『ここに母あり―北野さき一代記』のレビュー・感想

2014年9月13日

世界の北野を育てた肝っ玉お母さんの、波瀾万丈自伝!

ここに母あり―北野さき一代記

『ここに母あり―北野さき一代記』のもくじ

 

内容説明

たけしの母は生き方の芸人だった。13歳のとき家が破産したさきは、家を取り戻すため単身上京した。そして30年後、天才を産む。明治女の波乱万丈腕まくり一代記。

目次

第1章 明治37年の早すぎた出生届
第2章 13歳の奉公人、「たけ」
第3章 さき流給金5円の財テク法
第4章 猫に小判の礼儀作法
第5章 花嫁さん、電車を止める
第6章 今川焼きで裁縫を習う
第7章 降ってわいた学士様との婚約話
第8章 洋品店「正木屋」開業
第9章 関東大震災で機転の大儲け
第10章 とうちゃん菊次郎、登場
第11章 貧乏人の悪循環は教育で断つ
第12章 安子を尋ねて150キロ
第13章 地獄の沙汰も米次第配給時代
第14章 駆けっこがはずみで生まれた子
第15章 たけしはアメリカ風男前!?
第16章 子どもの遠足に母が出る
第17章 大晦日のお年玉で年を越す
第18章 家は寝るだけ、透明人間たけし
第19章 ペンキ屋とうちゃんの不言教育
第20章 満員御礼、北野テレビ館
第21章 自慢、高慢、バカがする
第22章 80歳からの老いては子に背け

引用元:ここに母あり / 北野 さき【著】 – 紀伊國屋書店ウェブストア

 

 

『ここに母あり―北野さき一代記』の概要

波瀾万丈の人生とは、まさにこのこと!

 北野武さんの母親「北野さき」さんといえば、書籍およびテレビドラマの『菊次郎とさき』でご存知の方も多いでしょう。ペンキ職人で道楽者の夫に振り回されながらも、3男1女を育て上げた母親。教育熱心で、長男は優秀な技術者、次男は大学教授、三男は日本一の漫才師・世界の映画監督に育て上げたという人物です。

 肝心の本の中身は北野さきさんの伝記であり、その人生はまさに「波瀾万丈」、人生のどこを切ってもドラマチックであり、むしろ北野武さんが生まれてからは落ち着き始めたほど。内容は大きく分けると、序盤は北野さきさんの幼少期と東京に出て女中奉公をするまで。中盤は菊次郎さんとの出会いと長男重一さん、次男大(まさる)さん、長女の安子さんの話。そして終盤から北野武さんの幼少期の話となります。武さんが出るまで100ページ以上ありますが、そこまでの話だけでも十分、いや大変楽しめる内容です。たけしさんの話を期待している人でも、きっとその面白さにびっくりすると思います。

 

2つの世界大戦と関東大震災、混乱期の日本を生き抜いた!

 波瀾万丈の人生には、時代背景も関係しています。生まれたのは日露戦争の始まった1904年(明治37年)、そこから1914年(大正3年)の第一次世界大戦、1923年(大正12年)の関東大震災、1939年(昭和14年)の第二次世界大戦、そして終戦を経て1947年(昭和22年)にたけしさんが生まれます。2つの大戦と震災を経て、普通に生きることすら難しい時代に生きた人なので、その人生の浮き沈みは生半可なものではありません。しかも、その後自分の息子が日本一の芸人になり、世界的な映画監督にもなるのです。こんな経験をした母親の話は、聞きたくなるはずです。

 

13歳からの女中奉公。貧乏から脱出すべく、息子たちを徹底教育!

 しかも、これだけではありません。わずか13歳で家を出て、東京で女中奉公。婚約者が結婚を目前に亡くなってしまい、不憫に思った婚約者の母(北野うし)さんから洋服屋を出してもらい、商売繁盛。しかし、その後結婚した菊次郎さんは給料のほとんどを酒と無駄遣いに使ってしまう人で、あっというまに店が潰れ、貧乏生活の始まり。朝から晩まで仕事と内職の日々をし、貧乏から抜け出すために息子たちに徹底的に教育をつけさせ、それが後に花開き、北野家から学者さんや映画監督が誕生するのです。

 

話の上手さは息子以上!? たけしさんの毒舌と話術は母親ゆずり!

 貧乏は循環するんですよ。貧乏人は金がないから学校に行けない。学校に行けないから碌な仕事に就けない。稼げる仕事に就けないから貧乏で、子供を学校にやれない。こんなこといっちゃ、お釈迦様が怒るかもしれないけど、貧乏ばかりが輪廻する。
 この輪廻を断ち切るには、だれかが犠牲になって、子供に教育を受けさせなきゃならないんですよ。
 そりゃ、近所の人たちは、狂気の沙汰だっていいましたよ。今みたいに猫も杓子も大学に行く時代じゃないから、そんなに苦労して身分不相応な学校にやってどうすんだって。うちより裕福な家でも、大学なんてやらなかったですからね。
 とうちゃんとも、喧嘩しましたよ。今日の御飯も食べないで目くじら立てて学校にやってどうすんだって、とね。
 私はきまっていったもんですよ。
「じゃあさ、とうちゃんがいつも飲みに行く飲み屋の仲間で、だれが割のいい仕事を紹介してくれんのさ。貧乏人と金持ちは行く飲み屋まで違うんだよ。貧乏人の行く飲み屋には貧乏人しかいないっての。そんなとこで仕事紹介してくれっていったって、そんな割のいい仕事があれば、人が紹介する前に自分がやってるよ」
 って。そうすると、とうちゃんはうっと言葉につまってね、またぶいっと飲み屋に行っちゃうんです。

引用元:北野さき(1993)『ここに母あり―北野さき一代記 』角川書店,初版,pp.96-97

 これは、大学に進学する子供はごくごく限られていた時代に、なおかつ家が貧しい中、息子を大学に進学させた話です。話の内容が面白いのに加えて、話の運び方、口調などが北野武さんとそっくりです。たけしさんが母親の影響を受けているのがよくわかります。

 話を切り出す際の「じゃあさ~」、語尾につける「~だっての」という部分は、たけしさんがテレビや本などでよく使っています。また、口の上手さ、相手を言い伏せてしまう話の説得力もあります。

 

 

 職人としては、腕はいいんですよ、とうちゃんは。だけど、根っからの飲ん兵衛で、二日酔いで仕事を放っぽらかしちゃったりして平気なの。
 しかも、稼ぎなんてたかが知れてんのに、道楽者でね。(中略)
 とにかく、家が困るんじゃないかとか、人の迷惑なんか一切考えない。入ったお金はぱっぱって遣う。私が正木屋で儲けた金まで遣っちゃう。
「親方、いなせだねぇ」
 なんていわれるのが嬉しくてしょうがないわけ。
「宵越しの金は持たねぇ」
 なにいってんでしょうかねぇ、ばかばかしいったりゃありゃしない。職人ってのはそういうもんだっていっても限度を考えて欲しいですよ。日本銀行を懐に持ってるわけじゃないんだから。

引用元:北野さき(1993)『ここに母あり―北野さき一代記 』角川書店,初版,pp.87-88

 こちらは、夫の菊次郎さんについて語っている部分です。毒を吐く時のたけしさんの話し方にそっくりで面白いです。また、後先考えず無駄遣いする夫に「日本銀行を懐に持ってるわけじゃないんだから」と例えるところ。このウィットの利いた独特の例え方も、「北野流」といったところでしょうか

 

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