『富嶽百景』太宰治 – あらすじ(要約)[考察,解説,感想]

2017年12月7日

富士を望む天下茶屋で、再起を誓う太宰の姿!

★富嶽百景収録↓
走れメロス (新潮文庫)

走れメロス (新潮文庫)

『富嶽百景』太宰治 – もくじ

<『富嶽百景』太宰治 – あらすじ(要約)>

  • 30歳を前に苦悩する太宰と再起への道のり
  • 本文を読みながらあらすじを追ってみよう!
    • 再起をかける太宰治
    • 自身の作風、芸術性について本気で悩む太宰治
    • 東京で見る富士と、茶屋から見える富士
    • 徐々に姿を変える富士山
    • 富士山にすべて任せた!
  • 『富嶽百景』太宰治 – 考察,解説,感想

『富嶽百景』(太宰治) – あらすじ

30歳を前に苦悩する太宰と再起への道のり

 富獄百景は、太宰が29歳の時の自身の生活をづづったものです。20代前半に華々しく文壇にデビューしたものの、当時の太宰は私生活や作品づくりに問題を抱え、幼馴染の女性と自殺未遂の末、断筆に入っていました。そんな中、浮上のきっかけを掴むべく、師である井伏鱒二を頼って、甲州の御坂峠にある天下茶屋を訪ねます。

天下茶屋
太宰の滞在した天下茶屋

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 そこは富士の名所として知られており、茶屋からも河口湖に抱かれた見事な富士を見ることができます。しかし太宰は、いかにも典型的な富士の姿を見て、「風呂屋のペンキ画だ」と馬鹿にします。
 しばらくして師匠が帰京した後は、太宰は茶屋にて、女将さんとのその娘と三人での生活になります。太宰は茶屋の二階の部屋を借り、考え事をしながらたまに執筆をするといった日々を過ごしていきます。なかなか執筆がはかどらない中、太宰は茶屋の人々や、あるいは峠の下の町から太宰を訪ねてきた若者などと交流していきます。そして彼は、その時々に、新たな富士の表情を発見します。やがて彼は、いつも変わらずそこに佇む素朴な姿の富士に頼もしさを感じるようになります。

 しかし太宰は、相変わらず自身の作風に悩み、師匠に取り持ってもらった縁談の話にも、今ひとつ決心がつかずにいました。そこで彼はふと、「富士山に頼もう」と思います。すると、縁談も思いのほか上手く進んでいき、女将さんや娘さんの素直で純朴な心をありがたく思うようになります。やがて、秋も深まり、峠の周辺も閑散としてきた中、太宰は茶屋を去る決心をします。

本文を読みながらあらすじを追ってみよう!

★抜粋部は著作権切れの青空文庫を新字体に修正したものです。

再起をかける太宰治

 御坂峠、海抜千三百米。この峠の頂上に、天下茶屋という、小さい茶店があって、井伏鱒二氏が初夏のころから、ここの二階に、こもって仕事をしていられる。私は、それを知ってここへ来た。井伏氏のお仕事の邪魔にならないようなら、隣室でも借りて、私も、しばらくそこで仙遊しようと思っていた。
 井伏氏は、仕事をしていられた。私は、井伏氏のゆるしを得て、当分その茶屋に落ちつくことになって、それから、毎日、いやでも富士と真正面から、向き合っていなければならなくなった。

 太宰治の真面目な気持ちが伺えます。本文を読んでいくと、当時の太宰が小説や芸術について真剣に悩み苦しんでいた姿が見て取れます。

自身の作風、芸術性について本気で悩む太宰治

 ああ、富士が見える。星が大きい。あしたは、お天気だな、とそれだけが、幽かに生きている喜びで、そうしてまた、そっとカーテンをしめて、そのまま寝るのであるが(中略)くるしいのである。仕事が、――純粋に運筆することの、その苦しさよりも、いや、運筆はかえって私の楽しみでさえあるのだが、そのことではなく、私の世界観、芸術というもの、あすの文学というもの、謂わば、新しさというもの、私はそれらについて、未だ愚図愚図、思い悩み、誇張ではなしに、身悶えしていた。

 太宰治は人を楽しませる文章を書くことに関してははっきり言って天才的です。そんな太宰がこれほどにも悩んでいるのを知ると、どんな人間でも苦悩と努力がつきものなんだと実感します。

東京で見る富士と、茶屋から見える富士

 東京の、アパートの窓から見る富士は、くるしい。冬には、はっきり、よく見える。小さい、真白い三角が、地平線にちょこんと出ていて、それが富士だ。なんのことはない、クリスマスの飾り菓子である。(中略)三年まえの冬、私はある人から、意外の事実を打ち明けられ、途方に暮れた。その夜、アパートの一室で、ひとりで、がぶがぶ酒のんだ。一睡もせず、酒のんだ。あかつき、小用に立って、アパートの便所の金網張られた四角い窓から、富士が見えた。小さく、真白で、左のほうにちょっと傾いて、あの富士を忘れない。(中略)私は、暗い便所の中に立ちつくし、窓の金網撫でながら、じめじめ泣いて、あんな思いは、二度と繰りかえしたくない。

 東京での嫌な思い出の中に登場する富士は、ひどく悲しい富士です。これはこれで読み応えのあるものです。一方、天下茶屋からの富士を、太宰は初めのうちは馬鹿にします。

 ここから見た富士は、むかしから富士三景の一つにかぞえられているのだそうであるが、私は、あまり好かなかった。好かないばかりか、軽蔑さえした。あまりに、おあつらいむきの富士である。まんなかに富士があって、その下に河口湖が白く寒々とひろがり、近景の山々がその両袖にひっそり蹲って湖を抱きかかえるようにしている。私は、ひとめ見て、狼狽し、顔を赤らめた。これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ。芝居の書割だ。どうにも注文どおりの景色で、私は、恥ずかしくてならなかった。

 景勝地から見える富士は誰もが想像している富士。それを喜ぶのが普通ですが、太宰は当たり前すぎるといいます。それを「まるで風呂屋のペンキ絵だ」と表現します。非常に面白い表現だと思います。ここは太宰らしい、シニカルな物の見方をしているわけです。

徐々に姿を変える富士山

 しかし、茶屋での暮らしを続けるうちに、太宰の見る富士の印象は変わっていきます。

「お客さん! 起きて見よ!」かん高い声である朝、茶店の外で、娘さんが絶叫したので、私は、しぶしぶ起きて、廊下へ出て見た。
 娘さんは、興奮して頬をまつかにしていた。だまって空を指さした。見ると、雪。はつと思った。富士に雪が降ったのだ。山頂が、まつしろに、光りかがやいていた。御坂の富士も、ばかにできないぞと思った。

 小説の執筆は一向にして進まない中で、ふとした瞬間の富士山にはっとする太宰治。いつも同じ姿でそこにいて、時折綺麗な顔を見せる富士。そんな富士に、悩める太宰は徐々に心をひらいていくのです。

富士山にすべて任せた!

 朝に、夕に、富士を見ながら、陰鬱な日を送っていた。十月の末に、麓の吉田のまちの、遊女の一団体が、御坂峠へ、おそらくは年に一度くらいの開放の日なのであろう、自動車五台に分乗してやって来た。私は二階から、その様を見ていた。(中略)苦しむものは苦しめ。落ちるものは落ちよ。私に関係したことではない。それが世の中だ。そう無理につめたく装い、かれらを見下ろしているのだが、私は、かなり苦しかった。
 富士にたのもう。突然それを思いついた。おい、こいつらを、よろしく頼むぜ、そんな気持で振り仰げば、寒空のなか、のっそり突っ立っている富士山、そのときの富士はまるで、どてら姿に、ふところ手して傲然とかまえている大親分のようにさえ見えたのであるが、私は、そう富士に頼んで、大いに安心し

 苦しみの中、太宰は遊女の一団が茶屋へやってくるのを目にします。遊女とは今で言う夜の大人のお店で働く女性。昔は今よりもその境遇が苦しいものがあったそうです。苦しむ自分が遊女の一団に「苦しむものは苦しめ」と毒を吐き、余計苦しくなる太宰。

 そこで思いついたように、太宰は富士山に全てを委ね「富士山に頼もう」「あいつらをよろしく頼む」と言います。これはもちろん、自分自身にも言っているのです。苦しみの中で馬鹿にしていた富士を見て、いつもそこにある富士をみて、いろいろ苦しいこともあるが全部お前に頼んだ、というわけです。

 太宰は茶屋での生活を経て再起へのきっかけをつかみ、そこで縁談も決まります。苦しみの中から徐々に変化する太宰と富士山の姿は非常に読み応えがあります。短編小説なので、ぜひ一度読んでみてください。

『富嶽百景』太宰治 – 考察,解説,感想

 物語の考察については、新潮文庫の解説が簡潔にまとまっていて、わかりやすいです。まずはそれを見ましょう。

……簡潔でドライな文体が快く、緊張の中に含羞の風穴をつくりながら、自然と人間の厳しい対立の心象風景を描いている……

(『走れメロス』新潮社,第92刷,2011,p.290)

(※ 含羞というのは、「はにかみ」「はじらい」といった意味です)

 まず、「簡潔でドライな文体」ですが、これは噛み砕いて言いますと、印象的なフレーズが多く見られる、といったところです。富嶽百景で有名なのは、作中にでてくる「富士には、月見草がよく似合う」という言葉です。このような言葉がたくさんあり、詩的な要素も含まれた作品だと思います。

 他にもいくつか挙げるとすれば、天下茶屋から見える、絵葉書にでもなりそうな富士山の姿を見ての「これは、まるで、風呂屋のペンキ画だ」という一言。
 他にも、若者が太宰を尋ねてきたシーンです。若者は、太宰は性格破綻者などと聞いていて、来るのを尻込みしていました。そして、覚悟を決めていざ会ってみたら、真面目でしっかりした人で、驚いたと言います。そこで、太宰が窓の外で変わらず立っている富士を見ての一言。「いいねえ。富士は、やっぱり、いいとこあるねえ。よくやってるなあ」などです

御坂峠からの富士山
御坂峠からの富士山

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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 「緊張の中に含羞の風穴」については、正確な説明になるかわかりませんが、作中のシーンやエピソードの中にある、緊張と緩和です。例えば、富士を見るために、太宰が師匠とともに茶屋の近くの山に登った際に、霧が濃くて視界が殆ど無いといったシーンがあります。すると山頂の茶店から老人夫婦が出てきて、晴れの日に富士山が見えるところに立って、大きな富士の写真を掲げるのです。それをみて二人で「いい富士をみた」と言います。

 このような緊張と緩和が、作中にいくつも見られ、思わず笑ってしまいそうになります。先ほどのフレーズの話も含めて、作品は全体として爽やかで、ハツラツとしており、肩の力が抜けている印象を受けます。読んでいて朗らかになります。

「自然と人間の厳しい対立の心象風景」については、ある時は平凡に、ある時は飄々と佇んで、またある時は色っぽく、しかしやはり味気なく。ところが頼り甲斐があり、結局は富士はいつも変わらず、定まらないのは人間の心である、といったところでしょう。
 ちょっと行き過ぎた解釈かも知れませんが、これは親に対する子の気持ちに似ています。口うるさくてつまらないと反発していたが、やはり頼り甲斐があり、いつもかわらずそこにいる。しかしいつかは親元を離れなければならない、というわけです。

参考文献

太宰治

Posted by hirofumi