『芋粥』芥川龍之介 – あらすじ(要約)[考察,解説,感想]

2018年5月18日

芋粥のために生きる冴えないおっさんの話


芥川龍之介全集〈1〉 (ちくま文庫)

もくじ

<『芋粥』 – あらすじ(要約)>
  • 作品の解説
    • 摂政に仕える侍(五位)が主人公
    • 五位はなかなか地位が高い?
  • 簡単なあらすじで内容を理解しよう!
    • 同僚に馬鹿にされているおっさん
    • 芋粥のためなら何でもする!
    • 夢が叶った!と思ったら……
  • 詳しいあらすじ
<考察,解説,感想>
  • テーマについて
    • 「金曜日が一番幸せ」の法則
    • 消極的な願望
  • 五位の願望と深層心理
    • 現実逃避のための夢
    • 深層心理で彼は現状に満足している
    • 人間の真理を描く芥川のすごさ
  • おわりに(感想)
  • 参考文献
  • プチ情報と舞台の地図!

芥川龍之介まとめ

『芋粥』 – あらすじ(要約)

作品の解説

 「芋粥」は、羅生門や鼻と並んで、「王朝物」という作品群に属しています。王朝物というのは、例えば平安時代の「今昔物語集」などといった古典作品を題材にした作品です。ですから、物語の舞台も当時のものとなっています。王朝物の特徴は、物語を通して、人間の中にある矛盾が描かれていることです。

摂政に仕える侍(五位)が主人公

 芋粥について説明すると、舞台は平安時代、摂政に仕える侍が主人公の話です。当時の官吏の地位においては五位の者です。作中ではその位を三人称として使用し「五位」と呼んでいます。

  • 摂政とは?:

 天皇の代わりに政治を行う。天皇が幼い場合などに摂政が活躍。天皇が成人している場合には関白という役職があり、政治の補佐を行う。

五位はなかなか地位が高い?

 話を整理すると、摂政は無茶苦茶偉い人!国を動かす力を持っています。その摂政に仕える侍ということは、五位は天皇の元で働いている人となります。当時の天皇の御所で働いていた者の中では位は低い者のようですが、世間一般から見ればかなりの地位にあると考えていいかと思います。

 かなり乱暴な言い方ですが、五位は今で言う宮内庁に務める公務員のようなものでしょうか。日本史には疎いので確かなことは言えませんが、それくらいのイメージをしておけば物語の理解が進むでしょう。

簡単なあらすじで内容を理解しよう!

同僚に馬鹿にされている悲しいおっさん

 主人公は天皇に仕える役人です。そう言うと聞こえがいいかもしれませんが、彼は40を越えた冴えない風貌のおっさんであり、身なりもみすぼらしく、そのうえ同僚たちに毎日馬鹿にされているありさまです。

 しかし、そんな彼にも唯一の楽しみがあります。それは年に一度の正月の宴会で出る「芋粥」です。天皇の食卓にも上がるほどの食事であり、それを腹いっぱい食うことが彼の夢なのです。数年来、彼はその夢を胸に秘めて生きてきました。

芋粥のためなら何でもする!

 そんな彼に、宴会で同席していた有名な武将が、夢を叶えてやろうともちかけます。その武将は主人公とは正反対の豪快な人間であり、彼の強引な誘いにより、主人公は遠くにある屋敷まで行くことになります。ただ芋粥を食うためだけに、京都から現在の福井県のあたりまで、二日がかりで馬を走らせることになりました。それでも、芋粥が食いたいのです。それが、彼の人生の全てなのです。

夢が叶った!と思ったら……

 ようやく屋敷につき、とりあえずその日はゆっくり休むことにします。翌日、いよいよ芋粥の日! 屋敷の家来たちが総出で芋を集め、見たこともないような大きな鍋で大量の芋粥の調理を始めました。その光景といったら、もはや食事の準備というよりもお祭り状態。自分一人のために、しかもお粥をつくるためだけに、大勢の人が大騒ぎしているのです。

 そんな光景を見ているうちに、主人公はなんだか自分が情けなくなってきます。念願の芋粥が出されますが、その時には彼はもう食欲が失せてしまい、結局ほとんど手を付けずじまい。そして彼は、かつて芋粥にあこがれていた自分を懐かしく思い、あの頃は幸せだったと実感するのでした。

詳しいあらすじ

 主人公である、天皇の御所で摂政に使える「五位」は、年齢は40を越えており、冴えない風貌をしています。背が低く痩せていて、おまけに鼻が赤く、服装もみすぼらしいといったものです。職場の者からはとにかく粗末な扱いを受けており、口さえもろくに聞いてもらえず、用を伝えるにも手真似だけで済まされるほど。同僚の者達は五位を笑いの種にし、あるいは悪戯をしたりと、その扱いはひどいものです。しかしながら、五位はこれらに無感覚であり、目に余る悪戯をされた時ですら、泣いたような笑みを浮かべるだけです。

 そんな五位にも、唯一の楽しみがあります。それは、年に一度、宮中での宴会で食べることのできる芋粥です。天皇の食卓にも並ぶほどの食事であり、これを飽きるまで食べるというのが、「彼の一生を貫いている欲望」だったのです。彼はそれを心の支えに生きているのでした。

 ある年の正月、芋粥を食べ終えた五位の「何時になったら、これに飽きる事かなあ」という言葉に、同席していた当時の有名な武将であった藤原利仁が「飽きるまで食べさせてやろう」ともちかけます。意図せず願いが叶うとなって、五位は狼狽しつつも誘いを受けます。

 数日後、利仁は芋粥のごちそうのついでに、都のすぐそば、東山の温泉に行こうと、五位を誘い出します。そして二人は警備や雑用の者を引き連れて、馬に乗って出発します。しかし、すぐ近くと言いながら、利仁はどんどん馬を進め、京都を出て滋賀県にて昼食を挟んだ後、「琵琶湖を北上して福井県の敦賀まで行く」と言い出します。すでに周囲は人気のない道となっており、盗賊の出るような道を前に、気の弱い五位は一人になるわけもいかず、しぶしぶ利仁に着いていきます。

  二日がかりでようやく屋敷にたどり着き、五位は屋敷の一間を借りて床につきます。そこで彼の心に「何となく釣合のとれない不安」が湧いてきます。それは、朝が来て芋粥を食べるのが待ち遠しいという気持ちの一方で、あまりに急に状況が変わったことへの不安です。そして五位は「あまり早く芋粥にありつきたくない」「今まで何年となく辛抱して待っていたのが、無駄になってしまうのでは」などと思い始めます。

 翌朝、五位が目を覚ますと、庭ではすでに芋粥の調理が始まっていました。屋敷の広い庭では、夜のうちに集めた大量の山芋を、大勢の家来たちが幾つもの大きな釜で調理しております。大量の芋が大きな釜で粥になっていくことと、それを食べにわざわざ京都からやってきたことを考え、五位はなんだかすっかり情けなくなり、食欲が失せてしまいます。

 そしていよいよ朝食の時、食卓に上がったのは実に一斗もの大きさの鍋になみなみと注がれた、恐るべき芋粥でした。器にすくった芋粥を半分ほど飲んだ所で、五位の喉には、これ以上芋粥は入らなくなります。そして五位は、芋粥に憧れていた、幸福であった自分を懐かしく思うのです。

考察,解説,感想

テーマについて

「金曜日が一番幸せ」の法則

 この物語で描かれているテーマは、人間の中にある矛盾した二つの感情です。五位は、芋粥に飽くことを心の支えに生きていたのに、いざ願いが叶うと支えを失った自分におろおろしてしまいます。どうしてそのような心境に至ったのでしょうか?
(このテーマは芥川が初期によく扱っていたものです。例えば「」の中でも描かれていました。鼻の場合は、人の不幸に対する同情心と、もう一度不幸にしたいという傍観者の利己主義というものでした。意味は違えど、大きな出来事の前後において、矛盾した感情が現れるということでは共通しています)。

 実は、このような感情は多くの人が少なからず持っています。遠足や就学旅行などの楽しいイベント、あるいは恋などでも似たようなことは起こります。遠足や旅行は準備をしている時や、行きの列車の中が一番楽しかったりします。恋も、片思いをしている時が一番楽しく、相手も美しく見えるものです。つまり、連休前の金曜日が一番幸せ、というわけです。

消極的な願望

 この不思議な感情についてもう少し突っ込んでみましょう。恋や遠足と違い、五位の場合はある意味消極的な願望と言えます。毎日の惨めな生活の一方で、芋粥という些細な楽しみを心の支えにしているからです。しかしながら、消極的ながらもその願望は叶う可能性は低いもの、彼にとっては大きな願望なのです。ここらへんに、五位の深層心理のヒントが隠されていそうです。

五位の願望と深層心理

現実逃避のための夢

 私の考えでは、五位が芋粥に憧れ、心の支えにまでしているのは、ある意味で現実逃避に近いです。叶わないとわかっているからこそ、それに憧れて安心しているのです。芋粥を腹いっぱい食べることのできない現実があるからこそ、芋粥を心の支えにして、みじめな毎日に耐えることができるのです。

深層心理で彼は現状に満足している

 芋粥に対して叶わぬ願望を抱く姿は、無下に扱われて笑いものにされ、それを拒否できない、状況を変えられない彼の姿に重ね合わせることができます。そして、五位は深層心理では、その境遇から逃れたいとは思っていないのです。心の奥底、彼自身も気が付かないところで、粗末に扱われていることに一種の安心感を持っているのです。

 ですから彼は、現実逃避をしつつも、本当の意味では現実から逃れられないことに安心しているのです。そのような状態が、彼にとって一番落ち着くのです。このような歪んだ感覚はなかなか理解し難いですが、大なり小なり、誰もがこのような感覚を持っているはずです。

人間の真理を描く芥川のすごさ

 まともな感覚を持っている人間ならば、歪んだ感情に気が付き、それを変えようと考えます。当然ながら、笑われることや、粗末に扱われることを拒否します。相手にそれを態度や言葉で示したり、あるいは笑われる原因を考えて、それを直そうとするでしょう。仮にまともな人間が芋粥に憧れ、五位と同じように願望が叶ったとしましょう。すると今度は、新たな願望、できるならさらに上の願望を抱くはずです。

 芥川は何か問題のある状況や人物を描き、主人公の生活や人生を変える出来事を提示します。主人公を葛藤させ、人間の矛盾した感情を描き、人間の深層心理をつくようなオチを提示します。一見すると芥川の作品はシンプルなオチのある物語ですが、じっくり考えてみるとその裏に実に深い世界が待っています。ここが、芥川作品の一番の特徴でしょう。久しぶりに読み返してみると、そのたびに物語の印象が変わってくるほどです。

おわりに(感想)

 では、改めて、五位の心情や、物語のテーマについて一言。それは、「気の弱い人間の消極的な願望は、叶えるためではなく憧れるためにある」ということです。また、そのような人は大抵、物事に勝手に条件をつけています。例えば「願望のためには犠牲は厭わない」などというものです。わざわざ何かを失う必要が無くても、そうやって条件を勝手につけて、自分を無闇に追い込んだり、苦労したりするのです。

 しかし、芋粥に描かれていた五位は、ある意味では実に人間らしいところがあります。誰しも多かれ少なかれ持っている要素をテーマに据え、人間を描く芥川の作品は、さすがとしか言いようがありません。

参考文献

参考文献

  • 芋粥」(青空文庫,2013年5月23日アクセス)
  • 『羅生門・鼻・芋粥・偸盗』(芥川龍之介,岩波文庫,改版第8刷,2008,pp.34-63,pp.168-170)

プチ情報と舞台の地図!

Q1. 「芋粥」とは?

  • 山芋を刻み、甘葛の汁で似た粥のこと。天皇の食卓にも並ぶほどの食べ物。
    (※甘葛とは、当時よく食されていた、ツタからとった甘味料のことだそうです)

Q2. 作中に登場する「藤原利仁」とは?

  • 平安時代の有名な武将。多くの逸話が残されている。(参照:「藤原利仁-生涯」)

Q3. 作中で五位と藤原利仁が辿ったルートは?

  • 京都→東山→山科→三井寺(滋賀県)→高島→敦賀(福井県)


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