下積み時代のエピソード満載『漫才病棟』(ビートたけし)

2014年9月12日

売れない漫才師が主人公、浅草時代のビートたけしの自伝的小説!

漫才病棟 (文春文庫)

北野映画に通じる笑いと哀愁/『漫才病棟』のあらすじ

いつか、を夢見る若き下積み芸人達がたむろした町―浅草。そして、「世間からズリ落ちたような客ばかりで、正月ともの日と日曜日ぐらいにしか満席にならな い浅草松竹演芸場」。誰もいない客席に向かって、漫才をつとめる男の眼に映ったあの時代がいま甦る。「週刊文春」連載時に好評を博した初の自伝的長篇小 説。

引用元:漫才病棟 / ビートたけし【著】 – 紀伊國屋書店ウェブストア

 【あらすじ】

 舞台は70年代前半の浅草。60年代の演芸ブームが過ぎ去り、閑散とした松竹演芸場に、20代半ばの売れない若手芸人「ヒトシ」がいた。周囲には老人と挫折した中年芸人と浮浪者ばかり。腐るものかと必死に芸を磨く一方で、世間的に見れば底辺、考えていることは酒と金のことばかりで、周りの人間と何一つ変わらない。しかし、ヒトシの漫才は光るものがあった。口の悪い支配人の言葉も、不思議な説得力をもってヒトシの心に響く。

 日銭を稼ぐのに必死、演芸場の舞台の他にも、田舎の温泉街、演歌歌手の地方興業をこなしていく毎日。社会からこぼれ落ちた人々の、破天荒なエピソードが山のように積み重なっていく。やがてヒトシは、演芸場に出入りする演芸評論家の口利きで、テレビ出演のチャンスを掴む。

 物語はここで終わるが、その数年後にはあの漫才ブームが待っていた。

 

 

 

下積み時代のエピソード満載、若き日のビートたけしが見た「浅草」

  • たけしさんの経験が下敷きの、リアルな物語。
    漫才ブームが数年後に迫った、「台風の前の静けさ」を感じられる。

 コント55号Wけんじてんや・わんや など、いわゆる「お笑い第一世代」の芸人の名前が登場するほか、たけしさんが下積み時代に見た「浅草」、そこでのエピソードを下敷きとしています。良いところも悪いところも含めて、当時の浅草のリアルな姿を作品を通して見ることができます。

 作品では、主人公の漫才師が売れる前で話が終わってしまいます。しかし、その数年後にはあの漫才ブームが起こり、2人は一気にスターダムへのし上がります。作品ではその部分には触れていませんが、そこまで考えて作品を読んでみると、台風の前の静けさとでもいうべき、何かが起こる前の緊張感を持った静けさを感じ取ることができます。

 売れない芸人の集まる劣悪な環境の中で必死にもがく「ヒトシ」の姿、そして、時折かいま見える才能に、おもわず鳥肌が立ちます。

 

  • 作中に盛り込まれる漫才のネタ

 漫才師が主人公ということで、当然ながら漫才のネタも作中に書かれています。中でも見ものなのは、出番の直前に主人公が必死にネタを考えるシーンです。ビートたけしさんが当時どのようにしてネタを考えていたか、その発想法を知ることができ、非常に興味深いです。

 

(主人公がネタを考えて煮詰まっていたところ、先輩芸人の発した「輸血」という言葉でネタを思いついた部分より)

――二百CC献血して貧血を起こしちゃって、しようがないから四百CC輸血して貰っちゃった。
――それじゃあ二百CCよぶんに奪っているじゃねえか。
 というやりとりが先ず形になって頭に浮かんだ。続いて、どうしてそうなるか自分でも脈絡がつかめないんだが、
――この間近所の団地で火事があってさ、四階が火元でじゃんじゃん燃えていて、三階で手を振っている人がいて、助けようにも何にもないんだ。
――それでどうしたっていうの?
――ちょうど隣が学校で、体育館からトランポリンを持ってきて、そこに飛び降りたら四階まで跳ねていっちゃった。
(中略)
 その先がちょっと詰まって、ウーン、どうしようと考え込んだ瞬間、主人公はバアさんだと閃き、捕まえたと思った。
――うちのオバアさんは偉いですよ。
――どこが偉いんだ。
――この間なんか献血にいったんだぜ。
――へえ、そりゃ凄いな。
――二百CCも献血して貧血起こしちゃった、しようがないから四百CC輸血しちゃった。
――それじゃあ二百CCよぶんに奪っているじゃねえか。
 って話をやって、間を置かずに、
――お年寄りになると火事が怖いですね。
 といきなり話を切断しておいて団地の火事のネタにつなげてやる。ババアを空に飛ばしてしまう。
 で、「お年寄りは大切にしましょう」っていって一こまの区切りをつける。
(中略)
 落としのパターンが決まれば、あとはいくらでも続けられるもんな、舞台でのアドリブをどんどん足していけばいい。
――この前、オバアさんに道を聞かれたから近道を教えてあげたら、高速道路をテクテク歩いていきました。
――うちのバアさんが頑丈な奥歯を抜きました。思い切って抜いたら骸骨もそっくりとれました。
――隣のバアさん、足腰が弱ってしかたがないっていうから、ライオンの入っている檻に入れてやったら、顔をひきつらせて一メートルも飛び跳ねていました。

引用元:「漫才病棟 (文春文庫)」,96年,第一刷,文藝春秋,pp.151-153

 

 

  • 世の中におけるの芸人の存在意義

 作中では、芸人という特殊な職業について、その存在意義をいろいろな表現で説明しています。浅草のエレベーターボーイから日本一の芸人に上り詰めた、たけしさんならではの「芸人観」が見られます。

 演芸場なんてのは馬鹿な芸人が笑ってその日を過ごせさえすればいいっていう、なんの役にも立たない所のように見えるけどな、ヒトシ、世間の底になってちゃんとお役に立っているんだぞ、演芸場がなくなれば世の中の底が抜けてしまうじゃねえか、馬鹿の行き場がなくなっちゃうし、何より大切なのは一番の底にいられるからこそ、上は大臣貴族から下は乞食や泥棒までひとしなみに笑わせられんだぞ、大したもんなんだ。

引用元:引用元:「漫才病棟 (文春文庫)」,96年,第一刷,文藝春秋,p.64

 

家柄、学歴、前歴、前科なんて一切関係なし、親に貰った名前を捨てて師匠に貰った芸名の一枚看板、おもしろければ、売れさえすれば口先一つでその名が全国に鳴り響き、天下をとれる芸人稼業、嘘から出た真実の言葉通りにこの世の贅沢をしたい放題放蕩三昧

引用元:引用元:「漫才病棟 (文春文庫)」,96年,第一刷,文藝春秋,p.67

 

おわりに

 北野武監督、そしてビートたけしさんの本は、これまでたくさん読んできましたが、この本はたまたま抜けていました。いざ読んでみると、たけしさんの著書の中でもかなり重要な位置にあると言っていい、価値ある、そして面白い本だと思いました。

 この本では特に、浅草時代の日常と、当時のたけしさんの考えていたことがしっかり書かれています。また、描かれている時期は、演芸場に出入りし始めて数年目から、初めてのテレビ出演をするまでの数年間。言わば、ビートたけしさんの人生の中でも、最も先の見えない時期、宙に浮いていた時期です。しかし、その根本にあるのは我々がよく知る「ビートたけし」さんです。頭の回転が早く、鋭い感覚を持っていて、常に何かと戦っているビートたけしさんです。

 才能がありながら、苦しい環境の中でもがき苦しむ主人公というギャップが、この作品の一番の魅力かもしれません。

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