月見呟(4)「策士昔田」

2016年8月29日

「まず自分が変わればいい」

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 他人や環境を変えるのは非常に難しい。でも、自分を変えることはいつでもできる。何か問題が起こると決まって「周りが悪い」「今の環境は合わない」と言い訳する人がいるが、それではいつまでたっても愚痴を言うだけで、成長できない人間のままだ。問題が起こったら「自分に至らなかった点はなかったか? 」「自分にできることはないか? 」と問いかければいい。

 環境だって同じだ。環境を変えるのは一人の人間を変えるのよりずっと難しい。ならば「この環境に適応しよう」となぜ考えないのか? 「別のところへ行けばいいや」と言っていては、また同じ問題にぶつかるだろう。

 人類を含むすべての生き物は、これまでの長い歴史の中で幾度と無く変化してきた。常に自分を変化させ、環境へ適応してきた。そうか、変化というから悪いのか、成長と言い換えればいいんだ。

 だかしかし、世の中には理屈の通じない相手や劣悪な環境、腐った組織もある。そういう時は一目散に逃げよう。自分の体が一番大事なのです。

 

 

策士昔田

 

「月見 呟(つきみ つぶやき)」

月見呟は、調理法から飲食店経営に至るまで、数々の革命を起こした料理人・経営者である。

料理に関する幅広い技術・知識・経験を生かして数多くの人材育成をし、世に数多くの名料理人を輩出したことでも知られる。

40代で料理人として一線から身を引き、様々な形で食に携わった後、50代で経営者・人材育成の道へと進む。そこで数多くの食材、人材、店舗の再生・復活を成功させ、後に月見再生工場と呼ばれるようになる。

経営者としての集大成は、日本有数のフードサービス・IT企業「コケックス」。その始まりは小さな弁当屋だった。元事務員で後に右腕となる昔田、元運転手で後に人事部長となる飯口など優れた人材を発掘し、事業を拡大していく。

 

 経営者及び人材育成のプロとして、月見を一躍有名にしたのが、フードサービス、人材派遣、ネット上の架空の食品市場「農天気」の運営を行う企業「コケックス」である。今では誰もが知っている企業だが、そのスタートは個人経営の弁当屋だった。おばあさんの意志を継ぐため、月見はまず人材発掘を始める。最初に見つけたのは、後に株式会社コケックス及びその事業発展に著しく貢献することとなる、月見の会社で事務員として働いていた昔田だった。彼の観察力と洞察力を買い、自身の右腕として、経営戦略を任せることにしたのだ。

 

 月見は当初、昔田の能力の高さを買ってはいたものの、果たして料理を扱うセンスはあるものか、不安を感じていた。飲食店を経営する上で、経営能力は守備力。一方で、必ず必要になるのは味に関するセンスであり、それは言わば攻撃力。点を取られなければ負けないが、点を取れないのでは勝つこともできない。個人経営の店なら「引き分け」で充分成功だろう。しかし、月見はあくまで弁当屋を事業として、そして事業を大きくしようと考えていた。

 

 そこでまず、月見は昔田に料理をつくらせることにしたが、「チャーハンしかつくったことがない」ときた。とりあえず作らせてみると、出てきたのはお世辞にも旨いとはいえない代物。月見は行きつけの安い中華料理屋に連れて行き、チャーハンを食わせて味を勉強させようと考えた。

 

 チャーハンが出るまでの間、月見は料理の基本を話して聞かせた。しかし、話の途中で昔田は席を立ち、トイレに向かった。さすがに月見は呆れてしまったが、そこでちょうどチャーハンを炒めるいい香りがしてきた。昔田が戻ってきたところで、チャーハンが出され、2人は黙ってチャーハンを食べた。旨かった。

 

 会社に戻り、月見は説教することにした。

 

「お前、さっきトイレに行ったが、小か大か? 」

「小ですが」

 

「そんなに我慢できなかったのか? 」

「いえ、行かなくてもよかったんですが」

 

「大事な話の最中なんだから、タイミングを考えたらどうだ? 」

「ええ、そうですね」

 

 説教もほどほどに、月見はさっそくチャーハンをつくらせた。センスのある人間ならば……否、あれだけ説明したのだから、向上心のある人間ならば味も少しは変わる。ここで大した進歩が無ければ、ただの期待はずれだったというわけだ。

 ところが、出てきたチャーハンは素晴らしい味だった。何より、店の味の再現性はほぼ満点。月見が教えたことだけでは、ここまでできるはずは無かった。

 

「実は、トイレに行く途中で、厨房を覗いていたんです。味の核となるダシと、あとは火力です。それから、油の量なんかも見ましたよ。それに、具材を一粒ずつ、ナプキンに挟んで持ち帰ってきました」

 

 しかし、これは全部嘘だった。昔田は事前に月見の行きつけの中華料理屋を調べてあり、そこの中国人アルバイトを買収してレシピを盗んでいたのだ。「チャーハンしかつくったことがない」というのももちろん嘘。自分を中華料理屋に連れていかせるための狂言だ。今時の若者でも、チャーハンしかつくったことのない男など存在しない。そして、昔田はあえてまずいチャーハンをつくったのだ。

 

 後年、ドキュメント番組にて、昔田はこう語っている。

「僕は確かに嘘をつきましたが、どういう手段であれ結果は出しました。そして、僕は会社に貢献し、コケックスは大企業へと成長しました。」

「『嘘から出た真』ってことわざが、僕の座右の銘です。嘘は嘘でも、その場しのぎの嘘でなく、計画性のある嘘。そうすれば、狙って『真』を出すことができるんですよ」

 

 こうして、昔田は月見から寵愛を受けることとなる。

 

続く

今日の格言

「『嘘から出た真』ってことわざが、僕の座右の銘です。嘘は嘘でも、その場しのぎの嘘でなく、計画性のある嘘。そうすれば、狙って『真』を出すことができるんですよ」(昔田)