「グッド・バイ」(太宰治)のあらすじ(要約)[考察(解説),感想]

2017年10月25日

未完の遺作にして、太宰の最高傑作!?

グッド・バイ (新潮文庫)

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もくじ

  • 「グッド・バイ」のあらすじ
    妻子ある遊び人の謝罪行脚
    幾人もの愛人を訪ね、一人ひとりに別れを告げる
  • 「グッド・バイ」の解説・考察
    • 未完の遺作であり傑作
    • 「人間失格」を書き終え、新たな太宰文学が生まれかけていた
    • 最期の愛人である山崎富栄の存在
  • 参考文献

「グッド・バイ」のあらすじ

妻子ある遊び人の謝罪行脚
幾人もの愛人を訪ね、一人ひとりに別れを告げる

  表向きには雑誌編集長、裏の顔は闇商売で金を儲けるという「田島周二」。田舎に妻と子を残し、自分は東京で酒と女に溺れる日々。しかし、34歳になり、彼は心変わりする。妻と子を呼び寄せ、闇商売からは足を洗い、編集者としてまじめに生きていこうと考えていた。

 それに先立って、彼にはすべきことがあった。それは、愛人に別れを告げることだった。それも一人ではない。何人もの愛人と、きっぱり縁を切らなければならない。どうすればいいかと思案していたところ、知り合いの作家からあるアドバイスを受けた。それは「絶世の美女を探して、妻の役をしてもらい、愛人の元を訪ねる」というものだった。

 女たらしの色男の田島は、綺麗な女などいくらでも知っていた。しかし、絶世の美女となるとなかなか難しいもの。ところが、それは案外簡単に見つかった。闇市で知り合った女だった。並んで街を歩けば道行く男が皆振り返るほどの美女。しかし、体は細いが怪力で大食い、声はしゃがれて言葉は下品、けちであざといという妙な女だった。

「愛人の前では口は利かず、笑って頷くだけにしろ」。田島は女に金を渡し、2人で愛人の元を順に訪ねることにした。

「グッド・バイ」の解説・考察

未完の遺作であり傑作

『グッド・バイ』は死後「朝日評論」昭和二十三年七月号に発表された。「朝日新聞」連載予定で五月中旬から書きはじめられていたが、死の前日に十三回分まで書かれ、以後自殺により永遠に中絶された、太宰の未完の絶筆である。

引用元:太宰治(2010)『グッド・バイ』新潮社,第七十刷,p.396

 1948年(昭和23年)、太宰の没年であり、あの大作「人間失格」が発表された年に、グッド・バイは執筆されました。正確には、人間失格を3月から5月にかけて執筆、それに続いて書かれた作品です。

 未完の遺作として知られるこの作品は、名前も「グッド・バイ」とあって、遺書のような内容をイメージするかもしれません。しかし、その内容は「ユーモア小説」と呼ばれるほど、明るく愉快なものとなっています。

未完でも傑作! 「人間失格」を書き終え、新たな太宰文学が生まれかけていた

『グッド・バイ』は畢生の仕事であった『人間失格』をついに書き終え、重荷をおろし、今や身軽な新しい境地に進出した太宰治の第一作である。(中略)太宰治にとっては『人間失格』後はどうでもよいと思われていたかも知れないが太宰文学の第四の時期は、大きく花ひらきかけていたのである。

引用元:太宰治(2010)『グッド・バイ』新潮社,第七十刷,p.397

  ご存知「人間失格」は、太宰の人生を振り返るような内容、ほとんど自叙伝と言っていい内容でした。バッドエンドであり、その後に自殺したこともあって、遺書のような位置づけにもなっています。しかし、太宰の作家人生には続きがあったのです。

 本当の遺書というべき作品は、この「グッド・バイ」かもしれません。タイトルは「さようなら」でも、内容は軽快かつ愉快。死の前日まで書き続け、中途半端な形で終わってしまうところ。これらすべてが、「人間失格」以上に太宰治という人間を表しているようにも感じます。

最期の愛人である山崎富栄の存在

 太宰治は、最期の愛人である「山崎富栄」と共に入水自殺をし、この世を去りました。彼女は作中の人物のモチーフにもなっています。太宰はそもそも「私小説家」であり、作中に登場する人物は自分や愛人、家族をモチーフにしたもの、あるいは彼ら自身です。

 ただ、知り合いをそっくりそのまま使うことはありません。例えば作中に登場する女性のうち、最初に別れを告げる愛人は美容院で働いていて、太宰が生活費を援助しているという設定になっています。絶世の美女を引き連れて彼女を訪ね、関係を解消するという流れです。この人物は山崎富栄とそっくりなのですが、相違点があります。そもそも「現実の」太宰は、最期の最期まで愛人をつくっていましたし、太宰はむしろ援助される側でした。

 こういうことは、太宰の作品ではつきものです。都合の良いように実在の人物を書き換えるものの、作品の面白さによって有耶無耶にし、辻褄合わせをしてしまう。これこそ、太宰の「才能」なのだと勝手に思っています。

 

参考文献

太宰治

Posted by hirofumi