「逆行」(太宰治)のあらすじ(要約)[考察(解説),感想]

2017年10月22日

 

第一回芥川賞候補作になった作品

晩年 (新潮文庫)
 「晩年 (新潮文庫)(「逆行」収録)

参照:「逆行」(青空文庫)

もくじ

太宰治「逆行」 – あらすじ

 「逆行」は、太宰治の初の作品集である『晩年』(1936年)に収められている作品のひとつです。彼にとって初めて、同人誌以外の雑誌に発表した作品であるとともに、第一回の芥川賞候補作となりました。「逆行」は「蝶蝶」「盗賊」「決闘」「くろんぼ」という、それぞれつながりのある独立した4篇からなります。

「蝶蝶」

 蝶蝶は病床にある25歳の「老人」の人生の回想となっています。老人というのはもちろん例えですが、作中では「ふつうの人の一年一年を、この老人はたっぷり三倍三倍にして暮した」とあります。情死を含む二度の自殺未遂に、思想犯として三度の逮捕、そして売れない小説を百も書いた、酒と女が好きな、嘘ばかりついていた男です。
 彼は死の床で、まぶたの奥に数万の蝶の群れと、その死骸が空から降る姿を見ていました。そして最後にまた「遊びたい」とつぶやきます。彼の妻はそれを聞いてすすり泣きました。

*

 逆行の主人公である「老人」は、何を隠そう太宰治自身の投影です。彼は生前幾度となく女と共に自殺を図りました。若い頃には共産主義に傾倒し、ご存じのとおり小説家として名をあげます。

 太宰の作品は、あの有名な「人間失格」でもわかるように、自信を投影した主人公を描く私小説が多いです。最初期に発表されたこの作品もまたそれに当たります。

 タイトルが「逆行」となっているところがポイントで、4つの短編によって過去に遡っていく構成となっています。遊び人で情事で自殺を繰り返し、意味のない小説を百も書き、病床にあっても妻を泣かせる25歳の「老人」。彼がどのような人生を送ってきたのか、ここから遡っていきます。

「盗賊」

 盗賊では、老人の大学時代の話となります。東京大学に通う男は、落第が決まったにも関わらず試験を受けに行き「甲斐ない努力の美しさ」などと呟きます。学校の正門をくぐり、キャンパス内の庭園に入り、池のほとり、木の根本に腰をおろし、「われは盗賊」などととつぶやきます。

 試験場に行くと、自信の無さからか、あるいはカンニングのためか、ほとんどの生徒たちは後ろの席へ集まっていました。そんな中、彼は最前列へ腰掛けます。高名な学者である教授を前にして、彼は心の中で自分のことを「日本一の小説家」などと言い、密かに頬をほてらせます。試験が始まると、彼は答案用紙に、芸術に関するエッセーのようなものを書き、すぐに試験場から出て行きます。

 外に出ると、彼はなんとも言えない物悲しさを感じ、空腹のせいだと、食堂へ向かいます。食堂では、創業三年を祝って食事が振舞われており、そのために長蛇の列ができていました。男は再び頭のなかで、自分を盗賊で、すねており、ずるい人間だと言います。そして、卑屈で冷笑的な言葉を残して、彼は列の中に加わるのでした。

「決闘」

 主人公は北国の城下町に住む高校生です。彼は遊び好きですが、ケチであり、散髪にもいく金を惜しみ、もらいタバコばかりし、一ヶ月かけてコツコツと5円貯めます(当時で言うと1万円前後?)。そして町へ出て一晩で使い切ります。説明の付かない憂愁を感じ、孤独と懐疑心に苦しんでいた青年は、それだけを楽しみに生きていました。
 彼はいつも、気取った風にして飲み屋に入り、酒を淡々と飲んでいき、いかにも慣れた口調で勘定を頼み、わざと金を持っているように振舞って店を出ます。そしてまたひと月かけて5円をコツコツ貯めていくのです。

 ある日彼は、ふた月ほど前に来たことのある飲み屋に入ります。その頃、有名になりつつあった役者が彼に似ていたために、彼は女の目をひくようになっていました。飲み屋では女給が彼の前に並び、タバコを恵んでくれたり、お酌をしてくれたりします。そんな中、一人の女給の頼みを受け、彼は適当に手相占いを始めます。ところがそれが偶然にも好評であり、彼はもてはやされます。
 そんな中、一人のいかつい百姓が店に入ってきます。その場を更に盛り上げようと、男は百姓のウイスキーを勝手に飲み干します。しかし、むしろ場は冷めてしまいます。百姓は立ち上がり、表へ出るよう言います。

 男の風貌を改めて見て、男は茶化してごまかそうとします。そして、女給が止めるのを今かと待ちます。そのうち百姓が殴りかかり、すんでのところでそれをかわすと、帽子だけが飛んで行きます。帽子を拾いに行った男は、そのまま逃げてしまおうかと考えますが、みぞれでぐちゃぐちゃの地面で転んでしまいます。
 恥をかいた上、味方がいないことに腹が立ち、彼はいよいよ百姓と闘うことにします。しかし彼は心の中では誰かが止めるのを待っています。結局、彼はあっけなく倒され、無様な姿のまま、涙も出ないほど惨めな思いをするのです。

「くろんぼ」

 ある農村に、サーカス団がやってきました。サーカス団は見世物として黒人を連れているようで、村人たちは人を食うとか、角が生えているとか勝手に噂しています。それを聞いて、主人公の少年は、苛立ちます。そんな非現実的な噂よりも、少年はむしろ、黒人が女であることに興味津々であったのです。
 村は、中央に300mほどの一本道があり、その両側に藁葺き屋根の家が並ぶだけの小さなものでした。その村の端に小学校があり、グラウンドにサーカスのテントが張られました。そして夜になり、周囲の村などから総勢70もの人が集まってきます。
 続けざまにいくつかの演目が行われ、いよいと舞台に檻に入れられた黒人が現れます。ムチの音とともに黒人は卑猥な芸を行います。そして、黒人は、妙な言葉で単調な歌を歌います。少年はそれを気に入り、愛し、切なさのこもる歌に目をつぶって聞き入りました。そしてその夜、少年は自慰をするのです。

 翌朝、少年は登校するやいなや、テントの中を覗きます。そこでは団員が芋虫のように並んでいましたが、黒人の姿は見当たりません。黒人は普段はみんなと仲良く遊んでいるのだろうなどと考え、嫉妬します。その後少年は、黒人が突然現れ、後ろから彼を抱きしめ、誘惑するのを妄想します。妄想の中で彼は動揺を見せず、「僕で何人目だ」と返すのです。

考察(解説)

  4つの物語は、25の男が病床にある「蝶蝶」からはじまり、時代を遡っていきます。「盗賊」では落第の決まった大学生、「決闘」では高校生で、「くろんぼ」では小学生となっています。そして何より、主人公は自殺歴を持っているほか、社会主義への関わりが示唆されていたり、あるいは、かつて東大生であり、しかも落第したということが示されています。ですから、主人公は太宰自身であり、彼の半生を綴った作品となっています。

 4つの物語を見る上でポイントになるのは、主人公の心情変化、そして社会に対する姿勢です。最初の物語「蝶蝶」では、自己否定をし、憐れみ、あざ笑う人間として描かれています。彼が若くしてどうしてこのような人間となったのか。過去を振り返ることで変化を辿ることで、この作品を理解することができます。

蝶蝶

 まずは「蝶蝶」ですが、ここでは主人公がどういう人間であるか、その人格について、全体像が示されています。何度も自殺し、逮捕され、小説も書き、若くして波瀾万丈の人生を経験しながら、それは全て道草だと言い、最後に残った楽しみは酒と女というありさまです。また、「生まれたことと死んだことを除いて、これまでずっとウソをついてきた」という表現も、波瀾万丈な人生の一方で、心の中は空虚であることを表しています。

 また、題名にもなっている、老人が見ている「蝶蝶の群れ」があります。これも同じく、鮮やかな蝶とその死骸は、外面と内面のギャップを表しており、また全体として退廃的なイメージもあります。そして何より、主人公自身がそのような情景が見えると「わざと言う」のがポイントでしょう。主人公は自分を否定し、憐れみ、あざ笑うことに一種の快感を覚えています。このように、屈折した人格をもっているのです

盗賊

 「盗賊」については、「蝶蝶」との比較で言うと、主人公は消極的であるにせよ、社会や周囲の人間に対して反発する力をもっています。すべてを諦めたような雰囲気はありません。しかし、この時点ですでに、主人公は自己否定をしており、自己憐憫的な面も見えます。その反面、彼は自分のことを特別視しています。落第をする劣等生でありながら、その一方で周囲とは違って自分は特別な存在であると考え、自己陶酔に陥っています。
 そのために、落第が決まっていながら試験を受けたり、わざわざ最前列について答案にはエッセーを綴るといったように、挑戦的な態度を取るのです。しかし、それは実に小さな反抗心であり、周囲に対しては何の影響力ももちません。そして彼自身、それに気がついているというところがポイントです。若さが感じられる一方で、彼の言動には哀愁が漂っています。

決闘

 「決闘」では彼は更に若くなっており、高校生です。これまでの二つの話と大きく異なるのは、主人公が少なからず人生を楽しんでいる点でしょう。また、自己否定的な面は殆ど見られません。「わけの判らぬ憂愁にいじめられ」「絶対の孤独と一切の懐疑」を感じてはいるものの、大人のまね事をして楽しんでいるところがあります。気取った様子で、いかにも大人のような落ち着いた風に振るまい、ナルシスト的な面も見せています。
 しかし彼は、酒に酔って調子に乗り、百姓の男といざこざを起こし、あっけなく倒されてしまいます。心に自分の理想像を描き、それに見合うように振舞ってはみたものの、百姓との喧嘩でそれは脆くも崩れ去ります。このような経験は、多かれ少なかれ誰にもあるものです。そして、経験の中で理想と現実のギャップを調整していき、自己を確立していきます。しかし、主人公の場合はどうしても自分の理想というものを捨てきれなかったのでしょう。後に大学生になった時には、社会や周囲に対して意味もなく反発し、あるいは自己陶酔をすることで、心の隙間を埋めようとするのです

くろんぼ

 最後の「くろんぼ」では、主人公の心に歪みや影はほとんど見られません。ただ、自意識過剰な面が見て取れ、これが後の彼の人格へとつながっていくのでしょう。例えばそれは、黒人について村人が人を食うとか角があるとか噂しているのに苛立っているところです。女性経験のある大人にとっては、女であることより黒人であることが重要というだけなのですが、主人公は大人たちを間抜けだと言います。そして、自分だけが大事なことに気づいていると思い込んでいるのです。思春期の男の真理といえばそれまでですが、主人公の性格も現れているといっていいでしょう。
 このことは、少年が黒人の歌に聞き入り、「自分だけはその美しさがわかっている」と考えている部分からもわかります。しかし彼は、その夜自慰を行います。歌に心を打たれたなどといっておきながら、卑猥な芸に性的興奮を覚えているのです。ここに、幼いながらも、少年の複雑な心境が見て取れます。

 また、少年は黒人の女は普段は檻に入っておらず、他の団員と遊んでいるなどと考え、嫉妬します。そして黒人が誘惑する姿などを妄想します。しかし物語の終わりでは、それとは全く逆の事実が示されています。ここからは、自らが作り上げた理想にこだわりを見せ、現実逃避しがちという主人公の特徴が見て取れます。

まとめ

 ここまで4つの物語の心情変化を見ていくと、ひとりの人間が悩みやコンプレックスをどのように処理するかが描かれています。とりわけこの主人公は、コンプレックスと向き合うことから逃げ、理想や自己陶酔に逃げていきます。そして自己否定、自己憐憫、自嘲へと変わっていき、最後はすべてを諦め、空虚な心の中で屈折した快感を得ています。

 主人公のやり方は、はっきり言えば、コンプレックスの対処法として最悪の方法です。随所で最悪な対処をしていき、徐々に自分の人格を歪ませていきます。このような極端な例を描くことで、人間の悩みやコンプレックスというものを生々しく描いているのが、この作品の面白いところでしょう。

 このような手法は、キャリアを通じた太宰治の手法でもあります。世間のイメージとは違い、バットエンドもハッピーエンドもある太宰の作品ですが、いずれもやはり、人間の生々しい部分を描いて見せ、読むものに訴えかける凄さがあります。

おわりに(感想)

  この物語の良いところは、おそらく、読者の共感を得るところでしょう。ここまで極端な生き方をする人はいないでしょうが、多かれ少なかれ、読者は主人公と自分とを重ねあわせるでしょう。大人が読めば、若いころの自分に、大学生や高校生が読めば、現在の自分と主人公とを重ね合わせるでしょう。主人公は、自意識過剰で、夢見がちで、自分に酔いしれてばかりいます。そして、世の中に対して反抗的で、駄目な自分を憐れみあざ笑うのです。そして何より、自分が大嫌いであり、自分が大好きであるのです。そんな主人公に、なんとも言えない親近感や愛着を感じてしまうのではないでしょうか。

参考文献

 「盗賊」では、舞台は東京大学の本郷キャンパスとなっています。直接そうとは書かれていませんが、キャンパス内の建造物などでそれとわかります。ネット内で画像つきで情報が見られるので、まずはそれを示しておきます。

 また、「くろんぼ」の中にて「日本チャリネ」とありますが、こちらはサーカス団の名前です。初めての日本人のサーカス団だそうです(「サーカス-日本での歴史」(wikipedia))。

  • 晩年』(太宰治,新潮社,第86刷,1992,pp.198-216,p.333,339)
  • 逆行」(青空文庫,2013年6月6日アクセス)

太宰治

Posted by hirofumi