「グレート・ギャツビー」(フィツジェラルド)のレビュー・感想

2014年8月12日

謎の男ギャツビーとその野望

グレート・ギャツビー (新潮文庫)

もくじ

あらすじ

 地方の良家の生まれの主人公は、大学を出てから数年間、地元で暮らした後、ニューヨークへ出た。彼はニューヨークの東、ロングアイランド湾の奥、湾に突き出た島「ウェストエッグ」に移り住む。彼は、同じくニューヨークへ出てきた学生時代の友人など、インテリや金持ちの連中と付き合っていたが、そこである男の名を耳にする。それは、隣家に住む「ギャツビー」だった。
 ギャツビーは豪華な家に住み、毎週ごとに誰彼かまわず集めて盛大なパーティーを行っていた。そんな彼には、様々なうわさが持ち上がっていた。
 ギャツビーはいかにも偶然を装って、主人公やその友人たちに近づいていく。そして、彼は自身の野望を主人公たちに告げる。

 

解説

参考:「グレート・ギャツビー」「F・スコット・フィッツジェラルド」「失われた世代

 

 

 

 考察と感想

 【テーマについて】

 物語のテーマの一つとして、華やかな世界を支えている冷たく無機質なもの、がある。物語ではパーティーや社交界が登場するが、そこに集う人々の間にある表面的なつながりというのが、その一例だ。もちろん、そんな中にもほんのわずかながら、血の通った情熱や愛情などもある。しかし、外面と内面に矛盾のない人物や物事はわずかしか存在しない。ほとんどは、外面だけを取り繕っただけで、形骸的なものと化している。そのために生まれる「悲劇」が、この物語で表現されている

【話の展開について】

 この物語は幻想的・抽象的であり、人を惑わすようなものでもある。しかし、当然ながら話には起承転結がある。そして、話の流れの先にはオチがある。この物語では、そこに行くまでの過程が、あたかも偶然起こったかのように見せておいて、実は必然的にそうなっていると思わせる箇所がいくつもある
 これについては、「偶然と必然が表裏一体である」ということを暗に意味しているのではないかと思う。例えば、物語の中で描かれれる華やかな世界とその裏の無機質なものについて言えば、ちょっとしたことで両者の特徴は互いに入れ替わってしまうし、その二つのものの対立関係は、両者がそれぞれの中に内在しているものでもあると思う。華やかさも無機質も、どちらが良くてどちらが悪いということではなく、どちらもまた真実だということだ。