月見呟(13)「東北訛りのアメリカ人農夫」

2016年8月20日

「肉体的ハーフと精神的ハーフ」

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Andruw Jones by Keith Allison

 

 日本のスポーツ界をハーフが席巻している。野球やサッカーなどのプロスポーツはもちろん、陸上、バレーなどのアマチュア競技でも数多くのハーフが登場し、軒並み高い成績を残している。体格や身体能力では白人や黒人が圧倒的に有利なのだから、これも頷ける。一方で、精神的なハーフの存在も気になる。例えば海外経験が豊富すぎて感覚が日本人離れしている人。帰国子女や若いうちからの留学経験者がこれにあたる。彼らの強みは、日本人特有の遠慮や恥じらいがないため、積極性が非常に高い。日本人は元々頭がいいので、このメリットは大きい。

 スポーツ界は肉体的ハーフ、ビジネス界は精神的ハーフが、今後大活躍していくのである。

 

 

プレーリー生まれのシリコンバレー育ち「C.J」

 

「日本の偉人シリーズ(19)『月見 呟(つきみ つぶやき)』」

月見呟は、調理法から飲食店経営に至るまで、数々の革命を起こした伝説の料理人・経営者である。

料理に関する技術・知識・経験は間違いなく日本一であり、数多くの人材育成をし、世に名料理人を輩出したことでも知られる。

40代で料理人として一線から身を引き、様々な形で食に携わった後、50代で経営者・人材育成の道へと進む。そこで数多くの食材、人材、店舗の再生・復活を成功させ、後に月見再生工場と呼ばれるようになる。

経営者としての集大成は、日本有数のフードサービス・IT企業「コケックス」。その始まりは弁当屋だった。元事務員で後に右腕となる昔田、元運転手で後に人事部長となる飯口など優れた人材を発掘し、事業を拡大していく。

 

 日本中の田舎の農家を生産・販売・経営までIT化し、ネット上の架空の市場で繋ぐ……新城と月見の雑談から生まれた事業『農天気』。今では株式会社コケックスの顔とも言える事業だが、それを支えた優秀な農家がいる。彼らは日本の農業を変えた「農業BIG3」として今も語り継がれている。農業BIG3のうち、前回紹介した田畑は生産面を支えた人物である。続いて、販売面を支えたBIG3の一角、アメリカ人のC.Jを紹介しよう。彼の存在無くして、アメリカ流の合理的な販売・流通は果たせなかった。IT化での日本の農家統合においても、彼の存在が非常に大きく貢献した。

 

 C.Jは彼の略称であり愛称、本名はクリストファー・ジョーンズ(Christopher Jones)である。ただ、彼の仕事ぶりを知る人は、クリストファーではなくクリーンナップ(Clean Up)・ジョーンズ、つまりは「掃除屋ジョーンズ」と呼ぶ。大量の作物をかき集め、管理、規格化、コスト管理を行うことから、その名がついた。また、何かとコンピューターを使って情報を管理し、仕事上の問題点を洗い出してまとめて処理するのも、そのあだ名の由来である。Cは穀物のコーンやコンピュータを指すとも言われる。

 

 アメリカ時代、彼の本業はコンピューター技師だったが、祖父母はアメリカ中央穀倉地帯で農業を行っており、父は日本で言う農協務め。生粋の農業一族の生まれなのである。農業に携わったことはなかったが、例えば大学時代の長期休暇には祖父母の農場に行き、穀物の生産や販売について話をすることもあったし、社会人になってからコンピュータでの生産管理を祖父母に勧めたりもした。

 

 IT系の企業で働いていた時、IT技術を利用してアジアの農業支援を行うという社内ベンチャーがあり、それに参加する形で、C.Jは岩手県に単身赴任することとなった。始めはビッグデータの活用による天候予想システムを開発していたのだが、そのうち日本の農業技術の高さに興味を惹かれるようになる。と同時に、旧態然の経営方法や後継者不足といった問題に疑問を感じ始めていた。突破口はITにあると考えた彼は、仕事の傍ら日本のIT企業について情報を集め、いきついたのは新城がかつて経営していたIT企業、そして、株式会社コケックスだったのだ。

 

 ちょうどコケックスはネット市場「農天気」の運用を始めたばかりの頃であり、C.Jはシステムの運用やメンテナンス業務に携わることとなった。この業務はあくまで片手間でこなしていたものの、本場シリコンバレーの名門大学で学んだコンピュータ技術は素晴らしいものがあり、今でもシステムの根幹部分にC.Jの技術が生かされている。コンピュータ業務の傍ら、彼は日本の農業を肌で感じるべく、農村での1年の研修を志願した。わざわざそのために、会社の金で農村にネット回線を引いたほどだ。ただ、彼が会社にしてもらったことはただそれだけ。後は着の身着のまま、一から農村での生活を始めた。

 

 ただでさえ外国人の少ない東北地方で、農村となれば外国人を生涯一度も見たことのない人も珍しくない。そこにいきなり、身の丈2m近く、腕にタトゥーをいれた黒人のC.Jが現れた。事前に話を聞いていたとは言え、村人は衝撃を受けた。しかし、それも始めの3日ほどだったという。C.Jは特注の4Lの白のランニングに麦わら帽、首には麓の酒屋の手ぬぐいを巻き、手土産に本場のウイスキーを持参していた。加えて、彼は大きな瞳にタレ目、何かあるととりあえず笑うという性格であった。また、歌が得意であり、祖父から教えてもらったアフリカ民謡、学校で習ったインディアンの戦の歌、地元の民謡、レゲエ、ブルースからポップ、R&Bまで何でもこなした。始めは会話が通じなくても、とりあえず夜は宴会をし、その美声で村人を酔わせた。これらが功を奏し、C.Jはあっという間に村の人気者となった。

 

続く

今日の格言

「歌と踊りと酒で大抵のことはなんとかなる」(C.J)

 

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