昇合拾数(5)「トリックと気合と神通力」

2016年10月29日

青年昇合と大道芸人

采配

 結果よりも過程、効率よりも無駄を好む人がいるけど、わざわざそれをやる必要はない。今の時代は時間の流れが早いから、そんなことしてたらあっという間に置いて行かれる。みんなが結果や効率を求める状況にあれば、過程や無駄を重視しなくとも、そこで優劣の差は生まれる。結果や効率を最優先した上での新たな過程や無駄が生まれる。遠回りに意味があるのはわかるけど、ハナからそれを重視する必要はないってことだ。

 

 

「結果よりも過程。効率よりも無駄」

「昇合 拾数(のぼらい ひろかず)」

東北地方の田舎町、333年の歴史を持つ神社に、次男坊として生まれる。物覚えの良さとその特異な言動から、神童と呼ばれ、将来を期待される。

しかし、若くして道を逸れた昇合は、波乱万丈の人生を歩む。神主、占い師、マジシャン、政治家、哲学者、など様々な肩書を持ち、浮浪者時代を経て、教祖として数々の記録を残すこととなる。

三度の「三種の神技」達成で日本中を驚かせ、世界に進出して「奇跡」を複数回達成。世界初の「神との調停」「宗教間トレード」「他宗教の神を信仰」など、型破りな教祖像を世に知らしめた。

やがて彼は、神と呼ばれるようになり、世界で最も人類を救済しつつ、世界で最も嫌われる存在となる。まさに彼は「異端」である。

 

 昇合は教祖になる以前、実に様々な職業を経験している。例えば青年時代には、マジシャンや占い師、詐欺師も経験したと言う。それらの職業は、昇合が国内外をぷらぷらと旅している途中、片手間で始めたものばかりだ。後年、昇合は語っている。

 

「カルト的なものの裏には、タネやトリックがある。それを知ることができて有意義だった」

「不正や反則はしてはならないが、それを知らないまま生きるのは危険だ」

 

  昇合は器用で物覚えのいいところがあったので、すぐに人を騙すテクニックをマスターしてしまった。それを利用して、金や信用を得たこともあったという。若気の至りといえばそれまでだが、悪の道に逸れてもおかしくなかった。そんな中、ガンジスのほとりにて、ある男と出会った。彼の名は「江藤 五十分三(いそふみ)」、パフォーマーである。

 

 当時の昇合は、インドの路上でマジックを披露して小銭を稼いでいたが、それは表向きの仕事。小金持ちにたかり、年増の女のヒモになり、金貸しの集金係をし、時には詐欺やスリもした。一方、半裸の江藤五十分三は、幅50メートルはあろうかという広大なガンジス川の岸辺で、ひたすらダッシュを繰り返していた。

 

 江藤は頬が汗ばんでくると、いったんダッシュを止め、息を整えるようにヨーガを始めた。すると、どこからともなく人が集まり、気がつけば川の畔には半円状の人だかりができていた。手拍子が沸き起こり、江藤は緊張をほぐすようにして川岸で小さくジャンプし、ヨーガの呼吸で息を整える。

 

 拍手の音がひときわ大きくなったところで、江藤は川に向かって猛然と走りだし、そのまま水しぶきを上げながら信じられない速度で水上を走りぬけ、ついにはガンジス川の向こう岸にたどり着いてしまった。

 

 これは、昇合が生まれて初めて目の当たりにした「奇跡」であった。パフォーマンスを終えた江藤に話しかけると、彼はこの水上歩行を「ガンジスの賜物」だと言った。そして2人は意気投合。その夜はひとしきり酒を飲んだ。

 

 後日、昇合はトリックを使って、ガンジスの川面を徒歩で渡って見せた。江藤はさぞかし驚くかと思えば、関心はしていたが平然とした表情であった。「インドにはお前のような『奇跡』を起こす人間は山程いる。残念ながら俺にはそんな能力はない。でも、俺のように体一つ、脚力のみで川を渡る人間はいるだろうか? 俺はお前のような奇跡は起こせないが、お前に俺と同じことができるか? 」

 

 この言葉に昇合は衝撃を受けた。江藤は昇合のインチキを真面目に受け止め、それでもなお平然とし、気合と体力のみの自身のパフォーマンスに、確固たるプライドを持っていた。昇合は自分が恥ずかしくなった。と同時に、これまで持っていた奇跡へのあこがれより、気合でどこまでやれるか、自分を試したくなった。

 

 江藤五十分三との出会いを堺に、昇合は広い心を持つようになった。無駄、無意味、無謀、無計画といったものも、時として価値があるのだと、昇合は思ったのである。

 

つづく