田中尺貫(3)「マルチタレント・オーギ氏」

2016年10月29日

「日常の様々なルーティーン」

イチロー 262のメッセージ

 

 習慣やルーティーンというものは、その人間を形作るものである。良くも悪くも、習慣は人を変化させる。怖いのは、習慣は無意識のうちに行われるので、知らない間に人間を向上させ、また堕落させてしまう。できれば、良い習慣を身に着けたいものだ。

 意図して良い習慣を身につけることは簡単だ。今の自分の目標を設定し、そのために何をすべきか逆算していき、毎日できる小さな習慣を決める。そして、それを毎日繰り返すだけだ。そのうち、2週間もすれば徐々にそれが当たり前になり、無意識に行えるようになる。そこでやっと、習慣になるわけだ。

 

 

田中尺貫とオーギ氏

「田中 尺貫(たなか しゃっかん)」

 田中尺貫は、アメリカを拠点に研究を行っている物理学者である。現時点で、21世紀の物理学者の中で最も優秀とされ、50年に一人の天才と称される。仏教の精神を地で行くその姿勢から、アメリカでは「シャカ」の愛称で親しまれている。摩擦に関するある実験では、金属棒をひたすら布で磨き上げ、その回数は1那由多にも達していた。通常なら1の時間を要すると言われる所、彼は数ヶ月でそれをやってのけた。そして一言、「もう心が那由多(萎えた)」。

 彼のライフワークとして知られる実験に、アメリカのエリア51で行われた、柱と玉を利用した物理実験がある。動く球に柱をぶつけ、球をいろいろな方向へ飛ばす……彼はこれをひたすら繰り返した。その成果は未だに極秘裏だが、実験の副産物として、世界のあらゆる地点に玉を落とし、物理学のエッセンスを大衆に広めたと言われている。

 若いころに開発した人を傷つけないレーザービーム技術に、ノーベル平和賞が授与されるが固辞。翌年は、その固辞のメッセージに対してノーベル文学賞が授与。2年連続でノーベル賞に関わった人物は彼しかいない。これ以外にも、数々の世界的な賞を受賞し、かつまた固辞している。10回のうち3~4回快諾するというペースを常に守っている。

 

 尺貫を語る上で欠かせないのが、オーギ氏の存在である。尺貫が異国の地で活躍するための礎を築いたのが、オーギ氏だと言われている。

 

 オーギ氏は父親がハワイ出身のアメリカ人、母親は沖縄生まれの日本人。その風貌は日本人離れしていたが、生まれも育ちも下町であり、そばと日本酒が大好きという人物だ。オーギ氏も尺貫と同じく元は学者であった。しかし、実力はあったものの学者として大きな業績は残すことができず、40代から始めた講演活動がライフワークとなる。学者になるまでは典型的なエリートコースを歩んできた、研究者としては「ありきたり」な人生を歩んできたが、その後はまさに異色の経歴を歩こととなる。

 

 学者時代、ひょんなことがきっかけでテレビ出演をすることとなる。内容は教養番組だったものの、その独特のキャラクターと口調から、他番組のプロデューサーの目にとまり、深夜のバラエティ番組へのオファーが来る。それがきっかけで、オーギ氏はあっというまに売れっ子タレントとなった。エロもバカもこなしつつ、学者であるがゆえ一般人を圧倒する知識と理屈、そのギャップが視聴者に受けたのだ。当時、共に出演していた芸人たちの芸を分析しパターン化、公式をつくって実践してみせるという離れ業をやってのけ、多くの芸人たち凍りつかせた。

 

 テレビ界では実に幅広いタレント性を発揮。芸人と共にひな壇に立ちつつ、豊富な知識でご意見番もサブカル評論もこなし、政治家つぶしの辛口コメンテーターとしても成功。司会業もこなせばスポーツ中継も無難にこなし、「本物のマルチタレント」とまで評された。その後、タレント活動と並行して自身の番組の企画構成に携わり、そのまま放送作家やプロデューサーへの転身も噂された。しかし、時折二日酔いで番組を飛ばし、本人もプロ意識は高いものの上昇志向がなかったため、あくまで中堅のタレント止まりだった。

 

 怒涛の勢いでテレビ業界を折檻したオーギ氏。しかし、それも長くは続かなかった。最初のテレビ出演から5年経った頃、当時視聴率トップの夜の報道番組にて、結婚したい女子アナランク常連の30代のアナウンサーに放送中にプロポーズ、それを境にテレビ出演をセーブし、再び講演活動に精を出した。去り際には「テレビもビールもアレも、日本人は生が好き」と名言を残す。後に飲料メーカーのCMに使用された。

 

 さて、ここからいよいよ、オーギ氏のライフワークであるコミュニケーションセミナーの話へ移る。尺貫を世界へ羽ばたかせるきっかけになったのも、このコミュニケーションセミナーの存在が大きい。彼は学者時代から年に数回の講演活動を行っていたが、あくまでそれは趣味の延長線上でしかなかった。ただ、オーギ氏は講演を非常に楽しみにしており、講演の前にはかなりの時間をかけて準備をし、終了後は次の講演に向けて、講演内容に入念な修正を加えていたという。

 

 そんな彼の言葉で有名なものに「コミュニケーションのコツはバカになること」というのがある。「頭を真っ白にしてバカになれば、相手の懐に飛び込んでいける。また、バカであることを示せば、相手の方からこちらに飛び込んでくる」と、彼は説明している。彼は意識的にバカになれる人物だった。と同時に、本当にバカでもあった。正しくは、バカな自分を愛することができた。幼少時代から対人関係で苦労したことはなく、困ったことがあれば面白い話をして人を笑わせ、その場を丸く納めていた。ただ、10代の終わり頃になって、自身のコミュニケーション能力を自己分析するようになり、毎日日記をつけるようになった。思えば、それが後の講演活動やセミナーにつながっていったのだ。

 

続く

今日の格言

「最高の社交性とはバカになること」(オーギ氏)

 

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