「津軽」(太宰治)のあらすじ(要約)[考察(解説),感想]

2017年10月28日

太宰治と共に津軽観光!
観光地と太宰ゆかりの地を巡る紀行文。

津軽 (新潮文庫)

津軽 (新潮文庫)

もくじ

  • 太宰治「津軽」 – あらすじ・解説
    • 序編 – 青森市と弘前市
    • 本編1~3 – 旧友との再会/蟹田、竜飛岬
    • 本編4 – 津軽の歴史と生家のある金木町
    • 本編5 – 地方の権力者である父
    • 越野たけとの再会
    • 感想

 本記事では、「津軽」の内容をもとにしたあらすじ・解説に加えて、各種の参考サイトの紹介、津軽地方の名所を辿れるグーグルマップも用意してあります。太宰治の故郷である青森県津軽地方を観光する気分を味わえます。

太宰治「津軽」 – あらすじ・解説

 「津軽」は、太宰治の中期の作品のひとつです。出版社からの依頼を受け、彼の故郷である津軽地方を旅します。そして、津軽の歴史や文化、彼の思い出などを交えて、紀行文のようにまとめた作品となっています。

 作品が紀行文の形をとっているということで、作中に登場する地名、彼の辿った行程などを軸に、あらすじを書いていきます。物語は序編も含めて6つの章にわかれています。

序編 – 青森市と弘前市

 序編では、彼の生い立ち、特に学生時代の思い出などが書かれています。津軽半島の南部にある金木五所川原しか知らない田舎者であった自身が、進学するにつれて青森、弘前と徐々に大きな街を知っていく様子。あるいは、弟とのエピソードなども登場します。

  • 金木町……津軽半島の中南部に位置する、太宰の出身地。現在は五所川原市に統合。
  • 五所川原……津軽半島の付け根に位置する商業都市。太宰の叔母が住んでいた。
  • 旧制・青森県立青森中学校……
    太宰の出身校。当時は合浦公園に隣接していた。現在の青森県立青森高等学校にあたる。


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 中心となる話題は、青森市と弘前市の関係です。函館出身であり、青森には何度も訪れたことのある私からすると、青森の中心と言えば、桜の名所である弘前城に加え、街も栄えている「弘前」というイメージがあります。それなのにどうして県庁所在地が青森なのか。空港も弘前にあった方が便利なのに、と思ってしまいます。ただ、太宰が作中で描いているのは「青森に県庁を奪われてしまった弘前」、「青森に遅れをとっていながら、歴史や文化の深さに妙な自信をもっている弘前」となっています。

 当時は青函連絡船が活躍していたこともあって、若い街である青森に勢いがあったのでしょう。そんな青森に対し、弘前の町並み、文化、人柄などについて、太宰はいろいろ書いています。面白くて勉強になります。

  • 青森市弘前市……
    青森市は県庁所在地であり行政の中心都市。また、港や空港を有している。一方、街の規模は弘前の方が大きく、弘前城を有するなど、歴史も深い。両者のまぎらわしい(?)関係について、太宰も作中で触れている。
  • 浅虫温泉大鰐温泉……
    青森県にある温泉地。浅虫は青森駅から海岸に沿って、北東へ10kmほど。大鰐温泉は弘前駅から見て南東、山間にある温泉地。二つの温泉地の比較から、太宰は青森市と弘前市について語り始める。
弘前城
弘前城 by woinary

 本編1~3 – 旧友との再会/蟹田、竜飛岬

 太宰は上野発の急行列車に乗り、翌朝の8時に青森駅につきます。太宰は蟹田という町にいる旧友であるN君を訪ねる予定であり、蟹田行きのバスが来るまでの間、同じく旧友のT君の家にお邪魔することにします。彼は、かつて太宰の実家の邸に仕えており、鶏舎の世話などをしていた人物です。太宰と同い年だったこともあり、幼い頃はいつも一緒に遊んでいた仲です。彼は今は、青森で医者をしています。酒を一杯やり、思い出話を少ししてから、いったん別れます。

 一方N君は、太宰の中学時代の友人であり、いつも一緒に登下校する仲で、太宰の「思い出」という作中にも登場します。彼は学校を卒業してから東京へ出て、職を転々とした後、実家の精米業を継ぐために田舎へ帰ります。彼は人柄がよく、人望も厚いために、町会議員にも選ばれるなど、蟹田にあって中心的な人物となっています。その日の夜太宰は、仕事のことなどすっかり忘れ、カニを肴にN君と飲み明かします。

 翌朝、T君が同僚の者と知り合いとを連れてやって来ます。また、N君の友人である、小説好きのMさんも合流します。皆は蟹田の観覧山へ花見に行きます。集まった人は皆小説が好きであり、自然と文学談が始まります。昼になって場所を旅館に移しつつ、さらにはT君の知り合いの家に行き、そこで津軽特有の過剰とも言える歓迎を受けます。

  • 蟹田……津軽半島の東海岸(外ヶ浜)のうち、最も大きな集落。青森からバスで2時間弱。
  • 観覧山……蟹田の北、海沿いの小丘


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  それから二日間、太宰はN君の部屋を借り、締め切りの迫っていた執筆の仕事を、N君は精米工場で仕事を、それぞれします。そして二人は、津軽半島をさらに北上していきます。昼頃になって、二人は今別に到着します。二人はその日、船を使って津軽半島最北端の竜飛岬まで行く予定でしたが、風が強いために、行程を変更します。今別にはMさんが住んでいたので、彼の家で酒を飲んで小休止します。その後、酔ったN君に連れられて寺を案内されたのち、夕方頃には三厩の宿へ到着します。

 翌朝、Mさんと別れた後、太宰とN君は義経寺に寄りつつ、津軽の最北端である竜飛岬を目指します。風と寒さに襲われながら、たどり着いた竜飛の集落は、津軽の最北端にふさわしく、風雨に耐えて小さな家々がひとかたまりになっていました。太宰はそれを、まるで鶏小屋のようと表現します。その後、二人は近くの旅館に行き、その日の行程を終えます。

参考サイト等

参考:「太宰ミュージアム-奥津軽観光

太宰治

Posted by hirofumi