月見呟(3)「弁当屋との出会い、昔田の発掘」

2016年8月29日

「プライドの高さは徳の低さ」

野村ノート (小学館文庫)

 

 世の中には捨てるべきプライドと持っておくべきプライドがある。無駄なプライドを捨てれば、嫌な人間にも笑顔で接することができるし、頭も下げられる。上辺だけの会話もできる。これができないのは、無駄なプライドが捨てられない証拠だ……と、ある有名な経営者が言っていた。結局、そういう簡単なことを割りきってできない人間は、人生の重要な局面でプライドが邪魔して損をするということになる。

 考えてみれば、世の中どんな仕事をしようと、そういう割り切りは必要だ。芸能人とか芸術家とかアーティストとか、特殊な業界は才能だけあればやっていけるなんて思っている人がいるが、それは大きな誤りだ。そういう世界こそ、割り切りが必要だし、上辺の顔を使って上手くやっていく必要がある。結局はどの世界でも人間関係が重要で、無駄なプライドを捨てて現実主義で戦わねばならない。

 

 

 

弁当屋再生と昔田の発掘

「月見 呟(つきみ つぶやき)」

月見呟は、調理法から飲食店経営に至るまで、数々の革命を起こした料理人・経営者である。

料理に関する幅広い技術・知識・経験を生かして数多くの人材育成をし、世に数多くの名料理人を輩出したことでも知られる。

40代で料理人として一線から身を引き、様々な形で食に携わった後、50代で経営者・人材育成の道へと進む。そこで数多くの食材、人材、店舗の再生・復活を成功させ、後に月見再生工場と呼ばれるようになる。

経営者としての集大成は、日本有数のフードサービス・IT企業「コケックス」。その始まりは小さな弁当屋だった。元事務員で後に右腕となる昔田、元運転手で後に人事部長となる飯口など優れた人材を発掘し、事業を拡大していく。

 

 経営者及び人材育成のプロとして月見を一躍有名にしたのが、フードサービスを行う企業「コケックス」である。デリバリー形式の社員食堂、食の人材育成・派遣、そしてネット上の架空の食品市場「農天気」の運営を行っている。今では誰もが知っている企業だが、そのスタートは個人経営の弁当屋だった。

 

 弁当屋と月見の出会いは、年に数回行っていた講演会がきっかけだった。講演会の際に用意された弁当があまりに旨く、月見は関係者に値段を聞くと、一般的な弁当とさほど変わらず二度驚いた。話を聞くと、近くにある有名な老舗の弁当屋で、70を超えたおばあさんが一人で切り盛りしているという。講演会を終えて月見は早速弁当屋に立ち寄った。時刻は夕方、おばあさんはちょうど店じまいをしているところ。わずか数分の間、月見とおばあさんは雑談をした。おばあさんは年金暮らしであり、弁当屋は採算度外視、趣味でやっているようなものだった。そこから、月見とおばあさんの交流が始まった。

 

 この先の話は、これまでテレビ、雑誌、書籍、あらゆるメディアで繰り返し取り上げられてきたので、わざわざ説明する必要はないだろう。この頃月見は仕事がそれほど忙しくなかったこともあって、毎日のように昼食を買いに弁当屋まで足を運び、10分ほどおばあさんと話をした。仕事場から多少の時間がかかっても、その10分を大切にした。

 

 おばあさんは後継者を探していたが見つからず、弁当屋を今年中にも畳むと決めていた。月見は自分が元料理人であり、経営者であることをそこで明かし、弁当屋を譲ってくれるように頼んだ。おばあさんは泣いて喜び、月見にきびだんごを手渡した。

「これで仲間を集めて、弁当の味を日本中に広げておくれ」

 月見はまず、長年かけて培われた、レシピのない弁当屋の味を守ることを第一に考えた。その上で、腕利きの料理人によって、新たな味を加えていこう、と。

 

 月見は、弁当屋の再生が今後の事業の核となると感じ、人材選びから力を入れた。そこで発掘された「昔田(むかした)」は、後に株式会社コケックス及びその事業発展に著しく貢献し、月見の右腕となる人物だった。彼は月見の設立した会社の面接の際、メガネをかけていたという理由で事務員をさせられていた。事務員としての適正はあったものの、彼はクリエイティブな業務が好きであり、事務だけさせるにはもったいないほど、幅広い能力を持っていた。

 

 昔田が月見の目に止まったのは、彼が仕事中の暇つぶしに作っていた、社員のプロフィール表だった。昔田は普段の雑談はもちろん、社員の服装、仕事ぶり、癖などをつぶさに観察し、あくまで想像だが、プライベートの部分まで事細かにプロフィールを作成していった。その優れた観察力と洞察力で、話をしたことの無い人物についても情報をまとめた。社内で今後どの人物が出世するかなど、人事予想までしていた。それが、社内の別のパソコンに間違って送信されたことで、月見の目にとまったのだ。

 

 通常なら社内問題に発展しそうだが、最初にプロフィール表を見つけたのが月見と旧知の仲の人物だったため、問題は大きくならずに済んだ。むしろ、その情報収集能力の高さが買われ、昔田は未経験ながら経営戦略を任せられるようになった。とは言っても、事業計画は白紙の状態だったので、毎日月見の横にいて、その仕事ぶりを観察するということになった。

 

続く