五里 楽鯨(1)「スーツアクター」

「凡人が選んだ新たな道」

エキストラ・イニングス

 あらゆるものに専門家は存在する。映画の世界を見れば、照明、カメラマン、音声の専門家がいて、役者にも悪役専門の役者もいれば、噛ませ犬になって序盤で必ず死ぬ俳優もいる。洋画のアフレコをする声優がいれば、様々な道具で効果音をつくる専門家もいる。

 そんな中、スーツアクターというのは特殊な位置づけだ。俳優なのに、顔は全く知られない。常に着ぐるみを着て、人間以外の「何か」を演じるのだ。しかし考えてみれば、表情や声が出せない分、純粋な演技力が問われるのが、スーツアクターではないだろうか?

 

 

特徴的すぎた若手俳優

五里 楽鯨(いつさと らくげい)

日本のスーツアクター第一人者にして、世界の特撮の歴史を作ったのが五里である。

自ら演じた怪獣とともに、太平洋を渡ってアメリカ大陸に進出。

彼の演じたキャラクターは、今もなお世界中の映画館で活躍を続けている。

 今でこそ日本のスーツアクター第一人者として知られる五里楽鯨だが、若い頃は俳優を目指す若い青年の一人であった。現在の俳優に求められる資質からすれば、五里は才能に満ち溢れていた。180cmを超える身長に、プロスポーツマンにも見劣りしない体格の良さ。加えて、男らしい無骨な顔は、個性派俳優として際立っていた。しかし、当時の俳優には、何よりまず「男前」が求められていた。当時の人気俳優を見ると、身長はどれも170cm代、引き締まった体に、男らしさを併せ持つ甘いマスク……この当時の基準からすると、五里の容姿は特徴的すぎたのだ。

 

 五里の同期の中で最も出世したのは、何を隠そう日本を代表する昭和のスター石原裕次郎である。先程の基準にピタリ当てはまるのが彼だ。他にも、個性は俳優として丹波哲郎がいる。丹波氏は御存知の通り特徴的な容姿をしている渋い俳優であるが、身長は175cm。それでも、当時の成人男性と比べれば体格の良い方であった。そんな丹波氏と比べても、五里の体格は一回り大きかった。

 

 高校時代は映画好きの少年で、卒業後は俳優学校に進学した。そこで同級生に才能ある人が非常に多いのを目の当たりにし、焦った五里は徹底的に技術を磨いた。当時、演技は基本さえ押さえればよく、あとは本人のスター性、あるいは事務所や映画界からの支援でスターとして育ててもらうことができた。そんな時代に、五里はとにかく演技の技術を追求した。後に彼が語る所によれば、主人公、脇役、悪役、二枚目、三枚目、エキストラまで、いくつもの人格を完璧に演じ分けられたと言う。しかし、当時の映画やテレビはそこまでの演技力は求めていなかった。その技術がようやく日の目を見るのは、40半ばでコメディアンとしてテレビに出始めた時、そして、ベテラン俳優となり、脇役として様々な映画に出るようになってからだった。

 

 そんな彼も、若いうちは何度かチャンスを与えられた。俳優学校在学中に映画の出演をし、卒業後は東宝に入社と、俳優を目指すものとしてはまずまず……いや、むしろエリートに近い進路を辿っている。しかし、在学中の映画では、あまりに目立つためにセリフを与えられず、立っているだけでも目立つので座らされ、最後は「後ろを向いていろ」と指示され、最終的には出演シーンはカット。東宝入社後も、良くて端役、ほとんどエキストラと変わらない扱いが続いた。

 

続く