう少しあとの時代になるので、70年代後半にて。

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