最高の自叙伝にして自己啓発本!『成りあがり』(矢沢永吉)のレビュー・感想

熱狂的なファンが多いのも納得!
本書を読めば誰もがYAZAWAに一目惚れ!

成りあがり成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集 (角川文庫)

『成りあがり』のもくじ

 

内容説明

広島から夜汽車に乗って上京した少年。ポケットにはアルバイトで貯めた5万円しかなかったが、 胸には熱く燃える大きな固まりがあった。「おれは音楽をやる、星になる!」。その少年はいま、願いどおり星になった。星の中の星、スーパースターに。だが ここにあるのは、うつろな星のささやきではない。くやしさも、みじめさも、すべて吐きだし、泣いている、笑っている、叫んでいる。この一冊はそのまま矢沢 永吉の歌なのだ。

目次

広島
(成りあがり、大好きだね、この言葉、快感で鳥肌が立つよ;関東、矢沢家一代、広島じゃない、横浜がオレの故郷だ ほか)

横浜
(最終の夜汽車で東京へ、夢と現実が半々の状態だった、広島がぐんぐん離れて行く;無意識のうちに横浜で下車、貼り紙見て、ボーイになる、夢だけがオレを支えた ほか)

キャロル
(挫折感の中で、脱けだすための必死の動き、バス賃六十円をどうする;新しいバンドを作ろう、まず、ウッちゃんをひっかけた、そしてジョニーとの出会い ほか)

E・YAZAWA
(解散しても変わらないなら、解散する必要はない、元キャロルで矢沢を売るな;キツイ旅だ、おまえにわかるかい、山三つ越え乗り込んでいく、ロックで超満員にしてやる ほか)

引用元:成りあがり / 矢沢 永吉【著】 – 紀伊國屋書店ウェブストア

 ※刊行年……単行本:1978年、文庫:1980年

『成りあがり』のおすすめポイント!

成功のための理論と狡猾な生き方

  スターの自叙伝の中でも有名であり、愛読している方も多い本書。一方で、世間的には「人気にあやかって売ったタレント本みたいなものだろう」いうイメージがあるかもしれません。結論から言えば、本書は名著だと思います。とにかく内容が素晴らしいです。矢沢永吉さんの生い立ち、上京からデビュー、ソロ活動までを書いていますが、波瀾万丈のエピソードが満載です。加えて、独特の語り口も魅力的です。初めから終わりまでいわゆる「矢沢節」のオンパレード。まるで本人が読者に語りかけているような印象を受けます。

 他にも、成功するためにはどうするかを、理論的に語っているのがポイントです。矢沢永吉さんは幼い頃に貧乏だったことなどが影響して、とにかく貪欲、お金に関してシビアです。そして、お金を稼ぐためには、目標を実現するためには、成功するためには、汚いうやり方も厭わない。非常に狡猾な面を持っています。これは矢沢永吉さん本人も自覚していることを、本書の中で語っています。

 

複雑な家庭環境で育まれた貪欲さ

 ここで、本の冒頭にある「読者へ」という項目を引用します。この部分が、本の内容を凝縮したものとなっています

 オレは、昔のことを思い出すとマジになる。これは素晴らしいことだ。二十八歳。スーパースターと呼ばれ、所得番付に出るようになっても怒っている。怒ることに真剣になる。

 銭が正義だ。こう思ってしか生きてこれなかった。ほんとは銭が正義だなんてウソなんだ。それは良く判っている。でも、そう思わなければ生きてこれなかった自分に腹が立つ。

 攻撃することが生きることだ。負い目をつくらず、スジをとおして、自分なりのやり方でオトシマエをつけてきた。休むわけにはいかない。やらねばならぬことは、まだある。

 この本に書いたことは、あくまでもオレ自身の背景だ。特殊な例だと感じるかもしれない。でも、オレは、だれもがBIGになれる”道”を持っていると信じている。

引用元:矢沢永吉(2014)『成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集』角川書店,改版25版,p.3

 矢沢さんは物心ついた時には両親がいませんでした。複雑な家庭に育ち、父親の2番目の妻との間に生まれたのが彼でした。父は最初の妻との間に子供を2人持っていましたが、広島への原爆投下によって妻子をいっぺんに失います。その後2番目の妻、つまり矢沢永吉さんの生みの母と知り合いますが、妻は矢沢さんが3歳の時に家出。その後、矢沢さんが小学2年生の時に父が死去。矢沢さんはその後、おばあちゃんに世話になりつつ、親戚の間をたらい回しにされます。

 このように、親の愛を知らずに育ったこと、親戚から冷たくされたこと、そして貧乏だったこと。これが引用部分にある「昔のことを思い出すとマジになる」という部分、「銭が正義だ」という部分につながってきます。とにかく早く大人になって、自力で生きていけるようになりたい。小学生の時点で強く思っていたそうです

 そして、お金のためには「攻撃する」。これは暴力ということではなく、「勝ち抜く」「のし上がる」といった意味だと思います。世間的には「汚い」といわれるやり方でも、目標のために必死になって生きること。人を踏み台にしてでものし上がっていくというのが、この「攻撃する」という部分につながってきます。特に上京してバンドを組んでからは、この狡猾に生き抜く部分が出てきます。

 一方で、「スジを通す」のが矢沢さんです。汚いやり方はしても、一線は超えない。かつて自分に冷たくした人でも、かつて自分を見捨てた人でも、かつて自分から去っていった人でも、矢沢さんは最終的には「人を許す」ことができます。

 

 心に響く名言のオンパレード!

【簡単にキレイごと言うやつは大嫌いだ】

 金がすべてじゃない。こう言う人にも、やはりふたつのタイプがあると思う。
 まったく、頭から金持ちになることを放棄してるやつ。自分の才能がないってこと完全に理解してるんだ。
 もうひとつは、苦労を知らないやつ。
 金では買えないものがある。
 すばらしい愛。
 うん、そうか。いまの愛情は、だいたい金で買えるね。女の愛情も、金で買える。言っちゃ悪いけど。
(中略)
 ……ほんとは、銭じゃないのよ。
 ほんとは銭じゃない。オレに、こんなに銭だって思わせた何かに腹立ってる。
 そう思わせて二十八年間やってこさせた何か。ホント、悲しい、実は。
(中略)
 銭。癪で言ってるのかもしれない。でも言いたいんだ。簡単にキレイごと言うやつは大嫌いだ。
「銭じゃ買えないものがあります」
 ふざけるな! この野郎。
 おまえにそういえる背景があったのか。

引用元:矢沢永吉(2014)『成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集』角川書店,改版25版,pp.24-27

 この言葉は非常に力があります。「金がすべてじゃない」なんて言葉は、90年代の青春ドラマなんかで耳にタコが出来るほど聞かされてきました。それを言う奴は2つに分かれる。ハナから諦めてる奴、そして、苦労を知らないやつ。「金がすべてじゃない」とは、苦労を知らない者の言葉というのは、正にその通りだと思います。

 高度経済成長期を経て、20世紀の終わりまで、日本は一億総中流などと呼ばれていました。その中で、衣食住に不自由しない家庭が非常に多くなりました。苦労を知らない人たちに「金がすべてじゃない」という言葉が受け入れられたのでしょう。

 金がすべてじゃないというのは確かにそうですが、苦労して金を得たことのない者がいうべきではありません。矢沢さんが「そういえる背景があったのか」と言うように、様々な経験、貧乏も苦労も、裕福も成功も味わった上で、ようやく言える言葉なのかもしれません。

 

 

【心から信用できたのはおばあちゃんだけ】

 親戚というのが何軒かあって、そこをタライ回しにされたりね。(中略)親父が死んで、永吉を養って学校に行かしてやんなきゃならない。そういうことになると、冷たいもんよ。
 一学期間は、こっち。二年はこっちに行くという感じだったね。

引用元:矢沢永吉(2014)『成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集』角川書店,改版25版,p.17

 

(高校卒業と共に上京するシーン)
 親戚の家に一軒一軒別れを告げに行った。ひどいものだった。「何?」っていう感じ。
「永吉ですけど」「何、おまえ?」
「実は今晩、これから東京に行きますから……」
「あ、そ、行くの。気いつけてな」でおしまいよ。
 この野郎、と思うと同時に「オレは、これから、とんでもない行動をする。おまえら見とけ!」という感じ。
(中略)
 金を五万くらい、大事に持ってたな。おばあちゃんが「永吉、がんばれよ。わし、何もできんけど、これ全部持ってけ」って二万円ぐらいくれた。
(中略)
「どうもアリガト! 絶対ガンバルからね。おばあちゃん、どこまでやれるかわかんないけど頑張ってやってみるよ。それまで、このドラム・セット預かっといてね」

引用元:矢沢永吉(2014)『成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集』角川書店,改版25版,pp.78-79

 

 それで、最初は横浜に着いて、タコ部屋生活だったけど、アパートを借りられるようになった。
 ドラム・セットを引き取れるという自信がついたから、一度オレ、広島に帰った。
 でも、おばあちゃんの家にはなかった。答えたがらないわけよ、そのことについて。おばあちゃん、ただ困った顔してるだけで……。
 つきとめていったら、親戚のおじさんのとこにあった。
 意地悪としか言えない。
(中略)
 おじさんが出てきて……オレ言ったわけ。
「これは、おばあちゃんがオレに買ってくれたものだから返してくれ」いろいろ言った。
「おまえなんか、歌の世界かなんか知らんけど、そういうとこへ行って、何すンの?」そこまではいい。
 で「そうか、どうしてもドラム欲しいか」
 オレのドラム・セットだよ。
「売ってやる」と言った。
 親戚よ、オレの。「売ってやる」と言った。
 オレ、精いっぱいの声を、そこの玄関で張りあげた。
「おまえら、全員見とけ!」おまえという言葉を使った。
(中略)
 明るかった。よく晴れた昼間だった。
 涙がウワーッと流れた。そのままバスに飛び乗って、広島駅まで行ったよ。

引用元:矢沢永吉(2014)『成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集』角川書店,改版25版,pp.92-94

 

 この親戚とのエピソードと、おばあちゃんのドラム・セットの話を見た時は、思わず泣きそうになりました。悲しいとかひどいとか言うことではなく、とても人間らしいなあと思ったからです。そして、これほど悔しい思いをしてきた矢沢さんも、どこか引いた目で、冷静な言葉で語っているからです。

 この話には続きがあり、バンド活動に続いてソロとしても成功した矢沢さんは、広島と縁を切るべく、広島へ帰るのです。そこでのやりとりが、またなんとも言えず、心に響きます。

 

 だけど、親戚のことも、もう許せてきてね……。
 おじさんなんかの白髪になった哀れな頭みるとね、気持ちがドロップしてね。
 気づいたら許せていた、みたいな……。
 この間、オレ、自分の写真を全部回収してきたんだ。それは、広島と全く縁を切るってこと。おばあちゃんに線香あげて、おじさんたちにも会ってきた。泣くわけ、おじさんたち。むかしのことは忘れようとか……言う。
 オレは「ふざけるな」と思って行ったけど、まあ、夜中の三時まで酒飲んでね、『炭坑節』唄って、別れてきた。
 縁を切る、切らない。最後に、ひとつだけおじさんい言ってきたね。
「それは、オレにまかしてくれ。オレの気持ちひとつにしてくれ。そのうち三十なり四十なりになって、いろんなことが想い出になってくるようになったら、倅連れて遊びにくるから……」
 オレ、いい切れ方だと思う。人間、そう罪深いやつはいない。

引用元:矢沢永吉(2014)『成りあがり How to be BIG―矢沢永吉激論集』角川書店,改版25版,pp.73-74

 人を許すというのは、本当に大変なことだと思います。矢沢さんも、おそらく成功していなかったら、親戚を許せていたかどうかはわからなかったでしょう。同じような境遇にある人で、かつて自分にいじわるをした人物を許せる人は、どれくらいいるでしょうか? 何より先ず、自分がしっかりしていないとできないこと。それが許すことだと思います。

 

感想

 知人に薦められてたまたま読むことになったこの本。読んでみたら、これまで読んだ自叙伝の中でもかなり内容の良い本でした。矢沢永吉さんがどうしてこれほど人気があるのか、この本を読めばわかります。その波瀾万丈の人生と、バイタリティと、狡猾さ。この3つを見れば、誰もがYAZAWAのファンになってしまいます。非常に力のある本です。かなりおすすめです!

 

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