『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』レビュー・感想

2016年12月12日

<巷のトランプ関連本の中では出色の内容!>
1、時代が後押し押したトランプ・共和党の選挙戦略

ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢 (文春新書)

トランプとレーガンの共通点

 トランプとレーガンの比較を、アメリカのメディアはときおり論じる。
(中略)
 大統領選に名乗りを挙げたレーガンに対する舌鋒鋭いメディアの攻撃は、今のトランプへの批判とよく似ていた。
 レーガンと言えば、今では共和党の候補が少しでも自分を似せたいと思うカリスマ的対象であり、リンカーンと肩を並べるまでの「偉人」と目される神話的存在ともなったが、三〇年前の『ニューヨーク・タイムズ』はレーガンが共和党候補になることについて「まったく馬鹿げている」と切り捨てている。

引用元:
ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp17-18

 レーガンもトランプも「ワシントンのアウトサイダー」だった。二人ともワシントンの政治文化に属さず、民衆のために自由に発言する指導者というイメージを纏っていた。
 だが、最も重要なのは、トランプが意識的にレーガンを模倣しているという点である。
 トランプのスローガン””Make America great again””は一九八〇年の大統領選でレーガンが使った””Let’s make America great again””をほぼそのまま借用したものだ。

引用元:
ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp20-21

 

 大統領選前後で乱立するドナルド・トランプ関連本。その多くは、トランプ寄り(というより彼自身の自伝)の本とトランプ批判の本に大きく分かれる。特に日本では、中立的な立場で、トランプの人物像と大統領選を総合的に論じた本は非常に少ない。

 そんな中にあって、この本はバランスが非常に良い。巷で話題になっているトランプ本を適時引用しつつ、トランプの生い立ち、経歴、出馬に向けての背景、オバマとの関係、近年のアメリカ社会、トランプ躍進の裏側など、世の中が知りたい情報を専門的な立場からわかりやすく解説し、非常に納得のいく論を展開している。

 そのうち、初めの章における「トランプとレーガン」の一説が、上記の引用部分だ。

 本を読んでいくとわかるけど、トランプは間違いなくレーガンを意識しているし、レーガンが躍進した歴史を分析し、選挙戦での勝利に役立てている。おそらく、共和党全体で選挙戦の戦略を練る際に、レーガンの戦法を使うことを決めたのだと思う。トランプがレーガンと似ているというより、「レーガンの手法を拝借し、大統領選に勝利した」と言った方がいい。それが今の時代に予想以上にハマったのだろう。

オバマとカーター

 敬虔な福音はキリスト教徒で誠実さを絵に描いたような人柄だと言われているカーターと、知性の人であるオバマには似通った点がある。
 カーター同様、オバマ流の知性の政治は、優柔不断な印象を与え続けた。
(中略)
 オバマが知性主義なら、トランプは反知性主義を振りまく。法学者のオバマが慎重な言葉使いに終始するなら、トランプは政治的言語文化の破壊者となり、信じがたいような暴言を連発する。
 それもこれも、オバマ政治を弱さの象徴とみなし、「強い国家」への大衆の欲求を駆り立てるためだった。
「弱い大統領」の後で「強い大統領」になると売り込むトランプのアプローチは、かつてカーターを追い落としたレーガンの政治戦略を受け継いでいる。

引用元:
ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp22-23

 

 レーガンとトランプの相似は偶然ではない。トランプは意図してレーガンを真似ており、選挙の戦略においても参考にしている。過去の偉大な大統領の選挙手法を真似るだけでは大統領になれないが、2016年の選挙では時代がトランプの味方をした。アメリカ国内情勢、外交、現職大統領に対する国民の思い……あらゆる点でレーガンが当選した時と似ていたのだ。

 もちろん、トランプが「その時を待っていた」と考えることもできる。トランプは過去に大統領選挙への出馬の意志をちらつかせ、実際に演説をしたり、党の候補者レースに参加したこともある。これまでは、片足だけつっこんでチャンスがなければすぐ撤退、という姿勢だったトランプ。本業のビジネスのためのパフォーマンスだと人々は思っていたが、トランプは至って真面目に機会を伺っていたのかもしれない。

 今回の選挙でも、予備選や党の代表選出の際、トランプが撤退するのではという報道が何度もなされた。実際、彼自身もそのような言動を見せることもあった。もし劣勢なら、途中で撤退していた可能性だってあったのではないか? しかし、時代が彼を後押しし、想像以上に上手くことが進んでいった。共和党の代表になった時点で、彼はようやく腹を決めたんじゃないだろうか。

元映画俳優のレーガン、人気TV司会者のトランプ

 レーガンがソ連との対決を叫んだように、トランプもあえてアメリカの主敵を設定した。現代のアメリカの敵は、ヒスパニック系を中心とする不法移民とムスリムである。貿易問題では中国あるいはメキシコをエネミー・ナンバーワンとした。
(中略)
 かつてのレーガンがソ連に対抗するため、とても現実に構築できる代物とも思えなかった戦略防衛構想(SDI)を唱え、これに「スターウォーズ構想」という名を与えたように、トランプは不法移民を阻止するためにメキシコ国境に長大な壁を建設すると約束した。この壁の建設費は、メキシコ政府に負担させ、『トランプの壁』と名付けるそうである。

引用元:
ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,p.24

 レーガンとトランプはシンプルな言い回しで人々に訴えかける。問題があればシンプルな解決法を提案し、あくまで楽観的に、そして積極的にアプローチしていく。レーガンは元々映画俳優としてしられているが、トランプもまた2004年から始まったアメリカの娯楽番組で司会を務め、パフォーマーとしての地位を築いた。2016年の選挙はまさにパフォーマンスの勝利だった。

 推測が多分に含まれるものの、このように見ていくと、トランプは戦略家であり、時代を読む力を持っているのは間違いない。そして意外と現実主義者でリスクを嫌っていることもわかる。というより、いくら不動産業界で名を挙げたトランプでも、世界一の大国の大統領選挙ともなると、リスクを避けざるを得ない。そんなトランプも、今回ばかりは「イケる」と踏んだのだ。

 おそらく、このレーガンを模倣した選挙の戦略は、常に共和党が懐で温めていたアイディアだったのだろう。それが活きる時代が訪れ、そこにはトランプという良くも悪くもインパクトの有るパフォーマーがいた。トランプ自身も、かなり前から大統領選に興味を示しているところを見ると、レーガンへの意識はすでに頭のなかにあったのだろう。

 すべて計画通り、ということはないだろうが、計画が完璧なまでにハマった。トランプが好きかどうか、彼の言動に賛成か反対かはここで置いておく。まるで映画の脚本のような選挙戦が現実に行われ、名脚本家でもB級映画の監督でも、あるいはコメディ映画の監督でもなかなかイメージできないドナルド・トランプという男が超大国の大統領になった。これを実現したアメリカ共和党に、手放しで賛辞を送らざるを得ないと思うのは私だけだろうか……?