月見呟(6)「飯口希と焼き魚」

「食い物ですべてが決まる」

師弟

 

 食い物ってのは人の精神も人格も、集団の特徴まで変える。例えばベジタリアン。ベジタリアンは性格が穏やかになって、思慮深くなるんだってね。肉には例えば男性の性欲を上げる栄養素が入ってて、肉を沢山食うと考える前に行動するようになる。それが欠けると、行動する前にじっくり考えるようになる。

 ベジタリアン御用達の豆腐なんかは、女性ホルモンと同じ働きする栄養素が入ってるから、食いまくってるとそのうち体に変化が出てくるらしいよ。髪に艶が出てきたり、肌がすべすべしてきたり。

 他にも、日本人は比較的IQの高い民族で知られてるけど、その要因のひとつに島国というのがある。海に囲まれてるから魚を食う習慣があって、それが脳にいい影響をもたらした。DHAなんかもそうだけど、魚をほぐす行為が良いんだって。箸を使って骨の多い魚を綺麗にほぐして食べる。手ってのは第二の脳って呼ばれるくらいで、神経がきめ細かに通っていて、手を動かすと脳も刺激される。魚をほぐすという面倒な作業が、脳の発達に影響を与えているってこと。

 魚をよく食べる家の子供は、いい大学に行くっていう調査結果も……探せばあるんじゃないの? (適当)

 

 

 

白米のような女

 

「日本の偉人シリーズ(19)『月見 呟(つきみ つぶやき)』」

月見呟は、調理法から飲食店経営に至るまで、数々の革命を起こした料理人・経営者である。

料理に関する幅広い技術・知識・経験を生かして数多くの人材育成をし、世に数多くの名料理人を輩出したことでも知られる。

40代で料理人として一線から身を引き、様々な形で食に携わった後、50代で経営者・人材育成の道へと進む。そこで数多くの食材、人材、店舗の再生・復活を成功させ、後に月見再生工場と呼ばれるようになる。

経営者としての集大成は、日本有数のフードサービス・IT企業「コケックス」。その始まりは小さな弁当屋だった。元事務員で後に右腕となる昔田、元運転手で後に人事部長となる飯口など優れた人材を発掘し、事業を拡大していく。

 

 「デリバリーヘルシー」を運営するにあたって、月見が目をつけた飯口 希(めしぐち のぞみ)。22歳の彼女は、会社では運転手として働いていた。当時の会社は、社員数もそれほど多くなく、若手から社長までよく話をするようなアットホームな雰囲気であった。運転業務も、社長の月見を始め役員クラスの送り迎えが主だったが、時間が空いていれば営業担当の諸用にも駆りだされていた。

 

 飯口の仕事ぶりは評判がよかった。何より、その綺麗だがフラットで特徴のない顔が良かった。運転手付きの車というのはプライベートな空間であり、ほっと一息つける時間であり、ついつい本音が出てしまう。饒舌になる人もいれば、頭を空っぽにしてくつろぐ人、愚痴をいう人、様々である。そういうとき、飯口の特徴の無い顔は都合がよかった。食事で言えば白米である。どんなおかずにもそちらが合わせてくれて、おかずの邪魔をすることは決してない。

 

 飯口は「あげまん」でもなく「さげまん」でもなく、「そのままん」だった。これまで交際してきた人数は人よりもちょっと多いが、その全ては彼女と出会って運気を上げることも下げることもなく、出会った時のまま彼女の元を去っていった。別れる直前になると、相手の男はまるで鏡を眺めるかのように、飯口と接するようになったという。

 

 鏡を前にした時、人はどういう顔をしているか。鏡を見る時は、大抵は身だしなみをチェックしているだろう。そこに感情はない。生身の人間を前にした緊張感もない。そこにあるのは静かな安心感。幼い頃から見慣れた自分の姿を見て、服装、髪型、顔色、肌……様々な部分をチェックしていく。自分の思うフラットな自分をイメージし、それとのズレを補正していく。そこにあるのは、ただひたすらの安心感。新しい服を買った時とか、髪を切った時は別だが、鏡を前にした時、気分の高揚、あるいは落ち込みはほとんどないはずだ。無味乾燥の中に漂う確かな安心感。このなんとも言えない感じを、飯口の恋人は感じていたのだ。

 

 まだ彼女が運転手だった頃、飯口を気に入っていた役員の男がいた。月見にもぜひ会わせたいと思い、食事の機会をもうけ、そこで月見の目に止まったのだ。ただ、そのとき月見が注目したのは彼女の箸使いだった。焼き魚をまるで腕利きの医師が手術でもするかのように、器用に、繊細に、そして大胆に、スピーディーに、ほぐしていったのだ。

 

 実は、彼女の祖父は書道家であり、幼い頃からある訓練を受けていた。繊細な筆使いを憶えさせるため、手先の器用さを鍛えようと、朝食と夕食時に必ず焼き魚を食べさせたのだ。そこでは、魚を肉、皮、内蔵、骨に完全に分けさせていた。飯口は飲み込みが早かったが、そのうち魚をほぐすこと自体に快感をおぼえていき、骨の構造を完全に残して魚をほぐす技術を身につけた。そして、骨だけになった魚の写真を撮影し、コレクションし、小学生向けの芸術コンテストに応募。見事優秀賞に選ばれた。

 

 話を戻そう。月見はその尋常ではない器用さを見て、素晴らしい料理人になると思ったのだ。特に、これは和食向きだ、と。そこから月見は飯口を何度も食事に連れ出し、いろいろな料理の味をおぼえさせたのだが、いつしか彼女の本当の才能……鏡のように相手を映す「そのままん」としての才能に気がついた。その時点で、月見の計画は変更。料理人としての経験を積ませるが、将来的には人材育成担当、あるいは人事担当にしようということになった。もし鏡のように相手の全てをありのままに映し出す人間がたら、最高の教育者であり、最高の面接官ではないだろうか? 

 

 一方で、月見はこんなことも考えていた。彼女が30代、40代になり、人間としての厚みが出てきたら、料理屋の女将にしてやろう、と。その頃には、自分の経営者としてのキャリアも終盤に差し掛かっているはずだ。そうしたら、会社は後継者に任せて、料理屋だけ残す。おばあさんがきりもりしていた弁当屋のように、採算度外視でいい物を提供しようと。

 

続く

今日の格言

「白米のような芸人になりたいね。その時によっておかずはいろいろ変わるけど、常に食卓に並ぶっていうさ」(T.K)