「桜桃」(太宰治)のあらすじ(要約)[考察(解説),感想]

2017年10月25日

「桜桃忌」の由来にもなった、死後発表の短編作品

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

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もくじ

  • 「桜桃」あらすじ
  • 「桜桃」の解説
    • 太宰の死と桜桃忌
    • 太宰の息子について
  • 「桜桃」の考察・感想
  • 参考文献

「桜桃」のあらすじ

  幼い2人の子を持つ夫婦がいて、夫は作家。家では明るく振る舞っているものの、酒が好きで、女も好きで、何日も家を空けるような男。つまりは太宰自身です。ただ、あくまで作品の中では、東京のどこかに住んでいるある男と、その家族の話となっています。

 男は家では常に冗談を言って明るく振る舞っているものの、それは気弱な性格の裏返し。妻のちょっとした言葉に神経質になるような人間です。明るくしているのも、子供をひどく可愛がっているのも、彼にとっては「もてなし」であり「奉仕」。彼の中では、家族の中で最も弱い人間は父親。「子供のために」ではなく「子供より親が大事」と、彼は言うのでした。

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photo:Cherry by ai3310X

 

「桜桃」の解説

太宰の死と桜桃忌

  「桜桃」は太宰治の最晩年の作品、死のひと月前に発表された短編の一つです。この作品が有名なのは、太宰治の命日(正確には遺体が発見された日であり、生誕記念日)を祝う「桜桃忌」の名前の由来としてでしょう。

第一回の桜桃忌が禅林寺で開かれたのは、太宰の死の翌年、昭和24年6月19日だった。6月19日に太宰の死体が発見され、奇しくもその日が太宰の39歳の誕生日にあたったことにちなむ。「桜桃忌」の名は、太宰と同郷の津軽の作家で、三鷹に住んでいた今官一によってつけられた。「桜桃」は死の直前の名作の題名であり、6月のこの時季に北国 に実る鮮紅色の宝石のような果実が、鮮烈な太宰の生涯と珠玉の短編作家というイメージに最もふさわしいとして、友人たちの圧倒的支持を得た。

引用元:三鷹市|桜桃忌 – 太宰が生きたまち・三鷹

 

 ちなみに、桜桃というのはさくらんぼのことです。また、入水自殺によってこの世を去った太宰。遺体が発見されたのが奇しくも自分の誕生日。ただし、命日は6月13日です。

太宰の息子について

 「桜桃」は太宰の家族を描いた作品であり、登場する子供も実際の子がモデルになっていると言われています。

四歳の長男は、痩せこけていて、まだ立てない。言葉は、アアとかダアとか言うきりで一言も話せず、また人の言葉を聞き分けることもできない。

父も母も、この長男に就いて、深く話し合うことを避ける。(中略)母は時々、この子を固く抱きしめる。父はしばしば発作的に、この子を抱いて川に飛び込み死んでしまいたく思う。

引用元:太宰治(2009)『ヴィヨンの妻』百九刷,新潮社,p.194

 太宰の長男が本当に障害を持っていたのか、そしてそれが太宰の死の理由の一つになったかどうかは、定かではありません。しかし、最晩年の太宰治を知る上で、重要な作品となっているのです。

「桜桃」の考察・感想

  「桜桃忌」や作中の子供の話を見ると、作品のイメージは暗く感じるかもしれません。しかし、実際の作品は、家族の日常の一コマを切り取ったようなものであり、重苦しさや暗さはほとんどありません。頼りなく、そしてちょっとひねくれた父親を描いた、楽しい作品となっています。

 文庫本で10ページほど、数分で読みきってしまえる作品ですが、そこに太宰らしさがしっかり出ています。自分の悩みや苦しみをモチーフにしながら、人を楽しませる作品をつくるのが、太宰治の凄いところです。

 『ヴィヨンの妻』は短篇集であり、家族や夫婦を描いた作品が収録されています。表題作になっているヴィヨンの妻は名作であり、必見です。

参考文献

 

太宰治

Posted by hirofumi