月見呟(2)「月見再生工場」

2016年8月22日

「先入観は罪、固定観念は悪、第一印象は真理」

野村ノート (小学館文庫)

 

 人は先入観に支配されると、新しいことにチャレンジできなくなる。新たな知識や経験を得ることはすなわち成長であるから、先入観によって人間は成長をやめてしまうのだ。そういうわけで、先入観は悪だと、先人は語ったのである。

 では、第一印象はどうだろう。初めて会った人間に対して、これまでの経験則から「こういう人間だろう」とある程度予想をつけるものだ。ただ、何度も接するうちに、第一印象がすべてではないと気がつく……がしかし、本当にそうだろうか?

「第一印象で感じた違和感を10倍濃縮したのが、その人の根っこにある人間性だ」

 何はともあれ、第一印象はある意味真理なのだ。

 

 

月見再生工場

 

「月見 呟(つきみ つぶやき)」

月見呟は、調理法から飲食店経営に至るまで、数々の革命を起こした料理人・経営者である。

料理に関する幅広い技術・知識・経験を生かして数多くの人材育成をし、世に数多くの名料理人を輩出したことでも知られる。

40代で料理人として一線から身を引き、様々な形で食に携わった後、50代で経営者・人材育成の道へと進む。そこで数多くの食材、人材、店舗の再生・復活を成功させ、後に月見再生工場と呼ばれるようになる。

経営者としての集大成は、日本有数のフードサービス・IT企業「コケックス」。その始まりは小さな弁当屋だった。元事務員で後に右腕となる昔田、元運転手で後に人事部長となる飯口など優れた人材を発掘し、事業を拡大していく。

 

 40代で料理人を引退し、料理に関する様々な仕事に手を広げた月見呟。50代になって、経営者・指導者としての道を歩むこととなる。この時代の月見を象徴するのが「月見再生工場」だ。これは固有の工場を指すものではなく、食材、人材、店舗の再生を数多く実現した、月見の手腕を評した表現の一つである。詳しい説明は後にして、一つのエピソードを見ていこう。

 

 彼が最初に手をつけたのは、飲食店で廃棄処分となる鶏卵だ。卵は古今東西、あらゆる料理に必要不可欠と言っていい食材だ。当然、飲食店では毎日大量に消費される。一方で、その廃棄量も莫大なものとなっている。例えば、関東一帯で一日に廃棄処分される卵の総量は、琵琶湖一杯分だと言われている。想像を絶する量である。他にも、卵の殻を割ってくっつけていくと、地球と同じ大きさの卵ができる。ここまで来ると驚愕の一言である。さらに、仮にそのすべての卵が一度に孵化した場合、ヒナの呼吸によって関東一帯が酸欠状態に陥り、数百万人が命を落とすと言われている。

 

 さて、ここで「孵化」に注目である。月見は、卵のもつ不思議な力、すなわち「孵化」を利用できないかと考えた。月見は、自身の経営する飲食店に赴き、調理場の見学を始めた。そのうち暇を持て余し、皿洗いを手伝い、久しぶりにフライパンを手にしたりもした。そしてある日の閉店後、月見は料理人に尋ねた。

 

「今日の廃棄分の卵はどれくらいある? 」

「20個近くありますね」

 

「毎日か?」

「ええ」

 

「その無駄を省く方法はないか? 」

「これでも上手く回している方です」

 

「それじゃ仕方がないな。それより、ちょっとこれを見てくれないか」

 

 そう言って、月見は割烹着の裾に手を入れ、何かを取り出してみせた。何とそれは、生まれたばかりのヒヨコだった。彼は数日前に有精卵を手に入れ、ワキの下で卵を温め、この日に合わせて孵化させたのだ。驚く料理人をよそに、月見は続けた。

「さて、今日から君がこの子の親だ」

 月見は料理人にヒヨコを渡した。さらに帰り際、6個の有精卵と孵化器を、置き手紙と共に店に置いていった。

『従業員みなにヒヨコを育ててもらいます。手当出ます』

 

 それから4ヶ月ほどたち、ヒヨコはニワトリへ成長した。そのうち雌鶏は、卵を生むようになった。この頃から、店の鶏卵の廃棄数が徐々に減り始めていた。これこそ、月見のねらいだった。大切に育てたニワトリが、体を痛めて孵ることのない無精卵を産む。せめてもの恩返しは、それを食べることではないか。それは料理用の卵も一緒だ。従業員の心にそんな思いが芽生え、廃棄を減らすような工夫を知らず知らずのうちに始めていたのだ。

 

『会社は株式でも、卵は有限です』

 これが、月見がつくった最初期の社訓である。

 この後、店は売上を伸ばして店舗拡大。すべての店で無駄を省く精神が受け継がれ、効率的な経営を続けており、社員の実地研修の場も兼ねている。余談だが、月見はこの時孵化させたニワトリをペットとして飼育した。何と、20年も生きたという。「料理人としての俺の実働年数と一緒だ」と、後年振り返っている。

 

 さて、月見はこうして、廃棄処分される鶏卵を減らし、従業員に食材の大切さを教えることに成功した。無駄を省き、従業員の意識を高め、店舗の経営を改善させる。これを食の再生と言わずして何と呼ぼうか? このようにして、卵と彼の苗字にあやかり「月見再生工場」という言葉が誕生したのである。

続く