『野球を学問する』レビュー[桑田真澄,野球の歴史,野球道の再定義]

2017年11月9日

新・野球を学問する (新潮文庫)

新・野球を学問する (新潮文庫)

 もくじ

<桑田真澄氏の大学院の研究成果・修士論文>
「『野球道』の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」

  • 早稲田大学への入学・研究・成果
    • 独自の「大卒認定」を受け、入試資格を得る
  • 日本の野球黎明期から研究を開始
    • 日本野球の根本にある「野球道」
    • 帝国主義と武士道精神
    • 第二次大戦前後の野球弾圧
  • 桑田真澄氏による「野球道」の再定義
    • 現代版「野球道」は「スポーツマンシップ」へ
    • プロ選手270人へのアンケート結果
    • 指導者の喫煙・飲酒、体罰、オーバーワークの現実
    • 桑田真澄さんの研究の意義

桑田真澄氏の大学院の研究成果・修士論文
「『野球道』の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究」

早稲田大学への入学・研究・成果

独自の「大卒認定」を受け、入試資格を得る

 桑田さんが入学した「早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程」は2006年に開設、トップスポーツマネジメントコースでは、プロスポーツ経験がある方などに特別に入学を認めているそうです。

①トップレベル(日本代表等)の実績を3年以上有するスポーツ選手。
②スポーツビジネス関連企業、一般企業、スポーツ団体、プロスポーツチーム、企業スポーツ
チーム等において、通算5年以上の実務経験を有する者。
③弁護士、公認会計士、税理士の資格を有する者。

(「2014年度早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制(秋期・春期)入学試験要項―2.修士課程1年制の入学者に求められる要件」より引用)

 

 ここで桑田さんは、「スポーツの法と契約」「経済学」「経営と戦略」「統計学」「MBAエッセンシャル」「健康スポーツマネジメント特論」「スポーツクラブビジネス特論」などの授業を受けました。

(参照:「修士課程1年制演習講義科目」)

 そしてニュースなどでも話題になりましたが、前期後期通して成績はほとんど「A+」を取得。2009年度のコース「総代」に選ばれる。(※総代は、在籍学生のうち平均点が最も高い人に与えられる(≒主席)。)

 では、在籍中にどのような研究をし、どんな成果をあげたかを見ていきましょう。

日本の野球黎明期から研究を開始

日本野球の根本にある「野球道」

 桑田さんは野球の歴史を一から見直すべく、日本の野球黎明期にまでさかのぼります。そこで飛田穂洲(1886年~1965年)の「野球道」というものにたどり着きます。

彼は1886年(明治19年)生まれで、早稲田大学に入学して野球部に入ります。1919年(大正8年)には総代野球部の監督に就任して、その後は野球記者として活躍します。西洋伝来のベースボールを「野球道」と日本的に解釈して、のちの野球界に大きな影響を与えることになる人物

(「新・野球を学問する (新潮文庫)」より)

 飛田穂洲の「野球道」をまとめると、①「練習量の重視」②「絶対服従」③「精神の鍛錬」となります。どうしてこれらの要素が重要視されるようになったか見ていきましょう。

帝国主義と武士道精神

 飛田穂洲が生まれたのは日本野球の黎明期。明治維新以降の日本は西洋化が進む一方で、日清戦争などを経て帝国主義国家となっていきます。そして、伝統的日本文化を見直す流れが生まれ、野球も武士道精神と結びつくようになったそうです。

(参照:「武士道―明治時代以降の武士道の解釈」)

第二次大戦前後の野球弾圧

 桑田さんは飛田穂洲の「野球道」を「練習量の重視」「絶対服従」「精神の鍛錬」としています。これには、当時の時代背景が関係しています。当時は国内で野球人気が高まる一方、第二次世界大戦前後は敵国からきたスポーツということで、野球弾圧が起こります。そこで、飛田穂洲は、野球記者という立場から野球を擁護するため、「野球は兵士育成に役立つ」という理論を作り上げたそうです。

(参照:「日本野球連盟」)

  つまり、帝国主義の時代(20世紀前半)に野球が武士道精神と結びつき「野球道」という考えが生まれ、第二次世界大戦前の野球弾圧から守るために「兵士教育」という理由をつけて「練習量の重視」「絶対服従」「精神の鍛錬」を野球に取り入れた。それが戦後も受け継がれてしまい、現在問題になっている「過度な練習、服従、精神論」が野球界に定着してしまったというわけです。

 そして、この「野球道」を再定義しようというのが、桑田さんが取り組んだ研究なのです。

桑田真澄氏による「野球道」の再定義

現代版「野球道」は「スポーツマンシップ」へ

  • 飛田穂洲の「野球道」
    • 「練習量の重視」「絶対服従」「精神の鍛錬」
  • 桑田真澄の「野球道の再定義=スポーツマンシップ」
    • 「練習の質の重視(サイエンス)」「尊重(リスペクト)」「心の調和(バランス)」

 一つずつ見ていきましょう。「練習の質の重視(サイエンス)」は、効率的・合理的な練習を取り入れることです。そこにはスポーツ医学などが関わるので、サイエンスとしているわけです。また、プロの最新の練習法をアマにも広げる意味で、プロ・アマ規制の緩和を重要なポイントとしてあげています。

 次に「尊重(リスペクト)」です。絶対服従は指導者・先輩の体罰やいじめ、さらには対戦相手への野次へとつながっていきます。これらを見直し「尊重」に置き換えるのが重要というわけです。

 最後は「心の調和(バランス)」です。極端な精神論は体に無理がきますし、意味もなく自由を奪い、野球の楽しさを失わせてしまいます。そこで、野球だけでなく勉強や遊びもバランスよく行い、精神を鍛錬する。自律心を育てるというのが新たな野球の仕方だというわけです。

プロ選手270人へのアンケート結果

 桑田さんは研究をするにあたって、2009年シーズンオフ、6球団270人にも渡るプロ野球選手へアンケート調査を行いました。選手には学生時代の練習時間、体罰、精神論について聞き、これまでの野球の考え方に問題があることを明らかにしようというものです。

 そこで明らかになったのは、プロ選手の高校時代の平均練習時間は平日4.5時間、休日7.3時間。うち70人は9時間以上という驚くべきものでした。桑田さんはもちろん、時間が長すぎると指摘。自分がPL学園にいた時も時も同じように長かったが、監督にかけあって練習時間を3時間にしてもらった経緯があります。その後、PLの黄金時代が始まったそうです。

「9時間も集中できないから、短時間で集中して練習したい。さぼりたいのではなくて、その後に、自分がやりたい練習をするのはどうでしょうか」と話したんです。「たとえば、3時間で全体練習を終わって、ぼくはランニングをしたり、シャドーピッチングをする。清原君だったら、室内に行って打ち込みをするとか。体調が悪い人は休養にあてて、次に備えるとか。自分で考えて練習をするっていうことが、大事じゃないでしょうか」という話をしたんですよね。
(中略)
「桑田はPLでとてつもない練習量をこなしてきたからプロでも活躍できた」と思っている方もたくさんいると思うのですが、じつは高校時代から、ぼくは効率的で合理的な練習に取り組んでいたんですよ。

(「新・野球を学問する (新潮文庫)」より)

指導者の喫煙・飲酒、体罰、オーバーワークの現実

  他にも桑田さんは、野球を取り巻く指導環境についてアンケートをしています。その結果を見てみましょう。

  • 練習時間中に喫煙していた指導者は約半数、選手の前で飲酒していた指導者も10%強!
  • 指導者・先輩からの体罰は約半数
  • 一方で、体罰を「必要」「時には必要」と思っている選手は8割を超える
  • 中高時代のオーバーワークによる怪我の経験は約半数、怪我を押してのプレーの強要も約3割

 これらのアンケート結果から桑田さんは、飛田穂洲の「野球道」のうち「練習量の重視」「絶対服従」は、練習時間やオーバーワーク、体罰などと形を変え、現在まで引き継がれていたことを明らかにしました。

桑田真澄さんの研究の意義

 なぜ桑田さんの論文が評価されたか考えると、体罰、オーバーワーク、精神論といった野球界の問題を、現役選手のアンケートで実態を把握した上で、野球の歴史を遡って関係性を示したことにあるでしょう。桑田さんの示した「練習の質の重視(サイエンス)」「尊重(リスペクト)」「心の調和(バランス)」というのは、以前から多くの人が似たようなことを主張していました。しかし、それを研究結果として学問的にまとめて多くの人へ伝えたのは、おそらく桑田さんが初めてしょう。

 他のプロスポーツ界ではあまり見られない問題が、野球にはある。それは、歴史が長いゆえの問題です。せっかくの歴史を良い方向へ生かすためにも、これらの問題を続けて議論していってもらいたいものです。