「浦島さん」(太宰治)のあらすじ(要約)[考察(解説),感想]

2017年10月22日

浦島太郎を太宰治が現代風にアレンジ!

お伽草紙 (新潮文庫)

 

もくじ

 

はじめに

 「浦島さん」は、1945年に刊行された『お伽草紙』の中の作品の一つです。題名からもわかるように、浦島太郎の話を、太宰が「現代風」に再解釈したものです。『お伽草紙』については、室町時代から江戸にかけて流布した物語の総称、あるいは刊行物の名称である『御伽草子』に元をたどれます。しかし、太宰自身が参照したのは、当時出回っていた子供向けの絵本となっています。
 いずれにしても、我々にとってもお馴染みの話を、同じく親しみのある作家である太宰がどのようにアレンジしたかというのが、この作品の見どころです。

 

あらすじ

 舞台は京都の北部、丹後の水江という地です。日本海に面した寒村にある、旧家の長男が浦島です。浦島は風流を気取った男で、いつも噂や批評ばかりしている兄弟をみて、「なぜ人は批評しあわなければ生きていけないのだろう」などと言い、ため息をつきます。
 そんな浦島が砂浜を歩いていると、いつだか浦島に助けられたカメが、お礼がしたいと話しかけます。しかし浦島は「無謀なことをするな」「またいじめられたらどうする」と返します。
  構わずカメは浦島を竜宮に誘いますが、浦島は「冒険は好かない」と言います。すると、カメは、べらんめえ口調で男にやり返します。「訳知り顔で気取ってばかりいる」「他人の親切を素直に受けることができないのか」「どうせ相手が子供だから助けたんだろう」といった調子です。浦島は亀に完全に言い負かされますが、「竜宮には批評は無い」というカメの言葉に惹かれ、竜宮へ行くことにします。

アカウミガメ

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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 カメに連れられてきた海の奥底は、信じられない光景でいっぱいでした。例えば竜宮の近くには真っ白な山がいくつもあり、それはすべて真珠でできています。一山につき300億個の真珠が集まっているのです。
 そんな中にあって、竜宮は壁も屋根もなく、ただ薄闇がぼんやり漂っているだけ。簡素幽邃といった風情です。そこにきて乙姫も、浦島に微笑むばかりで、地上でいうところの歓待などは一切しません。ただ琴を弾いているばかりです。その他には、食べるとほろ酔いになる桜桃の花びらや、一つ一つ味の違う藻などがあるだけです。

 竜宮では、「客を迎えて客を忘れる」のです。そして客は、ただひたすら「許可」を与えられているのです。浦島の言葉を借りれば、「真の貴人の接待法」なのです。浦島は桜桃に酔い、地上のあらゆる珍味の味に変わる藻を楽しみ、のんびりと過ごします。乙姫が無口なのをカメに尋ねると、「言葉は生命の不安から発せられるもの」ときます。

 しかし浦島は、「無限に許されていること」に飽きてしまいます。そして、地上での批評や悲喜こもごもが恋しくなり、陸上へと帰ることにします。浦島は乙姫から土産として、五彩を放つ貝を渡され、竜宮を後にします。帰りの道で、カメは妙に素っ気なく、「貝は開け無いほうがいい」とだけ言い残します。
 浦島が地上へ戻ると、村も家族も消えていました。そして、貝を開けると、彼は白い煙に包まれ、300歳のおじいさんになってしまうのです。

 さて、ここからは「あとがき」のようにして、太宰の解釈が始まります。太宰は、玉手箱を、西洋の神話におけるパンドラの箱と比較します。パンドラの箱の底には「希望」があったのに、玉手箱には救いがない。従って、物語の結末はあまりに残酷だと言います。
 ただ、太宰はそこで頭をひねって、「年月は人間の救い」「忘却は人間の救い」という結論に達します。言い換えれば、「思い出は遠く隔たるほど美しい」というわけです。玉手箱によって、竜宮のもてなしは最高潮に達したと、太宰は言います。浦島は、玉手箱を空けるかどうかにおいてすら、「無限の許可」を与えられていたのです。

 

考察・解説と感想

 物語は、有名な浦島太郎の話について、太宰が様々な検証をしていくところから始まります。浦島太郎の舞台は、丹後の水江という地となっています。これは現在では京都府の北部、舞鶴市の西のあたり、海岸において天橋立を望む町です。わかりやすいように、地図を見てみましょう。


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  かつては丹後国の一部、現在では与謝群であるこの地には、浦嶋神社が存在します。この地を舞台に、旧家の長男を主人公として、物語は始まります。ただ、ここでカメについての問題が生じます。絵本や昔話では、カメはカメでもウミガメが京都の日本海にいるはずもなく、そもそも物語が破綻してしまい、かといって淡水のカメでは不恰好だし海には潜らないだろうとなります。
 しかしそこで、太宰自身が沼津の海岸にて見た、アカウミガメを思い出します。それがぐるりと回って丹後までやってきたということで、ウミガメの問題を片づけます。この辺の文章は、単なるお伽話を、あえて真面目に検証しており、とても面白みがあります。

参考文献

太宰治

Posted by hirofumi