「トロッコ」(芥川龍之介)のあらすじ[考察,解説,感想]

2015年2月8日

少年向けの情緒ある作品

蜘蛛の糸・杜子春 (新潮文庫)

もくじ

 

 

はじめに

 トロッコという作品は、芥川作品の中では中期に書かれたものです。具体的には大正11年、西暦でいうと1922年です。芥川はこの年の一月に、彼の名作の一つである「藪の中」を発表し、その二か月後に発表されたのがこの「トロッコ」です。蜘蛛の糸や杜子春などとならび、少年向けの作品の一つとなっています。

 有名な児童文学に共通した特徴と言ってもいいでしょうが、浅く読んでも深く読んでも楽しめる、子供も大人も一緒に楽しめる作品です。
小説が苦手な人にもおすすめできる一冊です。

 

あらすじ

 舞台は小田原-熱海間の、山間にある村です。村のはずれで小田原-熱海間にかけての鉄道工事が行われており、主人公の8歳の少年である「良平」は毎日のようにそれを見に行きます。彼はトロッコで土を運ぶ様子を大変気に入っていました。そして、トロッコで土を運ぶ土工にいつしか憧れを抱きます。そんなある日の夕方、良平は二つ下の弟とその友人を引き連れて作業場に行き、トロッコを押したり乗ったりして遊びます。すると背の高い土工が現れて怒鳴りつけられます。少年はそれきり、こっそりトロッコに乗るようなことは二度としまいと思います。

 

トロッコ2

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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 それから数日後、良平は作業場にて、優しそうな若い二人の土工を見かけます。「この人たちならば叱られない」と思い、良平は「トロッコを押してあげようか」と、土工たちに話しかけます。そして、土工たちとともにトロッコを押して山を登ります。彼は「登り路の方が好い、何時までも押させてくれるから」などと考えます。途中に一度下りを挟みつつ、彼はさらに進んで行きます。

 ところがしばらくして、トロッコは竹藪に入り、間もなく地面に落ち葉が覆いかぶさるような、雑木林に入ります。そして、雑木林の坂を上ったところで、高い崖のむこうに海が開けます。そこで良平は、ずいぶんと遠くまで来たことを感じ、妙に心細い気持ちになります。そして、先ほどとは打って変わって、「早く帰りたい」と思い始めます。

 その後、途中に茶店に寄りつつ、トロッコは山の中を上り下りします。やがて日が暮れ始め、二件目の茶店にて良平は帰るように言われます。良平は、長い道のりをたった一人、泣きそうになりながらも走っていきます。あたりがどんどん暗くなる中、良平は「命さえ助かれば」などと思います。

 ようやく、出発点である村はずれの作業場が見えてきます。良平は涙は流しながらも声を押し殺して、走っていきます。そしてやっとのことで家に着くと、彼は大声で泣きじゃくります。そこで一旦、話は終わります。

 良平はその後、26歳のときに妻子を伴って東京へ出て、今は出版社で校正の仕事をしています。良平は、ふと、当時のことを思い出すことがあります。日々の生活に疲れた時などには、何の理由もなしに、幼いころに見た薄暗い藪や坂のある路が、彼の目の前に現れるのです。

 

考察(解説)

作品のテーマ

 この物語のクライマックスは、トロッコを夢中で押していた良平が、日が暮れ初め、遠くまで来たことに急に心細さを感じ、泣きながら来た道を引き返すというところでしょう。これは素直にとらえるならば、誰もが幼いころに持っていた、不安定で繊細な心、あるいは言葉にできない不安、理由もなく物悲しい気持ちを表現した物語といえるでしょう。実際、それを狙って書いているはずです。ただ、それに加えて、他にも物語の捉え方があるかと思います。

 

トロッコと土工の意味

 私が注目したのは、トロッコや土工をどのように捉えるか、です。私はこれを「社会」、あるいは良平のような幼い子供から見た「大人の世界」でしょう。

 初め、良平は土工にあこがれ、弟たちとともにトロッコに乗って遊びます。これは、子供が遊びの中で、社会の一部と接触していく姿を表しています。しかし、良平は麦藁帽をかぶった背の高い土工に叱られ、怖い思いをします。これは、社会の厳しさを表しているでしょう。しかしながらそのすぐ後で、良平は親しみやすい二人の土工と出会います。これは麦藁帽の土工との対比であり、社会や大人の世界の中にも、優しさや温かみが存在することを示しているでしょう。実際に人が社会に出る際には、どのような職場でもこの土工のような人間に出会うことでしょう。

 

大人になるということ

 そして、良平は念願かなってトロッコを押していくわけですが、最初は押すのが楽しいと思っていたのに、やはり乗る方が楽だと感じたり、はたまた「行きに押す所が多ければ、帰りに又乗る所が多い」などと妙に現実的な考え方をしたりします。これもまた、社会に出始めたばかりの人間の心情の変化そのものです。

 ただ、良平はあくまでもまだ、10歳にもなっていない少年です。竹藪や雑木林に入り、海を見たところで心細くなり、帰りたいと思うようになります。それから彼は、親切だった土工にもそっけない態度をとるようになります。最終的には泣きながら家へ帰ることになります。このような経験をしつつ、人は大人になっていく、あるいは社会の一員になっていくということでしょう。

 少々強引にも思える解釈かもしれませんが、このような見方をしても面白いかと思います。もう少し加えるならば、駄菓子をもらった際の「直に冷淡にしては、相手にすまないと思い直した」という個所や、一人で道を引き返す際の「取って附けたようなおじぎをすると」という個所があります。8歳の子供でも、このように気遣いをするというところが、非常にリアルな描写だと思います。

 

おわりに(感想)

 この物語は、大人になった良平が過去を回想する形をとっています。現在の良平は東京の出版社で校正の仕事をしているわけですが、最後に

塵労に疲れた彼の前には今でもやはりその時のように、薄暗い藪や坂のある路が、細細と一すじ断続している

とあります。塵労というのは、「日々の苦労」などといった意味です。ここを見てもやはり、トロッコや土工、あるいはトロッコの道を社会や人生に例えているのがわかります。

 

 ここらへんいついてもう少し詳しく見ていくと、前半で麦藁帽の土工について

しかしその記憶さえも、年毎に色彩は薄れるらしい

とあります。麦藁の土工は社会や大人の世界の持つ厳しさだと言いましたが、この記述については、良平はすでにその大人の世界に入っていることを表しています。しかしながら、現在の良平が時折目にするのは「藪や坂のある路」ということで、少年時代の道でいえば、「帰りたい」と思う直前にあたります。押すのが楽しかったり、あるいは乗る方がいいと思ったり、子供ながらにいろいろ考えていたところです。

 ですから、良平は大人の世界に入り、出版社で働いてはいるものの、やはりその中でも何か迷いを感じながら生きているのではないでしょうか。この辺りまで来るとはっきりしたことは言えませんが、短いながらもいろいろと考察できる物語かと思います。

参考文献・作品情報

参考文献

作品情報

<年月>

  • 1922年(30歳)3月発表。
  • 中期。

<ジャンル>

  • 「児童文学もの」「少年もの」

<テーマ>

  • ノスタルジー

<ページ数>

  • 10ページ(新潮文庫,2012)