「河童」(芥川龍之介)のあらすじ[考察,解説,感想]

2015年2月8日

河童の世界はあべこべの世界

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

 もくじ

 

 

はじめに

 「河童」は17の章にわかれています。ここでは3つほどに分けて、あらすじを書いていきます。情報量の多い作品ですので、ところどころ話をかなり端折っています。実際の作品は文庫本にして70ページほどとなっています。

 

あらすじ

(序~3)

 「第23号」と呼ばれる、30を越えたある精神患者がおり、彼が院長をはじめ周囲の人に繰り返し話す物語があります。それが「河童」です。

 三年前の夏、男が上高地の温泉宿から、穂高山へ登った時のことです。谷に沿って深い霧の中進んでいき、途中で昼食の準備をします。そこでふと、腕時計を見ると、ガラスに妙な顔が映っており、振り返るとそこには河童がいたのです。彼は河童を追って笹藪の中を30分ほど走ります。そして河童の背中に手が届いたかというところで、彼は深い闇の中に転げ落ちてしまいます。

 目を覚ますと、彼は大勢の河童に囲まれていました。彼は、チャックと言う名の医者の家で介抱を受け、そのままそこで暮らすことになります。そこではバッグという名の漁師にも出会います。

 河童はこれまでにも幾度と無く人間を捕獲してきたため、人間のことをよく知っていました。また、捕獲という表現は正しくなく、河童の国に来た人間は働かずに食うことのできる特権を与えられます。これまでに来た人間の中には、死ぬまで国にいた者もいるほどです。そして彼も、いろいろな河童と交流し、河童の言葉を覚えていきます。

 

(4~11)

 河童の世界では、人間が真面目と思うことを、むしろ面白がるというように、真逆の価値観があります。例えば人間の世界では避妊をしますが、河童の世界ではお腹の中の子供に「生まれてきたいか?」と尋ねるのです。他にも、ラップという学生の河童によると、河童の世界では不健全な間柄の男女交際が推進されています。主人公の男が、それは可笑しいというと、「人間の世界でも、令息が女中に惚れたり、令嬢が運転手に惚れたりしているだろう」と返すのです。

 その他にも、河童の世界は全てがあべこべであります。例えば、河童の世界では、女が男を延々と追い回します。それも、男が精神的に参ってしまうほど執拗であり、何週間も寝込んでくちばしが腐ってしまうほどです。

 男はその他にも、人間である特権を生かして、あらゆる階層の河童と知り合っていきます。しかし、徐々に河童の世界のルールに拒否反応を起こすようになってきます。例えば、河童の世界では機械工業が人間界よりずっと進んでおり、そのスピードも早いため、毎月大量の職人が解雇されます。しかしながら、ストライキなどは全く起こりません。職を失った者を殺して食うという法律があるからです。

 また、河童の世界には政党とメディア、あるいは資本家の癒着も存在します。しかし河童たちは、それを知っておきながら、政党の代表者を熱烈に支持しているのです。

 

(12~16)

 そんな中、彼が仲良くしていた詩人のトックが、精神を病んで死んでしまったことをきっかけに、人間の世界へ帰ろうと決心します。漁師のバッグに紹介され、街外れに住む河童に会うよう言われます。男は出口を尋ねると、河童は「出て行ってもいいが後悔するな」と言い、男を送り出します。

 人間界に戻った男は事業を始めますが、一年ほど経って頓挫し、河童の国に帰りたいと思います。彼は家を出て、汽車に乗ろうとしたところで、警官に捕まり、現在入院している病院へ入れられたのです。

 彼はその後も河童の国のことを思い返していました。そんなある日、曇った日の午後に、彼のもとに漁師のバッグが見舞いに来ます。それから数日おきに、いろいろな河童が尋ねるようになります。

 彼の病気について、病院の医者は早発性痴呆症だと言いますが、医者のチャックによると、早発性痴呆症なのはむしろ、その他の人間すべてだと言います。

 

考察(解説)

河童の世界とは?

   まずは考察の前に、新潮文庫の解説を見てみましょう。

……『河童』は二十世紀始めの日本の社会を背景としている。現実批判を主とする風刺文学だから……ともかくこの『河童』の世界では、彼自身にとって、最も痛切な問題のみを大写しにしている。出産、遺伝、家族制度、恋愛、検閲、失業、政党、ジャーナリズム、新聞、戦争、芸術、法律、自殺、宗教、死後の問題などである。

河童・或阿呆の一生』(芥川龍之介,新潮社,第80刷,2003,p.247)

 この解説文を見れば、物語をどのように捉えるかの手がかりになります。人間の世界とは真逆の価値観をもった河童の国は、人間の世界の皮肉となっています。例えば初めのほうで、人間の行なっている避妊に対して「両親の都合ばかり考えているのは可笑しい」などという河童の言葉は、まさに皮肉です。これは解説文のうち、「出産」に対応します。その後では、不健全な河童の交際を勧めるポスターについて、男が可笑しいと言えば、「人間界では令嬢が運転手に惚れる」と河童は返します。これは「遺伝」についての皮肉となっています。

 芥川が出産や遺伝についてどのような考えをもっていたかはわかりませんが、河童の考えは、ある意味で「開き直り」と言えます。人間界では、避妊や不健全な交際については、その存在を認めながらも、「臭いものには蓋」という態度をとっています。これに対し、河童はその存在を認めた上で、例えば腹の子供に生まれたいかどうかを尋ねるのです。また、不健全な交際は、それに対する人間の欲望があっての結果だから、いっそのことそれを推進してしまおうということでしょう。河童が、自分たちは人間より進んでいると考える理由は、一つはこの開き直りの点からでしょう。物語はこの先でも、解説に並べられた単語に対応して、人間社会を風刺していきます。

 風刺の内容は、話が進むにつれて複雑になっていきます。ジャーナリズムや新聞あたりまではわかりやすいですが、芸術や自殺あたりから、少々わかりずらくなってきます。この辺については何よりまず、物語の解釈を正確にする必要があるでしょう(あらすじはそこに注意しつつ書いてありますので、自分で読んでみて不明だった箇所を、あらすじと照らしあわせて貰えればいいかと思います)。

舞台となった長野県の河童橋
舞台となった長野県の河童橋

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 2.1 日本 ライセンスの下に提供されています。
http://www.flickr.com/photos/hourou/8073675682/

 

主人公は河童となった?

 全体としての考察については、終盤での年老いた河童のシーンが重要かと思います。偶然にして河童の国にやってきた男に対し、河童は帰っても本当に後悔しないかと訪ねます。そして、場面は代わりますが、人間は自分の意志によらず生まれる一方、河童は生まれる前に生まれてきたいかどうか尋ねられます。このあたりが、河童の世界と人間の世界の関係性のヒントになっていると思います。

 主人公の男は、当然ながら人間として、偶然によって河童の世界にやってきます。自分の意思とは関係なくやってきたということで、この時点では主人公の男はやはり人間なのです。そして、あべこべの世界で暮らす内、結局は人間と同じように苦しむ河童たちを目にします。そして憂鬱になって、人間の世界に帰ろうと思うのです。

 人間の世界へ帰る際には、男は自分の意志で帰ろうとします。これは河童が出産の際に、赤ん坊に意志を確認していることと似ています。つまり、男は帰る際には河童となっているのです(もちろん、姿形や考え方は人間です。その存在、あるいは位置づけが河童になっているのです。)。

 

主人公は河童の世界にいるべきだった?

  さて、結局のところ、男はどっちの世界にいたほうが良かったでしょうか。あるいは、河童の国と人間の世界とでは、どっちが幸福なのでしょうか。これははっきりとした答えは言えませんが、男を中心にして考えれば、やはり河童の世界にいたほうが良かったのではないでしょうか。いずれの世界でも苦悩は存在し、男は憂鬱になってしまいます。しかしながら、人間界では男は病人として扱われますが、河童の国では特権を与えられるのです。

 男の存在を抜きにすれば、開き直っているからといって、河童の国が優れているとは言えないでしょう。確かに、人間の世界の先にあるのが河童の国だとしても、河童の国も矛盾を多く抱えていますから、いつかは価値観が崩壊するでしょう。そうなると今度は、河童の口の先にあるのは再び人間の世界となりそうです。

参考文献・作品情報

参考文献

作品情報

<年月>

  • 1927年(35歳)3月発表。
  • 20代後半から健康を害し、湯治や静養を繰り返した後、再び田端の自宅へ戻ってからの作品。後期。

<ジャンル>

<テーマ>

  • 社会風刺

<ページ数>

  • 71ページ(新潮文庫,2003)

<Q&A>

Q1. 「河童」は何を表現しているか?その意味や解釈は?

  •  人間の世界とは真逆の価値観をもった河童の国を描くことで、人間社会を皮肉っている

 まずは新潮文庫の解説を見てみましょう。

…… 『河童』は二 十世紀始めの日本の社会を背景としている。現実批判を主とする風刺文学だから……ともかくこの『河童』の世界では、彼自身にとって、最も痛切な問題のみを 大写しにしている。出産、遺伝、家族制度、恋愛、検閲、失業、政党、ジャーナリズム、新聞、戦争、芸術、法律、自殺、宗教、死後の問題などである。

河童・或阿呆の一生』(芥川龍之介,新潮社,第80刷,2003,p.247)

 例えば初めのほうで、人間の行なっている避妊に対して、「両親の都合ばかり考えているのは可笑しい」などという河童の言葉は、まさに皮肉です。 これは文庫の解説文のうち「出産」に対応します。
 また、その後では、不健全な河童の交際を勧めるポスターについて男が可笑しいと言えば、「人間界では令嬢 が運転手に惚れる」と河童は返します。これは解説文のうち「遺伝」についての皮肉となっています。

 芥川が出産や遺伝についてどのような考えをもっていたかはわかりませんが、河童の考えは、ある意味で「開き直り」と 言えます。人間界では、避妊や不健全な交際については、その存在を認めながらも、「臭いものには蓋」という態度をとっています。これに対し、河童はその存 在を認めた上で、例えば腹の子供に生まれたいかどうかを尋ねるのです。また、不健全な交際は、それに対する人間の欲望があっての結果だから、いっそのこと それを推進してしまおうということでしょう。
 河童が、自分たちは人間より進んでいると考える理由は、一つはこの開き直りの点からでしょう。物語はこの先で も、解説に並べられた単語に対応して、人間社会を風刺していきます。

Q2. 物語に登場する河童橋とは?

  • 長野県の上高地に実際に存在する橋(「河童橋」)。

Q3. 作中の河童の容姿、特徴は?

  • 基本的には、伝説で語られている通り。
  • 身長は1m強、頭には楕円形の皿。
  • 一定の色を持っておらず、カメレオンやカエルのよう に、色を自在に変えて周囲に擬態。
  • 腹にはポケットがある。

Q4. 終盤での、男が人間界に帰るシーンは何を意味しているか?

 人間の世界へ帰る際には、男は自分の意志で帰ろうとします。これは河童が出産の際に、赤ん坊に意志を確認していることと似ています。つまり、男は帰る際には河童となっている(男の存在、あるいはその位置づけが)のです。

Q5. 結局のところ、男は、河童の国と人間界のうち、どちらの世界にいるべきだったか?

 いずれの世界でも苦悩は存在し、男は憂鬱になってしまいます。しかしながら、人間界では男は病人として扱われますが、河童の国では特権を与えられています。それをどう捉えるかで、答えは変わってくるでしょう。