「鼻」(芥川龍之介)のあらすじ[考察,解説,感想]

公開日: : 最終更新日:2015/02/08 芥川龍之介

大きな鼻にコンプレックスをもつ僧のお話

羅生門・鼻 (新潮文庫)

もくじ

 

はじめに

 鼻も芥川の作品の中では有名なもののひとつでしょう。羅生門と同時期に発表された作品であり、かの夏目漱石の称賛を受け、作家として生きていく上での転機となりました。その後、新作の注文を受けるようになり、「芋粥」を発表し、流行作家としての道を歩み始めます。

 鼻についての印象は、読みやすく、羅生門と同じく人間の心をテーマにしており、自尊心や利己主義について描いてあります。特に利己主義はエゴイズムと同意であり、これは羅生門においてはメインテーマでした。ただ、鼻においてはむしろ、エゴイズムよりは人間の自尊心、あるいは心の繊細さにスポットが当てられているように感じます。

 

あらすじ

 主人公である禅智内供(ぜんちないぐ)は、宮中に仕えるほどの僧でありながら、自分の大きな鼻にコンプレックスを持っています。鼻の大きさは尋常ではなく、あごの下まで垂れているほどです。当然ながら、彼と彼の鼻は町中の噂となっており、知らないものはいないほどです。それどころか、彼の鼻にまつわるエピソードが、都中に知れ渡っているほどです。

 禅智内供は傷つく自尊心を保とうと、鼻を短く見せたり、同じような鼻を持つ人間を探したり、あるいは過去の偉人に同じような鼻をもつ人物はいないか、文献をあたってみたりします。そんな中、弟子の僧が鼻を小さくする方法を医者から教わってきます。実際に試してみると、これまで悩んでいたことが嘘のように、鼻は小さくなります。

 ところが、禅智内供の周囲の人間は、相変わらず彼を笑いものにしています。むしろ、以前にも増して、可笑しそうにしています。禅智内供はそのうち、鼻の大きかった頃を懐かしむようになり、やがて不機嫌になっていき、むしろ鼻が短くなったのを恨むまでになります。
 そんなある夜、禅智内供は鼻がむず痒く、熱を持っているのに気が付きます。すると翌朝、鼻は以前のように大きなものへと戻っていました。禅智内供は、鼻が小さくなった時と同じように喜び、もうこれで笑われることはないと安心するのです。

 

考察(解説)

矛盾した二つの感情

 物語のクライマックスは、鼻が小さくなっても尚、禅智内供を笑う人々と、その理由についての説明部分です。話の中ではそれを「人間の心に存在する、互いに矛盾した二つの感情」と言っています。該当箇所の引用を以下に示しておきます。

 ――人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。所がその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。少し誇張して云えば、もう一度その人を、同じ不幸に陥れて見たいような気にさえなる。そうしていつの間にか、消極的ではあるが、ある敵意をその人に対して抱くような事になる。――内供が、理由を知らないながらも、何となく不快に思ったのは、池の尾の僧俗の態度に、この傍観者の利己主義をそれとなく感づいたからにほかならない。

 

同情心と優越感、傍観者の利己主義

 結局は、人間の同情心は、相手を見下したり、笑いものにしたり、あるいは侮辱することによる優越感と表裏一体ということでしょう。例えば、非常に面倒見のいい人がいますが、そのような人は、心の奥底、深層心理では、他人に対して差別的であったり否定的なところがあります。すべてがそうとは言いませんし、本人も無意識にそうしている場合が多いです。しかしながら、いろいろな人を観察していると、そのような傾向があると私は思います。

 ただ、だからといって面倒見の良い人を、私は否定しません。「やらない善より、やる偽善」という言葉もありますし、本人が無自覚であっても、そして無意識のうちに優越感を得るための行為だとしても、面倒見の良い人間は多くの人の役に立っています。多くの人を幸せにしています。そして、真に純粋な心から人助けをする方や、自己矛盾に気づきながらも、合理的な判断からそうしている方もたくさんいるでしょう。いずれにしても、面倒見の良さは素晴らしいことです。
 話が逸れてしまいました。先ほどの話は私の個人的な意見として、この物語では、同情心とその裏にある傍観者の利己主義なるものを描いているわけです。

 この他に何か語るものがあるとすれば、高尚な僧でありながら容姿を気にする禅智内供と、それに同情する弟子の僧とのやり取りがなんとも滑稽であることです。禅智内供を気遣う弟子と、鼻のことを気にしていることを悟られまいとする子供のような禅智内供のやり取りは、落語やコントのようで面白いです。

 

おわりに(感想)

コンプレックスと宗教的命題

 物語の中では、僧でありながら容姿を気にしている禅智内供が描かれてあり、禅智内供自身もそれを恥じているような記述があります。しかしながら、その鼻をとりまく中で、「人間の同情心」や「傍観者の利己主義」なるものが見えてきます。これはつまり、「容姿を気にするといった、些細な葛藤の中にこそ、宗教的命題が隠されている」と言うことだと思います。

 

人間の心理の変化

 他にも、禅智内供が自尊心を保とうといろいろな工夫をするシーンがありますが、そこでは人間心理やそれに伴う行動について、的確に表現されています。始めに、禅智内供は鼻が短く見えるようにします。これは「隠す」という行為であり、最も単純かつ効果的な方法の一つでしょう。根本的な解決にはなりませんが、コンプレックスを抱える人間が始めにすることでしょう。次に彼は、仲間を見つけようとします。これは「痛みをわかちあう」ことであり、「共感」を求める行為です。悩みを隠すことから、むしろそれを打ち明けるといったものです。

 そして最後は、「心の拠り所」を探します。過去の偉人などが自分と同じ欠点を持っていると、何となく自身が湧いたり、慰められたりしたという経験はあるかと思います。これら行動の変化は、年齢や悩みの大きさに従ったものと言えるでしょう。隠すことで解決出来る小さな悩みならばそれで問題ないですし、共感によって心が晴れれば、隠すことができなくても気は紛れるでしょう。また、共感によっても解決できない悩みでも、心の拠り所があればなんとか頑張れるものです。それを超えた禅智内供の悩みが、どれほど大きいものかは想像に難くありません。

参考文献・作品情報

参考文献

作品情報

【年月】

  • 1916年(24歳)2月発表
  • 東京大学在学中の、初期の作品。師である夏目漱石からの絶賛を受け、彼の作家人生にとって転機となった作品。

【ジャンル】

  • 「王朝もの」

【テーマ】

  •  コンプレックス、自尊心、利己主義

【ページ数】

  • 13ページ(岩波文庫,2008)

【Q&A】

Q1. 「鼻」における主張とは?何を伝えたかったか?

  • 人間の中にある、「同情心」と「傍観者の利己主義」という、互いに矛盾した二つの感情。
  • 人 の同情心は、相手を見下したり、笑いものにしたり、あるいは侮辱することによる優越感と表裏一体です。そのために、例えばある不幸な人が幸福になったとし ます。すると、周囲の人はかつては同情していたのに、今度は再び不幸にしてやりたいという感情が湧いてきます。これが「傍観者の利己主義」というわけで す。

Q2. 「鼻」と「芋粥」は似ている?

  どちらも「王朝もの」と呼ばれる作品群の一つであり、書かれた時期も似通っています。特に、「羅生門」とあわせた3つの作品は、どれも人間の「エゴイズ ム」を描いています。詳しく言えば、「鼻」の場合は「傍観者の利己主義」であり、「芋粥」の場合は「願望」「自由」です。これがまず、一つ目の共通点で す。

 両者の違いについては、周囲の人間のエゴイズムに注目しているか、あるいは主人公自身の利己的な感情に注目しているかです。
 どちらも主人公も、せっかく願いがかなったのに、最終的には元の状態に戻ってしまいます。その理由は、「鼻」では周囲の人間の矛盾した感情ですが、「芋粥」では主人公自身の中にあった矛盾した感情となっています。

 Q3. 鼻が短くなったのに、どうして周囲の人間は相変わらず笑っていたか?

 原文では、「哂う」と表記されています。これには「嘲り」あるいは「侮蔑」 といった意味があります。同じ「わらう」でも、「哂う」の方が、相手のより深い部分、内面的な部分に対して「わらう」のです。つまり、鼻が長かった時は見 た目について笑っていたのに対し、鼻が短くなった後では、禅智内供が僧でありながら鼻を気にしていたことを「わらって」いるのです。

 

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Comment

  1. […]  この物語で描かれているのは、人間の中にある矛盾した二つの感情でしょう。五位は、芋粥に飽くことを心の支えに生きていたのに、いざ願いが叶うと、支えを失った自分におろおろするといったものです(似たようなものが、「鼻」の中でも描かれていました。鼻の場合は、人の不幸に対する同情心と、もう一度不幸にしたいという傍観者の利己主義というものでした。意味は違えど、大きな出来事の前後において、矛盾した感情が現れるということでは共通しています)。 このような感情は、多くの人が少なからず持っていると思います。遠足や就学旅行などの楽しいイベント、あるいは恋などでも似たようなことは起こります。遠足や旅行は、準備をしている時や、行きの列車の中が一番楽しかったりします。恋も、片思いをしている時が一番楽しく、相手も美しく見えるものです。 […]

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