「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)のあらすじ・レビュー

2014年9月20日

この世とあの世をつなぐ、星空を巡る銀河鉄道

新編 銀河鉄道の夜 (新潮文庫)

もくじ

「銀河鉄道の夜」のあらすじ

  学校で星座の授業を受けるカムパネルラとジョバンニ。ジョバンニは最近元気がありませんでした。毎日朝と午後に仕事をして、クタクタになっていたからです。漁師の父親は行方不明で、ジョバンニは仕事をして病弱な母親を助けていたのです。そんなジョバンニに、クラスメイトは「親父はいつ帰るんだ」とからかいます。しかし、カムパネルラだけはジョバンニを気遣い、彼に優しく接してくれました。

 その日、町では「銀河の祭」が行われていました。町は灯りや装飾品で彩られ、ジョバンニは時計屋にあった星座表にすっかり見入り、星空の中をどこまでも歩いていきたいと思います。ジョバンニはそれから、クラスメイトたちと出くわし、いつもの様にからかわれます。彼は一人丘へと向かい、頂上の野原に寝転がり、天の川の流れる星空を眺めます。

 ふとした瞬間、ジョバンニは自分が星空の中に立っているような錯覚に囚われます。まもなく、「銀河ステーション」という声が聞こえ、目の前に宝石箱をひっくり返したようなまばゆい光が現れました。気がつけば、彼はカムパネルラとともに、銀河鉄道に乗っていたのです。

 

 

 銀河鉄道は天の川の上を走っていきます。ジョバンニたちは、河原で化石を発掘する学者や、空を舞う鳥を捕まえ、押し花のように平べったくしてお菓子にしてしまう男など、不思議な人々と出会います。

 車掌が切符の確認を始めると、ジョバンニが持っていたのは特別な切符で、幻想第四次の銀河鉄道ならばどこにでも行くことのできる切符だそうです。しばらくして、鉄道に一人の青年と少年と少女が乗ってきます。彼らは氷山にぶつかった客船から海に投げ出され、ここに辿り着いたと言います。そして、これから神様のところへ行くと言います。

 その後、銀河鉄道は南十字駅へたどり着き、青年たちはそこで降ります。そこには、天の川の前に十字架がいくつも並んでおり、川の向こうから白い着物をきた神々しい人が手を伸ばしていました。南十字を過ぎると、ジョバンニとカムパネルラは二人きりになります。ジョバンニは、「ずっと一緒に行こう」と言いますが、気がついたらカムパネルラの姿はありませんでした。

 

 

 まもなく、ジョバンニは目を覚まします。そこは最初に寝転がっていた丘でした。町へ戻ると、橋の上で人が騒いでいました。同級生の一人が川で溺れ、それを助けたカムパネルラが行方不明だそうです。すでに川に沈んで数十分、カムパネルラの父も覚悟を決めている様子でした。そんな中、ジョバンニは、父親から便りがあったことを知らされるのでした。

 

「銀河鉄道の夜」の解説・考察

 誰もが名前を知っていて、一度は読んだことのあるだろう「銀河鉄道の夜」。ただ、幼い頃に読むことが多く、そのストーリーをしっかり覚えている人 は少ないかもしれません。また、派生した作品が非常に多いために、オリジナルとは別のストーリーを記憶していることもあるでしょう。

 ス トーリーは、星を眺めていた少年が、銀河鉄道に乗って星空を旅し、不思議な体験をするというというものです。幻想的な物語であり、宮沢 賢治が草稿という中途半端な形で残したこともあって、作中には解釈に迷う部分が多々あります。その辺を考えていこうと思います。

天の川と三途の川、キリスト教的概念

【南十字駅と川岸の十字架の意味】

 まず気になるのは、物語のクライマックスと言ってもいい、南十字駅の描写です。南十字駅を降りると、天の川の前に十字架がいくつも並んでいて、人々がお祈りをしています。そこに白い着物を着た神々しい人物がやってきます。また、賛美歌も聞こえてきます。

 まず「十字架」ですが、これは「死」を感じさせます。それが川の前に並んでいて、人々がお祈りをしていて、川の向こうからお迎えがくる。ここまで来ると大体わかると思いますが、これは「三途の川」を表していると言っていいでしょう。

 また、この日本の仏教的な概念である三途の川に、「キリスト教」的なものがミックスされています。十字架がまずそうですし、賛美歌もそうです。そもそも登場人物の名前がキリスト教と関係があります。

登場人物の名前について、「ジョバンニ」はイタリアの洗礼名のひとつ(ラテン語におけるヨハンネス)に由来し、「カムパネルラ」は神学者トマソ・カンパネッラ(ちなみに幼名は「ジョヴァンニ・ドミニコ」)からとったという推定がある

引用元:銀河鉄道の夜 –  解説 – Wikipedia

 ヨハネという名前は聞いたことがあるでしょう。聖書の中の主要人物の名前としても登場しますし、あのローマ教皇も代々「ヨハネ」と呼ばれています。

 

【キリスト教的概念の付与】

 では、なぜキリスト教的な概念を取り入れる必要があったのか? まず、星座がテーマの作品であり、星座は西洋で発展したものだからでしょう。さらに、作品の中ではカムパネルラが同級生を助けて命を落としてしまいます。これはキリスト教で言う「殉教」です。他にも、単純に作品への雰囲気作りという面もあるでしょう。外国の言葉や考えを使うことで、幻想的な雰囲気や不思議な雰囲気を生み出すことができます。

 

星空へ消えた人々と、丘へと戻ったジョバンニ

【この世とあの世をつなぐ鉄道】

 この作品の中には、死者、あるいは幽霊が登場します。銀河鉄道の途中に南十字駅があり、そこに三途の川が流れているので、幽霊が出てきてもおかしくありません。一方で、ジョバンニのように生きているものが旅をして帰ってくることもあります。このように見ていくと、銀河鉄道は「この世とあの世をつなぐ鉄道」となります。より正確には、「この世とあの世と幻想的な世界をつなぐ鉄道」でしょう。幽霊が乗ることもあれば、純粋で感受性の強いジョバンニのような少年が乗ることもあるからです。また、鉄道に乗る人、駅にいる人は、死を感じさせる者だけでなく、鳥を捕る男のように不思議さを感じさせる者もいます。

 

【生死の境を彷徨うカムパネルラ】

 ジョバンニは「天上界も含めて、どこにでも行ける切符」を持っています。しかし、カムパネルラや、途中で出会った青年たちはそうではありません。青年たちは南十字で姿を消してしまいますし、カムパネルラも最後の最後でどこかに消えてしまいます。彼らは天上界行きの片道切符しか持っていない死者だったということでしょう。ただし、カムパネルラはもう少しで帰ってこれそうな雰囲気を出していました。ジョバンニが星空を旅しているまさにその時、川で溺れる同級生を助け、生死の境をさまよっていたからでしょう。当然助かる可能性もあったわけです。

 

幻想第四次の銀河鉄道

「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どころじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」

引用元:宮沢賢治『新編 銀河鉄道の夜』(2003)新潮社,第32刷,pp.191-192

 鳥を捕る男のこの台詞に、銀河鉄道の秘密が隠されています。「不完全」な「幻想第四次」という部分があります。では、完全なる第四次とは何でしょうか。四次元世界ということで、時間を超越した世界となります。我々の認識している世界は三次元であり、時間に縛られています。そのため、時間が経てばものは劣化し人は老い、生き死にがあります。

 その点、銀河鉄道は「不完全」ながら「第四次」の世界になっています。そのために、生死を彷徨う人間に出会えるのです。一方で、不完全なので別れがあります。死者は途中で消えてしまい、ジョバンニは途中でこの世へと帰ってきます。この銀河鉄道を、不完全ながら第四次にしているものは、「幻想」です。星空の持つ幻想性、あるいは星空に馳せる人々の幻想といったものでしょう。

 銀河鉄道が時間や空間を超越している証拠として、いくつかの面白い描写があります。例えば、鳥を捕まえて平べったいお菓子にしてしまう男です。三次元の世界の鳥を二次元の平面にしてしまうというわけです。また、学者が百万年以上前の化石を掘り起こしています。万単位の時間を超えているということで、不完全ながら時間を超越していることを暗示しているのです。

 

参考文献

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