北野武監督の映画理論(撮影秘話・手法)

2017年10月1日

北野映画がさらに面白くなる!
監督の書籍から見る、北野映画の作り方

※記事を書く上で参考にした書籍です。

【目次】

  • 北野映画の特徴
    • 映画における「省略」
    • 緊張と緩和(暴力とコメディ)
    • リアルな描写
  • 雑誌・インタビューから見る、北野武監督の映画理論!
    • 映画を始めた頃の感覚について
    • 脚本・ストーリーの作り方について
    • 映画の基本/セリフの省略
    • 映画のテーマについての考え方

北野映画の特徴

映画における「省略」

■十枚の絵と数学の発想

  • 映画っていうのは、現実の時間から余計な時間を省いて見せたもの
  • 理想の映画は、「十枚の絵」で見せて、客が感動するようなもの(中略)余計なものをすべてはぎ取って、十枚の絵で見せる。それで足りないものがあれば、逆に足していけばいいという発想
  • 映画は紙芝居の発想
  • Aという犯人がX、Y、Zという人間を殺していくとする。間抜けな映画はAがXを撃ったり、Yを刺したり、Zを絞め殺したりしていくわけ。だけどそんなのは、Aが歩いていくシーンに、死体を三つインサートする方法もある。つまり、A(X+Y+Z)というわけで、これは因数分解の発想だよね。

※ 「そのバカがとまらない―たけしの中級賢者学講座 (新潮文庫) 」(2003,北野武,新潮社)より

■セリフの省略

  • 無駄な説明の省略
  • 絵だけでわかるようにする

 北野監督は映画について、「1枚の写真から始まり、フィルム(映像)、セリフ、音楽といろいろな要素が付加されたもの」と語っています。そして、最初の1枚で表現することが理想としています。

■突発的なアクション

 北野映画では、無駄な説明やセリフを省略し、なるべく画だけで表現しようという意図があります。そのために、観ている人が予想する前にアクションが行われます。前置きなしの暴力描写が印象的です。

緊張と緩和(暴力とコメディ)

 北野映画の代名詞とも言えるのが、暴力描写とコメディです。事件や殺し合いが起こる一方で、刑事が不謹慎なことを言い合って笑っていたり、ヤクザが子供のように遊んでいたりします。真逆にあるものを組み合わせることで、表現が増幅されるような印象を受けます。
 また、映画によって暴力は恋愛(Dolls)や芸術(アキレスと亀)に置き換わります。アウトレイジビヨンドでは「言葉の暴力」になっています。

リアルな描写

  • 殴り合いで嘘臭いのは嫌なんだ。実際に素手でそう何発も殴れるわけがない。殴ったほうが骨折してしまうもの。本当は一発殴れば鼻血も出るし終わり
  • 第一作目の「その男、凶暴につき」を撮ったのも、おいらなら本当の「痛さ」が感じられる映画が撮れるんじゃないかと思ったからなんだ。

※ 「そのバカがとまらない―たけしの中級賢者学講座 (新潮文庫) 」(2003,北野武,新潮社)より

 ここでも暴力描写を例にあげますが、リアルさを出すための工夫として以下のものがあると思います。

  • 一瞬で勝負の決まるアクション
  • 容赦のない暴力

 例えば、武器を持っている場合には、ほぼワンアクションで勝負が決まります。殴り合いを延々と続けたり、銃撃シーンが長々と続くことはありません。ハリウッドのアクション映画の真逆と言ってもいいでしょう。
 一方で、刑事が、麻薬の売人に入手ルートを吐かせるシーンなどは、相手に言い訳をさせる暇なく、何十発もの平手打ちをしています。上の引用の部分に出てきた「その男、凶暴につき」では、リアルな暴力描写、痛みを感じる暴力描写が見事に表現されています。

雑誌・インタビューから見る、北野武監督の映画理論

 ■映画を始めた頃の感覚について

漫才の中で、テレビドラマのばかばかしさってのを、よくネタにしてたの。(中略)犯人は必ず断崖絶壁に現れるとか。あと、尾行してるシーンで、明らかにすぐうしろからついてきてんのに、気づかないで歩いてるようなやつ、あるじゃない。自分が撮るときは、それをやんなきゃいいんだ、って感じがあったから、監督やんのはラクだったけどね。

■脚本・ストーリーの作り方について

  • だいたいの映画は順撮りなんだけど。(中略)逆にさ、「こう撮ろう」ってのを最初から決めてあって、脚本に書いてても、現場に行ってやめる、っていうことも多いし。(中略)あんまり台本どおりやろうとすると、流れとか雰囲気とか違う、ってこともあんのよ。
    普段は「順撮り」で撮影を行う北野監督。脚本もアバウトなものを作っておき、撮影する中で修正を加えて練り上げていくそう。
  • 脚本書いた時点で大体映画って想像つくじゃない? それ絵にするだけだから。脚本書いてる時点で結構飽きてきてるとこあるんだよ。
  • 脚本を書く時間について
    「あの夏、一番静かな海。」の脚本は、2時間ぐらいで書いたかな。(中略)別の映画で5時間くらいかかったのもあったかな。(中略)こないだ、ニューヨー ク行くとき、1本書いたんだ。飛行機の中で「アウトレイジ2」書いて。だから、あれは、10時間かけたんだ。(中略)それで、助家督やなんか、みんなに読 ませると、疑問とかを言ってくるわけじゃない。で、それで手直ししていく。
  • 「その男、凶暴につき」
    「その男、凶暴につき」だと、まず、ハッピーエンドには、絶対ならないっていう。それで、暴力使う奴は死ぬ、っていう設定だから。だから、主人公は殺されるか、死ぬか。で、不幸な女がいる、っていう。ま あ3人いるじゃない、キャスティングが。それが前提で、じゃあストーリーをどうしようって、新聞の4コマ漫画みたいに考えるの。そうすると、妹も本人も死 ぬってのは、起承転結の「結」になるじゃない? で、その4コマ漫画の題材が刑事ものってなると、刑事、悪い奴、ひっくり返った、死んだって、って作るだ けだよね。
  • 「ソナチネ」
    沖縄の海があって、ヤクザがいて、アロハシャツ着て遊んでる画があって。あと、自分の頭を撃つ画があって。もう、コンセプトってのはそれだけで、あとはどうやてその画につなげていくか、っていう。だから、脚本的には、「なぜ沖縄に行くことになるんだとう。じゃあ、ヤクザの抗争で行かなきゃいけなくなったことにしよう」とか、理由をつけていっただけで。記念写真の感覚で、何シーンかのイメージがあって。頭ん中で、その写真を並べて、ついないでいったて感じはある。
  • 「HANA-BI」
    「ありがとう」って言ったあと、「ドン、ドン」って撃って終わりっていう、エンディングがまずあって。そこにいくまでにどうしたらいいかっつうと、まず、 なぜそこでかみさんと死ぬのか、って考えて、かみさんは末期ガンにしよう、って。で、そのかみさんの見舞いに行くために、張り込みを任せた同僚の刑事が撃 たれて下半身不随になる。

■映画の基本/セリフの省略

  • 基本的に映画ってのは、1枚の写真なんだけど、写真だと、ストーリーまで語れない。(中略)それじゃもの足りないときは、どうするか。その写真が動きゃいいんだよね。フィルムになる。それでも足りなきゃ、セリフつけよう、音楽つけよう、ってなるじゃない。しゃべらせよう、効果音を入れよう、カラーにしよう、って、じゃんじゃんつけ足してきたわけで。だから、最初の基本的な1枚の写真で、ものを語れなかったらダメだってのが、俺の持論だから。できたら、しゃべんなくていい、っていうのが、映画の基本だと思うんだよね。で、しゃべんなきゃダメなら、映画じゃなくて舞台やればいいじゃねえか、っていう。
  • 昔の映画は、とにかく説明的なセリフが多い(中略)向こうから知り合いが来て、普通、「おう」でいいのに、「おう、高橋、なんだ」って。それはそいつらの会話じゃなくて、映画を観てる奴のための会話であって。映画というのは、説明ばっかしたがるから。なるたけ説明せずにわかる方法ないかな、って感じだね。

■映画のテーマについての考え方

性と死について

  • 性的なことと死って、すごい近いような感じするからね。性的なことって、生命を生む行為っていうか、創造する行為なんだけど、実は死ぬため、っていうとこがあって。カマキリとかクモみたいに、生殖と死は同時にあるみたいな。(HANA-BI)

愛情と暴力について

  • まあ、これも恋愛映画ではあるんだけど。でも、究極の恋愛映画というか。(中略)この映画の中で、その究極の愛っていうのは何かっていうと、アイドルと追っかけがそうだし、ヤクザとそれを待ってる女がそうだし、主人公の、好きだった女を裏切ったらその女が自殺未遂して、頭がおかしくなってしまったっていうのもそうだし。その3つとも、報われないけどね。(中略)どの愛も一方的な愛なんだよね。あの主人公は、自分のせいで、彼女が頭がおかしくなってしまって。その償いと愛で、ひたすら彼女に仕えてるんだけど、相手は頭がおかしいから伝わらないっていうね。やっぱりあれだよね、そういうのも、暴力だよね。愛ってのも暴力だなあと思うもん、相手にとっては。(Dolls)