『GODZILLA ゴジラ』(2014)のレビュー・感想

2014年7月26日

良い所と悪い所が混在のもったいない映画!

godzilla2014_review

もくじ

 

『GODZILLA ゴジラ』(2014)の基本情報・あらすじ

【基本情報】

 

1999年、日本人研究者の芹沢博士はフィリピンの鉱山で謎の巨大古代生物の痕跡を発見する。同じ頃、日本の原子力発電所で大事故が発生。原発で働いてい たジョー・ブロディは最愛の妻サンドラを失ってしまう。15年後、ジョーの息子フォードは、父が立ち入り禁止になっていた原発跡地に不法侵入し警察に逮捕 されたという知らせを受けて、身柄を引き受けに向かうが…。

引用元:GODZILLA ゴジラ | Movie Walker

参照:ゴジラ (2014年の映画) –  あらすじ – Wikipedia

 

 

 

序盤とゴジラの存在感は素晴らしいものの、海外でのヒットや評論家の絶賛には疑問が残る

 序盤の高い完成度と、中盤での説明不足

  • 原発事故の闇の部分に、ゴジラを上手く落としこむ

 この作品の特徴の一つに、21世紀に起こった事故や災害を上手く盛り込んでいることがあります。ゴジラは「核の申し子」とも言える存在なので、当然ながら福島原発の事故がからんできます。作中では、日本にある架空の原子力発電所が、原因不明の事故によって倒壊します。

 登場人物を見ていくと、主人公の両親が原子力発電所で働く技術者となっており、事故によって母が死んでしまいます。父親は事故の真相を曖昧にする政府に不信感を持ち、真相を明らかにしようと動き出します。この構図は、福島の原発事故の際の日本政府の対応と、地域の人々の不信感に当てはまります。そして、真相を追い続けた先にあるのがゴジラ(正確にはゴジラを含めた怪獣)というわけです。

 このように、日本の原発事故を意識したストーリーの中で、原発事故の闇の部分にゴジラを上手く落とし込んでおり、この点は非常によくできていると思います。

 

 

  • 中盤での説明不足が客を置いてけぼりにする

  この作品のもったいないところは、中盤での怪獣についての説明不足です。作中ではゴジラの前にムートーという怪獣がまず登場します。この2つの怪獣の設定は作品の根幹に関わる非常に重要なポイントなのですが、作中での説明が少なすぎます。そのために、中盤以降にストーリーについて行けなくなってしまいます。私は事前に予備知識を得ていたので問題ありませんでしたが、それでもあまりに説明不足だと感じてしまいました。

 参考までに、登場する怪獣の設定を簡単にまとめますと

 

  • 放射能をエサにする怪獣(ムートー)が原子力発電所に寄生。事故を引き起こし、どこかへ飛び去る
  • 歴史を紐解くと、古代の地球上には怪獣がいた。大戦後の核開発や核実験をきっかけに、地底に眠っていた彼らが目覚め始めた。
  • ゴジラは半生記前にすでに人類の前に現れ、軍から核攻撃を受けてその力を強化。
  • 体内に原子炉を持つゴジラと、放射能をエサにするムートーが戦いを繰り広げる

 

 となります。 しかし、作中では科学者たちが早口でささっと語ってしまい、その後は一気に話が進んで行ってしまいます。ある程度「謎」を残したまま話を進めるのは物語のテクニックではありますが、それにしても説明が雑すぎました。

 

 

目立ち過ぎるムートーと、ヒーローになってしまったゴジラ

  • メインが「ゴジラ」ではなく「ムートー」になっている?

 これもストーリーの都合上仕方がないところもありますが、ムートーが目立ちすぎています。原発から出る放射能をムートーに吸わせておき、暴れだしたところでゴジラが出て来るのですが、いろいろと問題があります。ゴジラの登場が遅すぎる、ムートーが人類の敵として存在感を出しすぎている、その肝心のムートーから恐怖を感じない、といったところです。

 

 

  • ゴジラが正義の味方になり、物語はハッピーエンド。良くも悪くもハリウッド的。

 先ほどの話とつながりますが、ゴジラは見た目の存在感、アクション、恐怖感は素晴らしいです。日本のゴジラの良さを持ちつつ、欧米風にアレンジされていて、非常に評価できます。しかし、ゴジラはムートーの存在によって正義の味方、ヒーロー的存在になります。しかも、途中からゴジラ自身の意志で人間の味方をしているような描き方がされています。あくまで得体のしれない存在であり、結果的に人類の味方になるのならいいですが、ゴジラの意志、情まで描いてしまうと、一気に冷めてしまいます。

 また、ハリウッド映画では仕方がないところですが、作品はハッピーエンドになっています。さらに、そこに行くまでに、主人公の男女の薄っぺらいメロドラマが何度か繰り広げられます。細かいところを気にする人には、非常に気になる部分です。

 

 王道の怪獣映画として見れば素晴らしい

  • 見方を変えれば素晴らしい作品?

 映画のレビューサイトを見ると、予想に反してそれほど評価は低くありませんでした。ざっと目を通していくと、評価している人の意見は「ゴジラの迫力が素晴らしい」「アクションの質が高い」といったものが多いです。また、「細かい所は気にしない」「怪獣映画とはこういうもの」「頭を空っぽにすれば最高に楽しい」といった意見も多いです。

 この辺を上手に説明しているレビューがあったので、紹介します。

さて映画の方だが、結論から先に言えば映画としては退屈な作品だが、ゴジラ・ファンにとって快心の出来栄えだろう。ギャレス・エドワーズ監督のゴジラ愛すら感じることができる、正当な怪獣映画となっている。

人間ドラマをばっさり削って一時間半程度の映画にしたら、かなり面白い映画になっていただろう。映画を見ている間、かなり退屈な時間が長く、ゴジラ・ファ ンならそれでも最後まで耐えてラストの大バトルを満喫できそうだが、ゴジラ・ファン以外にはかなり厳しい評価となりそうだ。

引用元:映画として退屈でもゴジラ・ファン向け映画

 ちなみに、この方は5点中4点をつけています。「ゴジラファンを意識した、王道の怪獣映画をつくろう」という意図があり、それがきっちり作品で表現できたという意味で、5点中4点なのだと思います。

 

 

  • ゴジラの存在感と迫力のある映像は文句なし!

 他にもいくつかネット上のレビューを見ましたが、好意的なレビューに共通しているのは、「ゴジラの造形、声、アクションがしっかりしている」「これだけ迫力のある映像は日本じゃつくれない」という意見です。確かに、この2点は否定できません。仮に東宝がゴジラの最新作を作成したとしても、過去の焼き増しになるか、オリジナリティーを求めすぎてあさっての方向を向いたゴジラになっていたでしょう。本作で、これだけ歴史のあるキャラクターを「現代風」に上手くアレンジしたことは、素晴らしいの一言です。

 また、映像についても納得です。日米の「大作」と呼ばれる映画の制作費は10倍ほどの差がありますし、ハリウッドのSFXの技術は圧倒的です。ゴジラの動き、カメラワーク、表現方法、どれをとっても映像面は素晴らしいの一言です。

 

改善点をあげるとすれば?

 素人が偉そうなことを言って申し訳ないですが、ちょっと中身をいじればかなりの名作になり得た作品だと思います。したがって、点数をつけるとすれば、平均点は超えると思います。それでも、5点満点で3点いけばいい方でしょう。海外でのヒットはまだしも、日米の評論家にも好評という話は信じられません。

 

 

 では、改善点は何か? 答えは簡単で、ゴジラを「完全な恐怖」として描くことです。ゴジラにさっさとムートーを殺してもらい、人類が安心したところでゴジラが大暴れすればいいのです。あくまでムートーという敵がいたので「人類の味方になっていた」だけで、敵がいなくなれば「人類にとってはあくまで恐怖」と描いた方が、ずっと面白くなったでしょう。従って、ハッピーエンドはあり得ません。バッドエンドとは言わずも、「またゴジラがやってくるかもしれない」という終わり方の方がいいでしょう

 こうすれば、見た目の恐怖感もいまいちなムートーが目立つことはないですし、ゴジラに対する恐怖感も増します。せっかく造形や声は素晴らしい(特に声は日本の初代を超えたとも言っていいほど!)のに、もったいないです。

 

 

 さらに、中盤の説明はしっかりすべきだったでしょう。「ムートーは放射能をエサにし、ゴジラは体内に原子炉を持つ」という簡単なセリフを早い段階で出すだけです。こうすることで、序盤の前ふりもしっかり生きて来たでしょう。

 もう一つ言うと、初代ゴジラの良さをもう少し踏襲して欲しかったです。初代ゴジラの良さは「静かな恐怖」です。夜の静まり返った東京を、無表情のゴジラが闊歩し、「ズシン、ズシン」と足音だけが響きます。この恐怖感は圧倒的であり、過剰な演出は逆効果であることを教えてくれます。静まり返ったニューヨークを、ただただゴジラが歩くシーンなどを挟めば、作品にもメリハリがついたはずです。

 

 

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