田中尺貫(2)「ノーベル平和賞辞退」

2016年10月29日

「売れなきゃ意味が無い」

イチロー 262のメッセージ

 

 芸術をする人間には二種類ある。「売れたい」か「純粋に芸術性を志向する」か。どっちもできりゃあいいけど、そうもいかない。ただ、売れようとしている人を「商業意義」などと揶揄するのはナンセンスである。

 簡単に言えば、売れたほうがいろんなことができる。プライベートも充実するだろうし、芸術によりたくさんの金をつぎ込むことができる。芸術性を追求するのはそれからでいいだろう。そもそも、純粋に芸術性を志向したいという才能ある人ならば、頭を使って売れることくらい簡単だろう。

 そういうわけで、「売れなきゃダメだ」とか言うのではなく、「売れたほうがいいじゃん?」というわけだ。金と余裕を得てから、ゆっくり自分の好きなことをやればいい。

 

 

田中尺貫とノーベル平和賞

 

「田中 尺貫(たなか しゃっかん)」

 田中尺貫は、アメリカを拠点に研究を行っている物理学者である。現時点で、21世紀の物理学者の中で最も優秀とされ、50年に一人の天才と称される。仏教の精神を地で行くその姿勢から、アメリカでは「シャカ」の愛称で親しまれている。摩擦に関するある実験では、金属棒をひたすら布で磨き上げ、その回数は1那由多にも達していた。通常なら1の時間を要すると言われる所、彼は数ヶ月でそれをやってのけた。そして一言、「もう心が那由多(萎えた)」。

 彼のライフワークとして知られる実験に、アメリカのエリア51で行われた、柱と玉を利用した物理実験がある。動く球に柱をぶつけ、球をいろいろな方向へ飛ばす……彼はこれをひたすら繰り返した。その成果は未だに極秘裏だが、実験の副産物として、世界のあらゆる地点に玉を落とし、物理学のエッセンスを大衆に広めたと言われている。

 

 田中尺貫と関係の深い地として、「エリア51」がある。実は以前、彼はアメリカの軍事研究に携わっていたことがある。渡米して間もないころ、業績も乏しく、研究費を稼ぐのに苦労していた尺貫。そこで、安定した需要を誇り、まとまった金が手に入る軍事産業に目をつけた。自らの技術と知識を活かし、ミサイル研究の仕事で食いつないでいたのだ。

 

 業績がまだ無かったとはいえ、尺貫はやはり天才。正確無比なレーザー型迎撃ミサイルを開発。その兵器はたった一度しか使用されなかった。というのも、最初の迎撃だけでその威力の恐ろしさが世界中に伝わり、その後は配備するだけで強大な抑止力となり、他国を牽制することができたからだ。その後もアメリカ軍は配備を継続している。

 

 尺貫が素晴らしいのは、彼が属していた軍事企業に対し、特許を譲渡するのと引き換えに、ミサイル技術の使用に条件をつけたことだ。

  1. 「ミサイルは自衛のための迎撃のみに使用する」
  2. 「無駄な発射は極力避ける」
  3. 「ミサイル技術の軍事以外への応用は、エンターテイメント産業に限る」

 

 彼はあくまで「守り」の人間だった。そして、相手を倒すことよりも、周りを「魅了する」ことを重要視していた。フロンティアスピリットと合理主義のアメリカにあっては、守りに入ることよりも積極性が求められる。また、見た目の美しさよりも実用性、理想論よりも結果が重視される。そんな中にあって、尺貫の価値観は異質であった。

 

 結果的に、彼のミサイル技術と使用条件は、誰も傷つけること無く平和を維持することとなった。この業績に対して、後にノーベル平和賞の授与が決まった。しかし、尺貫はそれを固辞した。

 

「ノーベル平和賞が毎年誰かに送られるというのは、世界が平和ではない証拠。いつか、この地球に対して、全人類に対して、平和賞を授与できる日が来るといい」

 

 ノーベル財団は彼の固辞に落胆したが、苦肉の策として、彼の固辞のメッセージに対してノーベル文学賞の授与を打診した。尺貫はこれをあっさり受け入れた。

 

「平和はたった一つで、まだ見つかってないけど、芸術は何万個あってもいい」

 

 実に彼らしいエピソードである。

 

続く

今日の格言

「ノーベル平和賞が毎年誰かに送られるというのは、世界が平和ではない証拠。いつか、この地球に対して、全人類に対して、平和賞を授与できる日が来るといい」(田中尺貫)

 

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