最後は自分次第

後悔の無い人生はない

どうも最近は、生前葬とか就活とか、死ぬ前から死んだあとのこと考えて、何とか遺族に迷惑かけずにきれいに死んでいこうという世の中になってるね。でもさ、人間はどんな偉人でも天才でも、死ぬ前には後悔とか悔いを残すのが当然で、「もう思い残すことはない」なんて死に方する人は絶対にいないんだよ。

 

人間は誰だって死ぬのが怖いし死にたくない。どんなに頑張ったって死ぬ直前には少なからず悔いを遺すもんなんだよ。それなのに今の世の中はいかに綺麗に死ぬか、いかに後悔なく死ぬかってことばかり考えて、死に対してまで洒落っ気を持たそうとしている。

 

死ぬ時にまでいかに自分を良く見せようかと必死になってる。これはエゴや自己顕示欲以外の何物でもないね。綺麗に死にたいって言うやつほど、生きている間にいかに自分をごまかして生きてきたかがよくわかる。だから死ぬときくらいは、死んだあとくらいは自分を良く見せたいと思うんだよ。

 

死ぬっていうのはどんなに頑張っても汚いもの。死ぬ直前は苦しむし、死んだあとは放っておけばどんどん腐敗していく。葬式には金も労力もかかるし、借金があれば遺族に迷惑がかかるし、かと言って資産があっても遺産争いで遺族の間で血みどろの争いが起こる。でも、結局はこれが自然の摂理であって、生き物が死ぬってのは決して綺麗なことではない。

 

一方で、死んだ動物を放っておけハエやミミズがたかって、最後は微生物が土に分解して、どんな動物でも土に還る。実は、死に方としてはこれが一番綺麗な死に方じゃないかと思う。死んだ自分の体が生き物の食べ物になって、土を肥やして植物の栄養になって、最後は花を咲かす。「花を咲かす」なんてのはちょっと人間の美意識が入っていて嫌らしい。雑草の栄養になって、草刈りのおじさんに刈られるなんてのが、実は一番綺麗な死に方なんじゃないかな。

 

人間が死を恐れるのは動物の本能なんだろうけど、それに加えて人間は知能を持ってる。科学が発達して物理学の世界なんかではパラレルワールドの存在が真剣に議論されていて、宇宙を見渡せば自分が平行世界に何人もいるなんて話もある。宗教の世界でも大昔から生まれ変わりの可能性なんてのが示唆されている。

 

人間は知能があるばっかりに、死んだあとのことをいろいろと想像してしまった。そのせいで、余計に死ぬことが怖くなってしまっていると思う。でも、結局死ぬことは自然の摂理で、当たり前のこと。毎日世界中で誰かが亡くなり、毎日のように動物は敵に食われたり漁師に獲られたり、あるいは何かの拍子で魚が陸に打ち上げられたり、餓死にしたり病死したり、死はすべての動物に毎日当たり前のように訪れている。

 

それでも動物は死ぬ間際に苦しんだり抵抗したり、知能がなくても死に抗う。死は当たり前のことである一方で、生き物にとっては最も恐ろしいことなんだ。

 

当たり前であって最も恐ろしいこと。それが死だ。その死に対して、どう向き合うか? 俺が思うのは、死に対して徹底的に抗って、力尽きて死んでしまうのが最も自然な死に方だ。恐ろしいんだから抗うのは当たり前。当たり前のことなんだけど、そんな時こそ他の動物と一緒で徹底的に抗う。その結果、力尽きて死んでしまう。これが、動物にとっても人間にとっても、最も綺麗な死に方だと思うね。

 

理想を言えば、死にぞこないの老人になっても健康のためにあらゆる手を尽くして、それでも日に日に衰弱していって、とっくに生殖機能は衰えてるのに看護婦のお姉ちゃんに色目使って、エロ本を病室に持ち込んで、そんで奥さんに怒られて、娘にも嫌な顔されて、酒を飲んでタバコも吸って青汁飲んでビタミン剤飲んで、最後の最後まで抵抗して、家族にも愛想尽かされて、ようやく死ぬってなったときに周りのみんなが「やっと死んだか」ってホッとするような死に方がいいね。

 

でもいよいよ死ぬってなった時には、なるべく気持ちいいことをしていたい。銭湯に行ってサウナから上がってビール飲んで、あるいは午後5時くらいからガード下の焼き鳥屋に行って、ポテトサラダに刺し身とハツとレバー食って、泥酔して駅の便所で寝ちゃって、そのまま昇天なんてのが理想的だ。もしくは、癌で苦しんでどうしようもないからモルヒネじゃんじゃん打ってっもらって、恍惚とした気分でそのまま逝ってしまいたい。

 

死は苦しいし恐ろしい。そことちゃんと向き合ってこそ、いわゆる天国に行けるんじゃないか? でも天国なんてありゃしない。死んだあとどうなるかは誰にもわからない。死人に口なし、くちなしは蛇も食わない、朽なして極楽浄土、口直しのほうじ茶。

 

腹いっぱい寿司を食って、締めのほうじ茶を飲んでいる間に成仏できれば、あとは極楽浄土で天国良いとこ一度はおいでよ酒は旨いし女は綺麗。

 

死んでも人間は酒を飲むし女を求める。どうせ死ぬなら腹上死。死ぬ瞬間に言ってみたいな、「女は照れ屋で面倒見の良い床上手!」

 

結局、死ぬ間際まで男は子孫を遺すことしか考えない。これが男の性で悲しいところ。女には果たして子孫を残そうという欲はあるのか? あったら少子化になっていない。そんなわけで、本日はさようなら。。。

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Posted by hirofumi