『少年』(ビートたけし)のあらすじ・レビュー

2017年10月21日

少年が主人公の3つの短篇小説を収録!

もくじ

『少年』のあらすじ

ドテラのチャンピオン

 中年の兄弟が久しぶりに会い、2人で酒を飲み交わすところから物語は始まる。弟のマモルはスポーツが得意、兄の真一は秀才の運動音痴で、今は一年の半分を海外で過ごしている。そんな2人が、四谷の小料理屋で、ゴルフについて語り合っている。マモルはふと、昔のことを思い出した。

 運動会のシーズンになると、小学生のマモルはワクワクして仕方がない。しかし、真一は憂鬱な顔になる。徒競走では毎回のようにビリであり、一年で最も恥をかく日になるからだ。一方で、運動会の目玉として、「カラバカ」という6年生の男の走りがあった。カラバカは自分の名前を書けず、下校時に迷子になるような少年だが、足がめっぽう早く、運動会の日だけ学校のスターとなるのだ。マモルや真一も、カラバカの走りを何よりも楽しみにしていた。しかし、運動会直前になって、カラバカが体調不良で出られないという噂が立った。

 運動会当日、マモルは見事に徒競走で1位になる。そして今度は真一の番。どうせ今年もビリだと思ってスタートしたところ、運良く他の走者が一斉に転び、期せずして真一はトップを独走することになる。マモルと母が必死で応援する中、あと数メートルでゴール、人生初の1位を獲得というところ。しかし真一は、そこでつまずいてしまい、ゴールの手前で前のめりに転んでしまう。結局、今年もビリだった。落ち込んでいる間もなく、カラバカのレースが始まった。見るからに体調の悪そうなカラバカは、20メートルもしないうちフラフラになり、そのままPTA席に突っ込んで倒れてしまった。そんなカラバカの根性を見て、マモルは子供ながらに感動したのだった。

 そして現在。マモルは兄に、カラバカが何をしているのか尋ねた。カラバカは土建屋の社長になっていた。
「人生、学校の成績で決まるんじゃない」
 そう言って、真一はマモルに笑いかけるのであった。

星の巣

 父の死後、ある兄弟が母親と共に、大阪に引っ越してきました。星の図鑑と天体観測が大好きな兄弟は、なれない地で新たな生活に適応している最中。弟の俊夫は、東京から来たということでからかわれ、肝心の天体の知識もガキ大将に負けてしまいます。一方兄は、「天体部の部長になった」と弟に自慢します。しかし、兄の言う天体部は、自らが新設した部であり、同級生からは「一人天文部」とバカにされ、イジメられていたのでした。

 そんな中、母から恋人を紹介されます。とても優しい人でしたが、俊夫たちは何とも言えない複雑な気持ちになっていました。そんな中、2人は中学校の実験室から大きな望遠鏡を盗み出し、思い切り天体を眺めようと計画するのでした。

おかめさん

coming soon……

 

『少年』の解説・考察

少年のセンチメンタルな気持ちを描いた3作品

  『少年』は、1987年出版の、3編からなる短篇集です。「ドテラのチャンピオン」では、幼いころの自分を投影した少年マモルと兄真一が登場する、小学校の運動会でのエピソードです。詳細はあらすじに譲るとして、運動会を前にした浮足立った気持ち、切ない思い出などを描いています。

  「星の巣」は、父の死後に大阪に引っ越してきた兄弟の話です。作品のテーマは天体であり、いじめられっ子の兄弟が夜空に希望を馳せるといった内容です。そして最後は「おかめさん」です。こちらは、父親と喧嘩した中学生の一郎が主人公です。東京に住む一郎は、歴史が好きな少年でした。ある日父親と大げんかをしたのをきっかけに、歴史的建造物の見学もかねて、ふらりと家を出て、京都に一人旅をするのです。そしてそこで、ヤンキーの少女と出会い、恋心を抱くという話です。

 どの作品も少年期の切ない思い出、言葉に出来ない微妙な気持ちを思い起こさせる作品となっています。

ビートたけしにとっての「少年」とは?

 少年の時代は、小さな自由を手に入れた瞬間から始まるとオレは思う。自由というのが大袈裟なら、簡単なことなら自分の望みが自分一人の力で手に入れられるという自信だ。
 今まで親の腕に抱かれ、コントロール下にあったのが、自分自身の選択で少しずつそこからはみ出した世界を創っていく。友だちを選ぶ。遊びを選ぶ。行動を選ぶ。自分が何をしたいか、何を望んでいるかが世界を創っていく力になることを知るのだ。
(中略)
 その望みに少年は全身でぶつかっていく。余分な知識やテクニックはない。だからこそ、ぶつかってはね返った衝撃の大きさも全身で知る。勝ちも負けも快感も大きい。間違いも思い込みだって大きい。そしてオレは四〇歳になってもそんな少年に憧れている。

引用元:ビートたけし(1992)『少年 (新潮文庫) 』新潮社,第8刷,p.147

  いつまでも少年でいてどうするんだ、という声が聞こえはするが、小説を書こうとすると、何故か、いつも少年の心を書きたいと思ってしまう。少年に憧れ、自分の心の中の少年が命じるまま、毎日を生きているせいかもしれない。結局、オレにとっての小説は、生きていることの「おつり」以上のものではないのだろう。

引用元:ビートたけし(1992)『少年 (新潮文庫) 』新潮社,第8刷,p.150