月見呟(7)「脱線した事業」

2016年8月28日

「失敗は偶然でなく必然」

あぁ、阪神タイガース ――負ける理由、勝つ理由 (角川oneテーマ21)

 

 「ついてない」という言葉は都合がいい。運のせいにしてしまえば、自分を責めなくて済むからだ。しかし、失敗には必ず原因がある。偶然ではなく必然であり、間接的にでも原因を自分自身に落とし込めると良い。それは責任を負うということであり、当然苦しい。しかし、逆に考えれば失敗はコントロールできるものとなる。

 失敗を運のせいにし、人や物のせいにしていればその時は楽だ。しかし、「たまたま」と認めてしまえば、コントロール出来ないものとなる。次にいつ起こるかわからないまま、日々をすごさなければならない。ちょっとしたミスならまだしも、大きな失敗が予期できないものとなると、大きな問題となる。 

 これまでの自分に足りなかったことは何か? これからできることは何か?

 失敗は偶然ではなく必然である。

 

 

車内レストラン事業の失敗

「月見 呟(つきみ つぶやき)」

月見呟は、調理法から飲食店経営に至るまで、数々の革命を起こした料理人・経営者である。

料理に関する幅広い技術・知識・経験を生かして数多くの人材育成をし、世に数多くの名料理人を輩出したことでも知られる。

40代で料理人として一線から身を引き、様々な形で食に携わった後、50代で経営者・人材育成の道へと進む。そこで数多くの食材、人材、店舗の再生・復活を成功させ、後に月見再生工場と呼ばれるようになる。

経営者としての集大成は、日本有数のフードサービス・IT企業「コケックス」。その始まりは小さな弁当屋だった。元事務員で後に右腕となる昔田、元運転手で後に人事部長となる飯口など優れた人材を発掘し、事業を拡大していく。

 

 弁当屋と「デリバリーヘルシー」の成功の後、月見は新たな事業に乗り出すこととなる。弁当屋のおばあさんとの出会いから、すでに5年の月日が経過していた。昔田はすでに会社にとって無くてはならない存在、30前ですでに企画部の部長となっていた。一方飯口は27歳、飲食店の料理人と店長職を経て、随分とたくましくなっていた。

 

 社員食堂の事業を進める中で、フードサービスの基礎を蓄えてきた株式会社コケックス。より柔軟なサービスを目指して、新たに手を出したのは新幹線車内でのフードサービスだった。それも、高級志向の本格「車内」レストラン。2車両をレストランに改装した特別車をつくり、バーや寿司のカウンターに鉄板焼きなど、大掛かりな設備を揃えた。これまでにない斬新なサービスを生み出すことで、大きな宣伝効果となるだろう。少々コストがかさんでも、それは宣伝費と考えればいい。どう考えても失敗することはない。

 

 この新規事業は、鉄道会社からのオファーによって始まった。「月見さんお願いします」というわけだ。正直なところ、この頃の月見は少々天狗になっていたのかもしれない。

 

 結論から言うと、この事業は顧客のニーズを捉えきれず失敗した。まず、新幹線の乗客は思った以上に「時間」を重視していた。東京名古屋間の2時間程度でも、乗客の多くはせっせと新聞雑誌を読み、トイレに行き、電話をし、ここぞとばかりに睡眠をとる。新幹線の時間は自由な時間ではなく、ようやく手に入った時間であったのだ。そんな時間を、のんびり過ごそうという客は稀であった。そのためか、新幹線の乗客の多くは弁当に手を伸ばした。

 

 そう、皮肉なことに、乗客はできたての食事ではなく、手軽な弁当を求めていたのだ。狭い座席で身を寄せ合い、多少の揺れを感じながら、車窓を流れる景色を見て、弁当を食べる。実は、ここにすべての答えが隠されていた。狭い座席で弁当を食うから旨いのだ。自由が制限された空間で食べるから、美味しいのだ。小さな箱に所狭しと食べ物が押し込まれた弁当に、ピクニックのような楽しさが詰まっていたのだ。誰も、新幹線でレストランなど求めていなかった。結局、不慣れな場所で不慣れなことをするよりも、元々手がけていた弁当をそのまま売れば、新幹線でのフードサービスも上手くいったのだ。この失敗は月見にとって大きな転機となる。

 

 株式会社コケックスはこの事業から手をひくことになるが、残った設備等は月見の知人が経営する企業が引き継いだ。そして、新幹線ではなく、高級なサービスを売りとする、都心と温泉地を結ぶ特急列車で運用された。結果、車内レストランは大繁盛。当時のメディアでも広く取り上げられ、ちょっとしたブームまで起こし、鉄道会社の利益も大きく伸ばすこととなった。

 

 話は変わるが、当時の昔田は月見と不仲にあるという噂があった。若くして出世した彼を引き抜こうと言う企業も、たくさんあったという。月見もそれを知ってか知らずか、昔田に変わる優秀な若手に目をつけていた。彼の名は新城。タイプは昔田と違うが、能力の高さは負けず劣らずであった。かつて新宿の有名ホスト店でナンバーワンに君臨し、その後インターネット・金融事業を行う企業を設立し短期間で成功するも、脱税で逮捕。2年の服役を終えたばかり。これだけの経験を経てまだ20代という、末恐ろしい男であった。

 

続く

今日の格言

「成功には必然と呼べるほどの理屈と努力がある」