「女生徒」(太宰治)のあらすじ(要約)[考察(解説),感想]

2017年10月22日

思春期の少女になりきる太宰治!

女生徒

太宰治「女生徒」 – もくじ

  • 太宰治「女生徒」 – あらすじ・要約
  • 太宰治「女生徒」 – 考察(解説)
  • 感想・参考文献

太宰治「女生徒」 – あらすじ・要約

 「女生徒」は太宰治の中期の名作のひとつです。20代の終盤において、太宰は断筆状態に陥りますが、かの有名な天下茶屋にて再出発を果たします(天下茶屋での太宰の生活は「富嶽百景」として一つの作品にまとめられています)。

 また、この年に婚約するなど私生活も充実し、太宰はここから、バラエティーに富んだ作品をいくつも世に送り出します。その中にあって、「女性徒」は若い女性の一人称告白体の小説という、特徴的な作品になっています。太宰はこの後も同じような作風の小説をいくつか発表しており(例えば後期の名作の一つである「斜陽」など)、彼の得意な作風の一つとなっています。

あらすじ

 主人公はお茶の水にある女子校に通う少女です。彼女が朝目覚める場面から、物語は始まっていきます。
 彼女にとっての朝は、かくれんぼで押入れの中に隠れていたところを見つかったような間の悪い感じ、何重にもなった箱を開けていって、結局何も無かった時のような気持ち。結局のところ、朝は「からっぽ」であり、人生に対して悲観的になり、醜い後悔ばかりするというのが、彼女にとっての朝です。

 そんな朝の目覚めから抜け出すと、その日はもう五月。ちょっと心が浮き浮きする一方で、彼女はふと、亡くなった父のことを考えます。しかし悲しみではなく、むしろ父が亡くなったという事実に対して不思議さを感じています。
 彼女は、日常のふとした瞬間に、まるで過去・現在・未来が一瞬に感じられるような、時間を超越したような妙な気持ちになります。些細な出来事や風景が、以前にも何度も繰り返し体験したような、既視感とも言うべき感覚。そして、今まさに目にしているものと、感じていることを、数年後に全く同じ状態で思い出すのだろう、という感覚。

 そんな彼女は、母からもらった傘に心躍らせ、パリの街角を歩く自分の姿を妄想するといった、いかにも少女らしい一面ももっています。しかし、妄想の途中で我に返り、妄想と現実との落差に、「私はみじめで可哀想」などと思うのです。
 登校の途中、駅に向かう道で、彼女は数人の労働者と一緒になります。労働者たちは汚い言葉で彼女をからかいます。しかし彼女は、彼らを無視して追い抜く勇気も無く、泣きそうになりながらも必死に笑顔をつくります。彼女はそれがくやしくて、くだらないことにも平然とできるように、「強く清くなりたい」と思うのです。

 彼女は感受性が強く、些細なことをきかっけにあれこれ考えては、すぐに自省的な気持ちになります。しかし、若さからか、次の瞬間には考えとは裏腹な行動をとってしまいます。そんな風にして、彼女の心は常にコロコロ変わっていきます。
 電車で席の取り合いをしたかと思えば、雑誌の内容に感化されて小難しいことを考え、覇気の無いサラリーマンを見て嫌気が刺したかと思うと、そんな彼らの一人にお嫁に行く自分を想像し、そして自分を情けなく思うのです。
 また、学校では教師を観察して、欠点ばかり探す一方で、いざ教師の前にいけば「いい子」を演じるのです。そして彼女は、「もっと自然に、素直になりたい」などと思うのです。

 家に帰れば、母は客間でお客さんの相手をしています。彼女は、ガランとした居間を見て、結婚して今は北海道に住む姉や、死んだ父を思い出し、寂しい気持ちになります。そして、母の笑い声に妙なよそよそしさを感じ、嫌な気持ちになります。
 しかし、よくよく考えると、父が死んで一番悲しいのは母だと彼女は思い、今後は母が妙に恋しくなります。彼女は、母にとっていい娘でありたい思いますが、それと同時に、ご機嫌取りばかりは嫌だという気持ちも持っています。

  結局のところ、彼女は、心の準備がなされないままに、体がどんどん大人になっていくことに、困惑しているのです。心では大人びたことを考えていても、子供のわがままのような言動ばかりで、しかも子供のような純粋さは持っていない。そんな中途半端な自分に困惑しているのです。
 彼女はやがて、悟ったような、そして半ば人生を諦めたかのような、哲学的な考えに至ります。しかし彼女は、めまぐるしく変化する自分を楽しんでいるようでもあり、そこには将来への漠然とした希望があるのです。

太宰治「女生徒」 – 考察(解説)

概要

  この作品の特徴は、何と言ってもその独特の表現です。冒頭からラストまで、少女の一人称の視点による、内面の告白によって埋め尽くされています。その中身はと言えば、「つかみどころがない」「次から次へと話題が変わる」「喜怒哀楽が激しい」といったものです。ちょうど、女性の日記を覗いた時のような感覚に似ています。女の兄妹のいる男性なら、この感覚がよくわかるかと思います。最近ならSNSなどで赤裸々な日記を公開する女性がいますが、あの感覚にも似ています。

 そんな文章を作品としてまとめあげる太宰は、やっぱりすごいと思います。普通の人がやったら、本当にただの日記になってしまい、読む人は飽きてしまうでしょう。とは言え、この「女生徒」も、読み終わった後は「いったい何が書いてあったんだ」と思ってしまうほどです。そんなギリギリのところで絶妙のバランスを保っている作品です。

作品のテーマ

  物語は少女の一日を、朝起きるところから学校に行って夜眠るまでを、切り取ったものとなっています。そんな中にも、作品のテーマともいうべき物がいくつかあります。一つは、あらすじのところでも書きましたが、「過去・現在・未来」です。そして、「心も体も中途半端な少女」です。

 自由で宙ぶらりんな現在の中にあって、少女は過去を懐かしみ、漠然と未来を見据えています。そして、常に彼女の中には不安と期待、後悔と前向きな気持ちが入り交じっています。過去をなつかしむ時でも、ある時は後悔し、あるときは過去から学ぼうという姿勢が見られます。未来についても、希望ばかりでなく、悲観的なところや、妙に現実的で冷めています。

 もう一つ、大きなテーマがあります。それは、「理想と現実」です。作中では、例えば「学校で教える道徳と、社会で求められる能力との矛盾」、「個性に対しての集団・世間・社会」、「正直に生きることの難しさと卑屈に生きてしまう自分への悔しさ」といったものです。

 例えば、学校の道徳の時間では礼儀や謙虚さ、あるいは思いやりについて教えられます。しかし、社会に出れば人を押しのけてでも前に進む必要がありますし、細かいことばかり考えていては仕事が進まないものです。また、自分の意志を貫きたい一方で、それには勇気も体力も必要だし、周囲の反発もあります。意志を貫いたところで、それが幸せであるかどうかは別です。そして、そのようなことを考えている彼女自身が、自分の考えとは裏腹に、自分を押し殺して上手く立ちまわったり、相手に謙ったりしているのです。

おわりに(感想)

 以上のように、主人公の少女の内面を赤裸々に綴ったのが「女生徒」であり、その表現自体に面白さがあります。そこにあれこれ意見を言ったり、結論付ける必要はないでしょう。
 最後に一つ感想を言うと、この作品はちょうど、女性シンガーの詩のような雰囲気もあります。また、この作品は現在の女性にも多くの共感を呼ぶかと思います。そういう意味では、女性の心のうち、普遍的とも言える部分を描いていると思います。

太宰治

Posted by hirofumi