『東電OL殺人事件』(佐野眞一)のレビュー・感想

2015年2月8日

15年を経て無罪判決、そして迷宮入り……
社会現象にもなった事件を追ったルポタージュ!

『東電OL殺人事件』のもくじ

 

内容説明

古ぼけたアパートの一室で絞殺された娼婦、その昼の顔はエリートOLだった。なぜ彼女は夜の街に立ったのか、逮捕されたネパール人は果たして真犯人なのか、そして事件が炙り出した人間存在の底無き闇とは…。衝撃の事件発生から劇的な無罪判決までを追った、事件ノンフィクションの金字塔。

目次

第1部 堕落への道(迷宮;幻聴 ほか)
第2部 ネパール横断(山嶺;公判 ほか)
第3部 法廷の闇(目撃;実検 ほか)
第4部 黒いヒロイン(求刑;結審 ほか)

引用元:東電OL殺人事件 / 佐野 真一【著】 – 紀伊國屋書店ウェブストア

※刊行年……単行本:2000年、文庫:2003年

『東電OL殺人事件』のおすすめポイント!

東電OL殺人事件とは?

 その名前からして興味をそそられるこの事件。簡単に言うと、東京電力に勤務していた女性が事件に巻き込まれ、その後の捜査によってエリートOLの裏の顔が明らかになってきた、というもの。被害に遭った女性は慶応大学を卒業し、東京電力の本社に勤務するという、「本物」のエリート。事件は97年に起こったものであり、90年代の時点でこれほどのキャリアを積んでいる女性がいかにすごいかは、想像に難くないでしょう。

 そんなエリートOLが殺されるという時点でスキャンダラスですが、それ以上に世間を驚かせたのは被害女性の裏の顔。昼は一流企業で働き、夜は風俗街で売春を行う。それも、勤務を終えた後に、渋谷のファッションビルの更衣室で着替え、そのまま渋谷区円山町の風俗街で客引きを行う。毎日4人というノルマを課し、裏の仕事を終えると終電で母と妹のいる自宅へ帰る。アンバランスな生活にも、どこか律儀で規則的な面。

 加えて、謎の多いこの事件は、様々な憶測を呼ぶことになります。そもそも一度殺人容疑で逮捕されたネパール人は2012年に無罪が確定し、事件は迷宮入り。被害者の父親もかつて東電の社員であり、親子揃って原子力の危険性を指摘していたこと。事件現場になった渋谷区円山町の持つ奇妙さ。様々な要素が絡み合い、今もなお多くの人の好奇心を惹きつける事件となっています。

 

事件の背景を徹底的に洗い出す! 驚きの情報量!

  この本の構成は、1部で事件の背景、2部では容疑者のネパール人について、3部では捜査と裁判を軸にした事件の詳細、4部で裁判の結果となっています。このうちまず、1部の情報量が素晴らしいです。ルポタージュということで、単に事件を追うだけでなく、土地・人物・時代背景についてかなり掘り下げてあります。例えば、事件の起こった円山町の歴史の部分は、興味深いものがあります。

【渋谷区円山町の歴史】

 円山町というのは、渋谷駅を出て道玄坂を登った先にあります。渋谷駅から広がる繁華街と、裏通りにある高級住宅街とに挟まれた町は、今は風俗街として有名です。ホテル、風俗店、クラブなどがひしめき合っています。はっきりいって立地も、そして中身も「奇妙」な町ですが、この円山町について歴史を紐解いていくと、この事件との因縁が見えてくるのです。

 そもそも、この町にカップル向けのホテルや旅館が立ち並ぶようになったのはなぜか? 江戸・明治時代に宿場町・花街であった歴史もありますが、かつてダム建設で村を追われた人々が流入し、旅館経営などを始めたという過去があります。著者はここに妙な因縁を感じると言います。つまり、電力開発のためのダム建設、それによって住処を失った人々が作った風俗街。そこで平成の時代に、東京電力に務めるエリート社員が奇妙な死に方をした

 こじつけにも感じるかもしれませんが、僕もここに奇妙な因縁を感じました。国の一大プロジェクトとも言っていい電力開発。その裏では地域の人々にしわ寄せが来る。国のためだと無理やり土地を追われた人々。彼らが東京の中心につくった新たな町に、時代を経て、「国家側」にあると言っていい東電のOLが飲まれ、命を失う。「世の中は何が起こるかわからない」と言えばそれまでですが、世の中のあらゆるものは、必ずどこかでつながっていると感じさせるエピソードです。

被害者が残した手帳が暴き出す社会の闇

【被害者が残した手帳】

 被害者女性は、何かにつけてマメなところがあったそうです。その一つが、遺留品である手帳。そこには「売春」の記録がびっしり記録されており、客やその他の人間の連絡先リストもありました。その中には、元総理の息子(大学時代の先輩であり、東電で上司として共に働いたことがある人物)、あるいは東電の幹部の名もあったそうです。彼らが客であったかどうかは不明ですが、被害者について調べれば調べるほど、このような情報がどんどん出て来るのです。

 他にも、売春をしていれば自ずと関わることになるヤクザの存在。著者が円山町界隈を取り仕切る組長に聞いた話では、事件の起こる直前、組員が被害者女性に警告したそう。「素人が一人で商売するのは危険だから、こちらのネットワークに入っておけ」と。しかし、彼女は言うことを聞かず、数日後に何者かに殺されてしまった。

 

【政治、電力会社、出稼ぎ外国人、ヤクザ……】

 このような話は、様々な憶測を呼ぶことになります。その上、容疑者として逮捕されたのは日本に出稼ぎに来ていた外国人。政治家、電力会社、外国人、ヤクザという、つながりがあるのか無いのかわからないものたち。そして最終的には容疑者は無罪となって釈放。結局、被害者を殺したのはどれなのかわからないまま。

 あくまで推測でしかないですが、こういうことも言えるでしょう。例えば、電力会社の幹部が被害者女性と何かしらの関係をもち、それが外部に漏れることを怖れた。そこで、裏社会の力を利用して彼女を殺した。一方で警察は、事件の本質には触れない形で、無実の犯人をでっちあげ、事件を闇に葬り去ろうとする。その結果、出稼ぎに来ていた外国人が犠牲となった。いかにもな話ですが、このような勘ぐりをついしてしまうのが、この事件の奇妙なところです。それくらい、互いに関連がありそうでない様々な情報が入り乱れているのです。

 

感想

 国内でもかなり有名なこの事件。そして、本書もまた有名なルポ、ノンフィクションとなっています。事件のもつ不可思議さや謎、不気味な魅力もさることながら、事件の背景を徹底的に調べあげた著者の行動力、情報収集力、そして文章力は必見です。読み物として非常に完成度が高いと思います。ネックと言えば、少々長いことくらいでしょう(400ページ超)。しかし、ルポとしては標準的な長さではないでしょうか。
 迷宮入りの事件を扱ったルポ、ノンフィクションを読みたい方には、まずこれからと言ってもいいほどおすすめできます。著者はこの他にも著作多数、別の事件を扱ったものもあるので、そちらもおすすめです。

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