五里 楽鯨(3)「特撮黎明期」

公開日: : 最終更新日:2016/10/29 五里 楽鯨(いつさと らくげい)

「特撮の主役は街である」

エキストラ・イニングス

 あらゆるものに専門家は存在する。映画の世界を見れば、照明、カメラマン、音声の専門家がいて、役者にも悪役専門の役者もいれば、噛ませ犬になって序盤で必ず死ぬ俳優もいる。洋画のアフレコをする声優がいれば、様々な道具で効果音をつくる専門家もいる。

 そんな中、スーツアクターというのは特殊な位置づけだ。俳優なのに、顔は全く知られない。常に着ぐるみを着て、人間以外の「何か」を演じるのだ。しかし考えてみれば、表情や声が出せない分、純粋な演技力が問われるのが、スーツアクターではないだろうか?

 

 

特撮の現場

五里 楽鯨(いつさと らくげい)

日本のスーツアクター第一人者にして、世界の特撮の歴史を作ったのが五里である。

自ら演じた怪獣とともに、太平洋を渡ってアメリカ大陸に進出。

国民的キャラクターを演じながらも、本名や素顔は誰にも知られない……日本一有名でありながら、日本一無名な自分と葛藤し続けた。

そんな彼の演じたキャラクターは、今もなお世界中の映画館で活躍を続けている。

 東宝所有のビルにあるボーリング場で、従業員として働き始めた五里。そこで物理学を研究する大学院生「田中尺貫」に出会い、ひょんなことから特撮映画に参加することになる。運命というのは、不思議なものだ。

 

 この仕事では、五里は怪獣と言うにはあまりにお粗末な、粗末なつくりの恐竜の着ぐるみを着せられ、ミニチュアの東京の街を闊歩することとなった。日本での特撮黎明期では、恐竜をそのまま二足歩行させた怪獣や、例えば雪男のようないわゆるUMAをモチーフにした巨大な化け物を撮っていた。

 

 撮影手法なども確立されておらず、手当たり次第に怪獣を暴れさせ、ミニチュアがどのように壊れるか、どう映るか試す。試行錯誤とデータ収集のための映画でもあった。そこで、大学の研究所で実験と研究の経験豊富だった田中尺貫の存在は大きかった。当初彼は、ビルの爆破装置などの技術的な部分を期待されていた。しかし、実際にはデータ収集はもちろん、企画立案、スケジュール・予算の管理など、いわゆるプロデューサー的な役割を果たした。

 

 大学の研究所は、例えていうならばテレビ局と似たようなところがある。テレビ局は、視聴者を惹きつける番組をつくり、それによってスポンサーからお金をもらう。研究所でも同じで、魅力的な、言い方を変えれば世の中に役立つ研究テーマを決め、それによって国や所属する大学から予算を貰う。限られた予算の中で研究の計画を立て、スケジュールの管理をし、データを収集して論文にまとめる。この作業を特撮の現場にそのまま応用することができたのだ。田中尺貫が確立したこの手法は、今でも特撮の現場に受け継がれている。日本の映画界にあって、特撮が比較的赤字が少なく、資金回収率が高いのは、このためだとも言われている。

 

怪獣の動きの研究

 正直なところ、この時の撮影では怪獣は主役ではなかった。

「自由に暴れてくれ」

 役者にとって「自由に」という言葉ほど難しいものはない。自由はいわばアドリブだ。アドリブで時間をつぶせるのは、才能に恵まれた役者が何十年も経験を積んでようやくたどり着ける境地とも言える。五里は戸惑いながらも、自分なりの怪獣像を求めて約をこなした。

 撮影開始から2週間ほど。あくまで自己流だが、五里も怪獣を演じるコツをつかんだような気がしていた。ところが、今度は監督から細かな指示が出た。

「いいか。この映画の主役は街だ。ビル、タワー、橋、電車。街が壊れる姿にこそ、特撮の醍醐味がある」

 現場では街の壊し方について綿密な打ち合わせが行われていた。それに従って、怪獣が順番に街を壊していくのだ。

「最初はあそこの工場を破壊して、今度はあっちのビル。途中で電車を蹴飛ばして、今度は川に入れ。そこで橋を持ち上げて、最後はタワーに突進しろ」

 

 自由のあとは完全な不自由が待っていた。演技と言うのは注文に従って行うものだから、もともと不自由なものだ。様々な制約の中で、自分なりの色を出すと言うのが役者の醍醐味。しかし、五里が演じていたのは怪獣だった。それまでほとんど誰も演じたことのないものだ。自分なりの色を出したところで、それが上手いのか下手なのか誰もわからない。

 

「僕の名字は『五里(いつさと)』ですが、このときはまさに『五里霧中』といった状態でした。自由にやれといわれたり、完全に自由を奪われたり……まあ、怪獣が主役ではなかったということですよ。表向きは主役でありながら実際は脇役。その上着ぐるみなので、僕の顔は見えない。端役やエキストラの方がまだやる気が出ましたよ」

 

 そんな中でも、五里は決して腐ることはなかった。むしろ、怪獣の演じ方を自分が確立してやろうと意気込み、ヒントになるものを探して回った。恐竜の図鑑を読み、休日は動物園で動きを観察し、相撲、柔道、柔術などの格闘技の研究も行った。街角に立ち、朝から晩まで人の歩き方を観察した日もあった。そうやって、五里は怪獣のイメージにあう動きを研究した。

「役に立ったのは……意外なんですが、年寄りの動きですね。動物でも人間でも。怪獣って、おそらく不自由な存在なんですよ。本当は暴れたくないし、大きな体も邪魔くさいと思ってる。でも、暴れなきゃならない。そういう不自由さを持っている。そうなると、動き方も窮屈になるはずなんです。逆に言えば、不自由な体をなるべく楽に動かそうとしている。動物園に開園当初からいるようなゾウとかカバとか。あの辺の動きは非常に参考になりました。それから、合気道の体の使い方も良かったです。合気道の動きは、ぎこちないように見えて実は効率的なんです」

続く

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