「風の歌を聴け」(村上春樹)のレビュー(あらすじ・感想・書評・名言)

2014年3月21日

村上春樹の記念すべきデビュー作!

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

  • 発行日:1979年7月25日
  • 受賞:第22回群像新人文学賞受賞(4月)
  • ページ数:202,中編小説

 あらすじ

「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
 文章を書くことの難しさ、苦しさにジレンマを感じつつ、主人公の男は20代の8年間を過ごしてきた。彼はアメリカの作家であるデレク・ハートフィールドに影響を受けているが、ハートフィールドも彼と同じく8年間戦い、29歳の時にビルから投身自殺をしてしまった。
 そして彼は、20代最後の夏を迎えて、ある話を語り始める。それは、ちょうど8年前の1970年、大学4年の夏に地元に帰省した時の18日間の出来事だった。

 東京の大学に通う主人公は、夏休みに地元に帰省し、ジェイズ・バーに入り浸っていた。バーでは友人の「鼠」と共に、一日中ビールを飲んで過ごしていた。鼠との出会いは3年前、大学に入学した年の春。酒に寄いって自動車ごと公園に突っ込んだのが、彼との最初の思い出だった。
 そんなある日、彼は左手の指が4本しかない女と出会う。バーで倒れていたところを介抱し、そのまま女の家に泊まったのだが、女に勘違いをされてしまう。その後、ラジオで流れたある曲をきっかけにレコード店に行き、女と再開することになる。何度か会ううち、ある日女は自分の生い立ちや指のことを語り、旅行に行くと言った。

 女が旅行に行っている間、鼠は本を読み耽るようになり、何かに思い悩んでいる様子だった。しかし、彼はそれを語ろうとせず、実家が金持ちであることが嫌だとか、小説を書きたいとか言うだけだっだ。

 数日して女から電話があり、「旅行に行ったのは嘘だった」と告げられる。そしてその夜、女の家のベッドの上で、中絶したこと、人を愛せないことを告白される。
 間もなくして、主人公は東京へ帰ることとなった。

 それから8年、主人公は結婚し、東京で暮らしている。女は8年前の冬に、何処かへ消えてしまった。鼠は小説を書き続けており、毎年クリスマスになると小説を送ってくる。
「ハッピー・バースデイ そして メリー・クリスマス」
 12月24日は主人公の誕生日ということで、原稿用紙の1枚目には必ずその言葉が書かれている。

 

感想

 村上春樹さんは、「この作品の冒頭の文章が書きたかっただけ」と語っています。作家としてのキャリアを積み重ねてからも、自分を見失った時に読み返し、勇気づけられているそうです。(参考:「『風の歌を聴け』を歩く」)
 そこで、冒頭の文章の一部を紹介しておきましょう。

  • 「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
  • しかし、それでもやはり何かを書くという段になると、いつも絶望的な気分に襲われることになった。僕に書くことのできる領域はあまりにも限られたものだったからだ。
  • 結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎない
  • 僕にとって文章を書くのはひどく苦痛な作業である。一ヶ月かけて一行も書けないこともあれば、三日三晩書き続けた挙句それがみんな見当違いといったこともある。それにもかかわらず、文章を書くことは楽しい作業でもある。生きることの困難さに比べ、それに意味をつけるのはあまりにも簡単だからだ。
  • もしあなたが芸術や文学を求めているならギリシャ人の書いたものを読めばいい。真の芸術が生み出されるためには奴隷制度が必要不可欠だからだ。古代ギリシャ人がそうであったように、奴隷が畑を耕し、食事を作り、船を漕ぎ、そしてその間に市民は地中海の太陽の下で詩作に耽り、数学に取り組む。芸術とはそういったものだ。

(「風の歌を聴け (講談社文庫)」より)

  文章を書くことに悩み、絶望する。それでも文章を書くことは楽しく、生きることと比べればずっとわかりやすい。しかし、だからといってそれを意のままにコントロールすることはできない。それでも真の芸術を生み出したいのなら、生きるために生きるのではなく、芸術のために生きるしかない。あるいは、真の芸術は生み出せなくとも、生きるために生きつつ、文章を書き続けるか。

 個人的な解釈ですが、このようなことを言っているのだと思います。

 

 他にも、この作品には村上春樹さんらしい、独特の表現がたくさんあります。ストーリー性よりはメッセージ性、あるいは雰囲気を感じさせる作品となっています。言葉や表現が好きな人には、「風の歌を聴け」はぴったりの作品だと思います。いくつか印象的な部分を引用しておきます。

  • 他人の家で目覚めると、いつも別の体に別の魂をむりやり詰めこまれてしまったような感じがする。
  • 「でもね、ずいぶん本を読んだよ。この間あんたと話してからさ。『私は貧弱な真実より華麗な虚偽を愛する。』知ってるかい?」
    「いや。」
    ロジェ・ヴァディム。フランスの映画監督さ。こんなのもあった。『優れた知性とは二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能を充分に発揮していくことができる、そういったものである。』」
  • 死んだ人間について語ることはひどく難しいことだが、若くして死んだ女について語ることはもっと難しい。死んでしまったことによって、彼女たちは永遠に若いからだ。

(「風の歌を聴け (講談社文庫)」より)