月見呟(15)「C.Jと新田の農村営業行脚」

2016年8月20日

「シンプル・イズ・ベスト論」

楽天流

 

 世の中にはほぼ間違いない理論というのがいくつかある。その一つが「シンプル・イズ・ベスト論」である。わざわざ説明する必要も無いが、シンプルなものは応用も修正もしやすく、汎用性がある。服でも料理でも、音楽でも文章でも、なんでもシンプルなものは基本となる。ただ間違ってほしくないのは、面倒だからという理由でシンプルを選ぶことだ。ファッションに疎いおっさんが安易にファストファッションに手を出すのがいい例だ。難しいことを考えたくないから、シンプルでいいじゃんという中学生的発想もそう。シンプル・イズ・ベスト論は、一度難しいものや凝ったものにハマってから、いわゆる「一周回って」から提唱しなければならないのです。

 

 

農業界のレノン=マッカートニー

 

「日本の偉人シリーズ(19)『月見 呟(つきみ つぶやき)』」

月見呟は、調理法から飲食店経営に至るまで、数々の革命を起こした伝説の料理人・経営者である。

料理に関する技術・知識・経験は間違いなく日本一であり、数多くの人材育成をし、世に名料理人を輩出したことでも知られる。

40代で料理人として一線から身を引き、様々な形で食に携わった後、50代で経営者・人材育成の道へと進む。そこで数多くの食材、人材、店舗の再生・復活を成功させ、後に月見再生工場と呼ばれるようになる。

経営者としての集大成は、日本有数のフードサービス・IT企業「コケックス」。その始まりは弁当屋だった。元事務員で後に右腕となる昔田、元運転手で後に人事部長となる飯口など優れた人材を発掘し、事業を拡大していく。

 

 アメリカ流の「大量生産、規格化、流通網の確保」で日本の農業を変えようと考えたC.J。日本は土地の制約がある一方、地域や農家に関わらず作物のクオリティが高く、規格化は容易であった。そんな日本の農作物に、彼は大きな可能性を感じていた。しかし、農業はまだ始めたばかり。経営は素人。そこにタイミングよく現れたのが、昔田あらため新田だった。

 

 C.Jはちょうど、楽器の弾けない作曲家のようだった。「農天気」による新たな農業の形について、彼は様々なアイディアを持っていた。それを毎晩のように新田に聞かせ、新田はそれを具現化する方法を考える。C.Jが鼻歌を口ずさみ、それを新田が譜面に起こしていったのだ。そうして出来上がったメロディーは、短いながらも実に美しいものばかりであった。それが毎晩、来る日も来る日も続けば、立派な曲が一つできる。

 

 2人がやったことは非常にシンプルだった。優れた音楽は無駄がなく、シンプルが故に様々な応用が利くものが多いと言う。C.Jと新田も同じで、農天気でやるべきことの大枠を決め、それを100%実現するまで余計なことはしなかった。まず決まったのは、全国の農家から収穫物を集めて一挙に管理し、コストを抑えることだった。これは実際に作物を集めるのではなく、作物のデータを集めるということになる。架空の市場である「農天気」のデータベースに情報を打ち込み、全国の作物を仮想的に管理するのだ。

 

 これは例えば、巨大なECサイトの販売流通網をイメージすればいい。全国の倉庫の商品のデータを一括で管理し、注文が入れば、配送先に一番近い倉庫の在庫を調べる。在庫があればそのまま配送し、無ければ倉庫間で商品を移動させる。これを農業でやったというだけの話だ。もちろんそこにはいくつかの障壁があった。ネット販売やデータ化への抵抗感、丹精込めた作物を規格化することへの戸惑い、また、すでにあった公的な管理組合などの反発などだ。これられを解決するのに2人は奔走した。

 

 多くの経営者が口にすることだが、経営の基本は営業である。営業が無ければ仕事が得られないので、いくら優秀な人材がいても意味が無い。C.Jと新田は酒とパソコンを持って、全国津々浦々の農家を営業して回った。農村ひとつにつき5日の日程を組み、初日にいきなり宴会をもってきた。C.Jの歌と新田の宴会芸は素人のレベルを超えており、どの農家で大好評だった。初日にひとしきり飲んで歌ったあとは、3日かけて農作業に従事する。農家の爺さんより早く起き、婆さんの飯ができるまで働いた。そして最終日、ここでようやく本題に入るのだ。初日に相手の警戒心を取り除き、2日目から4日目で農家と同じ目線に立って汗をかく。そうして5日目になると、不思議と相手は難しい話にも耳を傾けてくれた。

 

 この営業活動は全部で半年にも及んだだろうか? 本社からの若い社員もかき集めて、まさに人海戦術で日本中の農家を回った。また、それと並行して、小売店巡りも敢行した。全国規模の大手小売店と地方の有力チェーンをメインに回り、販売契約をとりつけ、すべて農天気ブランドで統一することにした。そしてもう一つ、各農家には高品質すぎて規格から外れてしまう作物が一定数出ることにも気がついた。それらは各農家がネット上に架空の商店を持ち、日本中の人に直接販売できるようにした。こちらは安全志向・高級志向の一般客の他、料亭や一流ホテルなどが顧客となることが多かった。

 

続く

今日の格言

「優れた音楽は無駄がなく、シンプルが故に様々な応用が利く」(ブルースシンガー)

 

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