小説の場面描写はどのように書くか?[小説の書き方/場面描写]

2017年11月8日

・場面描写は書き過ぎない。
・人物や物語にとって、各場面がどのような意味を持っているか考える。

もくじ

小説の中の描写はシンプル

 ここでは 「風の歌を聴け (講談社文庫)」(村上春樹)を例に、小説の中で実際にどのような描写がなされているか見ていきます。まずは冒頭のシーンです。「風の歌を聴け」のあらすじ・レビューもあるので、合わせてどうぞ↓

「金持ちなんて・みんな・糞くらえさ」
 鼠カウンターに両手をついたまま僕に向かって憂鬱そうにそうどなった。
 あるいは鼠のどなった相手は僕の後ろにあるコーヒー・ミルなのかもしれなかった。僕と鼠はカウンターに隣りあって腰かけていたのだし、わざわざ僕に向かってどなる必要なんて何もなかったからだ。しかし何れにせよ、大声を出してしまうと鼠はいつもの様に満足した面持でビールを美味そうに飲んだ。
 もっとも、まわりには鼠の大声を気にするものなど誰ひとりいなかった。狭い店は客で溢れんばかりだったし、誰も彼もが同じように大声でどなりあっていたからだ。それはまるで沈没寸前の客船といった光景だった。
(中略)
「ジェイズ・バー」のカウンターにはタバコの脂で変色した一枚の版画がかかっていて、どうしようもなく退屈した時など僕は何時間も飽きもせずにその絵を眺めつづけた。

※……主人公の友人の愛称。

(「風の歌を聴け (講談社文庫)」3の冒頭より)

  これは小説の始め、最初に登場する場面の描写です。バーはこの後も何度も出てきて、そこで少し書き加えられますが、バーの描写は基本的にこれで終わりです。登場したのはバーならどこにでもある「カウンター」、その他は「コーヒーミル」「客で溢れかえる狭い店内」「版画」くらいです。どのようなバーでもこれくらいのものは揃っていて、特徴的な描写と言えば版画くらいです。

 一応、物語が1/4ほど進んだところの描写も見ておきます。

 ひどく暑い夜だった。半熟卵ができるほどの暑さだ。
 僕は「ジェイズ・バー」の重い扉をいつものように背中で押し開けてから、エア・コンのひんやりとした空気を吸い込んだ。店の中にはタバコとウィスキーとフライドポテトと腋の下と下水の匂いが、バウムクーヘンのようにきちんと重なりあって淀んでいる。
 僕はいつもと同じカウンターの端の席に座り、壁に背中をつけて店の中を見回してみた。見なれない制服を着たフランスの水兵が三人、その連れの女が二人、20歳ばかりのカップルが一組、それだけだった。鼠の姿はない。

 (「風の歌を聴け (講談社文庫)」10の冒頭より)

  ここでもそれほど細かい描写は見られません。「重い扉」と、バーの中の匂いが印象的なくらいです。この他にも、バーの中の電話器、テレビ、トイレといった描写がありますが、それらのものはどんなバーにも普通にあるものです。

各場面が、主人公にとってどのような場所か、物語の中でどのような意味を持っているか

 このバーは小説の中で何度も登場し、メインのシーンとなっています。しかし、それでもシンプルな描写にとどまっています。それにはいろいろな理由が考えられるでしょう。

  • どこにでもあるバーを描きたかった。
  • バーの内装ではなく、そこにいる人間を描きたかった。
  • 他のシーンを目立たせたかった。

 特にこの小説では、バーはメインの登場人物が集まって話をする場所であり、「落ち着ける場所」として描こうという意図があるのだと思います。また、バーのシンプルな描写とは対照的に、人物同士は込み入った話をしています。他にも、バー以外の場所では、情報量が多く、順序立てた描写が見られます。

 これは人間の物の見方も関係していると思います。いつもいる場所、たとえば自分の部屋ならば、内装や部屋にあるものをわざわざ意識して見ることはないでしょう。しかし、外に出ればそこにある物事を自然と客観的に捕らえるものです。初めて他人の部屋に入った時は、部屋をぐるりと見渡して、どこに何が置いてあるか確認します。初めて入るお店などでも同じことをするでしょう。

 このように考えていくと、自ずと場面の描写に強弱がつくと思います。

 

 

「風の歌を聴け」における主人公の故郷の描き方

 「風の歌を聴け」では、大学生の主人公が東京から故郷の街に帰省した際の出来事を描いています。その街についての説明は、小説の後半でようやく出てきます。そこでは、主人公にとっては故郷であっても、客観的に描かれています
 もちろん、舞台を読者に説明するためには、客観的に描くことは必要ですが、それ以外にも理由があると思います。大学も4年目で、すっかり都会ぐらしに慣れていること。都会と比べた場合に、故郷が平凡であること。そして、主人公の思慮深く冷静な性格です。一歩引いた視点から故郷を見るということで、主人公の性格を表現しているというわけです。

 街について話す。僕が生まれ、育ち、そして初めて女の子と寝た街である。
 前は海、後ろは山、隣には巨大な港街がある。ほんの小さな街だ。港からの帰り、国道を車で飛ばす時には煙草は吸わないことにしている。マッチをすり終わるころには車はもう街を通りすぎているからだ。
 人口は7万と少し。この数字は5年後にも殆ど変わることはあるまい。その大抵は庭の付いた二階建ての家に住み、自動車を所有し、少なからざる家は自動車を2台所有している。
 この数字は僕の好い加減な想像ではなく、市役所の統計課が年度末にきちんと発表したものである。二階建ての家というところが良い。
 鼠は三階建ての家に済んでおり、屋上には温室までついている。斜面をくりぬいた地下はガレージになっていて、父親のベンツと鼠のトライアンフTRⅢが仲良く並んでいる。不思議なことに、鼠の家で最も家庭らしい雰囲気を備えているのがこのガレージであった。小型飛行機ならすっぽりと入ってしまいそうなほど広いガレージには型が古くなってしまったり飽きられたりしたテレビや冷蔵庫、ソファー、テーブル・セット、ステレオ装置、サイドボード、そんなものが所狭しと並べられ、僕たちはよくそこでビールを飲みながら気持ちのいい時間を過ごした。

 (「風の歌を聴け (講談社文庫)」28の冒頭より)

  前半が故郷の街の描写ですが、地形的な特徴、人口、統計課の情報というように、かなり客観的なものとなっています。これが主人公にとっての現在の「故郷」であり、主人公の性格も表れています

 後半では、友人の「鼠」の家について描写があります。こちらは単純に他人の家ということで、客観的な説明がなされています。特に、家の全体像から入って細かな特徴まで書いているところが、小説の冒頭のバーの描写との違いです。

まとめ

 まず前提として、以下の二つのことを意識します。

  • 無駄な描写はしない。
  • 人物や物語にとって、各場面がどのような意味を持っているか考える

 その上で、次のことを各場面に当てはめていきます。

  • 詳しく書くか大雑把に書くか
  • 主観的に書くか客観的に書くか

 これらの基本を守って描写をしていけば、場面に応じて強弱をつけたり、テクニックを使うこともできると思います。