どうしてトランプは大統領になれたか!?[レーガン,オバマ,キリスト教福音派]

2018年1月15日

トランプ政権誕生の裏側に迫る!

ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢 (文春新書)

もくじ

1. 時代が後押し押したトランプ・共和党の選挙戦略
  • トランプとレーガンの共通点
  • オバマとカーター
  • 元映画俳優のレーガン、人気TV司会者のトランプ
2. “マイノリティーの白人”を味方につけたトランプ
  • “マイノリティー”になる白人
  • 白人への逆差別
  • キリスト教福音派
3. 選挙戦出馬はビジネスのためだった?
  • 本人も予想していなかったトランプ旋風
  • これまでに何度もあった出馬表明
  • 二度目の出馬表明
4. トランプは20世紀最後の大物”芸人”
  • 最後の”大物タレント”ドナルド・トランプ
  • 学生運動とビートたけし
  • 軍隊学校と浜田雅功

1. 時代が後押し押したトランプ・共和党の選挙戦略

トランプとレーガンの共通点

 トランプとレーガンの比較を、アメリカのメディアはときおり論じる。
(中略)
 大統領選に名乗りを挙げたレーガンに対する舌鋒鋭いメディアの攻撃は、今のトランプへの批判とよく似ていた。
 レーガンと言えば、今では共和党の候補が少しでも自分を似せたいと思うカリスマ的対象であり、リンカーンと肩を並べるまでの「偉人」と目される神話的存在ともなったが、三〇年前の『ニューヨーク・タイムズ』はレーガンが共和党候補になることについて「まったく馬鹿げている」と切り捨てている。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp17-18

 レーガンもトランプも「ワシントンのアウトサイダー」だった。二人ともワシントンの政治文化に属さず、民衆のために自由に発言する指導者というイメージを纏っていた。
 だが、最も重要なのは、トランプが意識的にレーガンを模倣しているという点である。
 トランプのスローガン””Make America great again””は一九八〇年の大統領選でレーガンが使った””Let’s make America great again””をほぼそのまま借用したものだ。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp20-21

 

 大統領選前後で乱立するドナルド・トランプ関連本。その多くは、トランプ寄り(というより彼自身の自伝)の本とトランプ批判の本に大きく分かれる。特に日本では、中立的な立場で、トランプの人物像と大統領選を総合的に論じた本は非常に少ない。

 そんな中にあって、この本はバランスが非常に良い。巷で話題になっているトランプ本を適時引用しつつ、トランプの生い立ち、経歴、出馬に向けての背景、オバマとの関係、近年のアメリカ社会、トランプ躍進の裏側など、世の中が知りたい情報を専門的な立場からわかりやすく解説し、非常に納得のいく論を展開している。そのうち、初めの章における「トランプとレーガン」の一説が、上記の引用部分だ。

 本を読んでいくとわかるけど、トランプは間違いなくレーガンを意識しているし、レーガンが躍進した歴史を分析し、選挙戦での勝利に役立てている。おそらく、共和党全体で選挙戦の戦略を練る際に、レーガンの戦法を使うことを決めたのだと思う。トランプがレーガンと似ているというより、「レーガンの手法を拝借し、大統領選に勝利した」と言った方がいい。それが今の時代に予想以上にハマったのだろう。

オバマとカーター

 敬虔な福音はキリスト教徒で誠実さを絵に描いたような人柄だと言われているカーターと、知性の人であるオバマには似通った点がある。
 カーター同様、オバマ流の知性の政治は、優柔不断な印象を与え続けた。
(中略)
 オバマが知性主義なら、トランプは反知性主義を振りまく。法学者のオバマが慎重な言葉使いに終始するなら、トランプは政治的言語文化の破壊者となり、信じがたいような暴言を連発する。
 それもこれも、オバマ政治を弱さの象徴とみなし、「強い国家」への大衆の欲求を駆り立てるためだった。
「弱い大統領」の後で「強い大統領」になると売り込むトランプのアプローチは、かつてカーターを追い落としたレーガンの政治戦略を受け継いでいる。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp22-23

 

 レーガンとトランプの相似は偶然ではない。トランプは意図してレーガンを真似ており、選挙の戦略においても参考にしている。過去の偉大な大統領の選挙手法を真似るだけでは大統領になれないが、2016年の選挙では時代がトランプの味方をした。アメリカ国内情勢、外交、現職大統領に対する国民の思い……あらゆる点でレーガンが当選した時と似ていたのだ。

 もちろん、トランプが「その時を待っていた」と考えることもできる。トランプは過去に大統領選挙への出馬の意志をちらつかせ、実際に演説をしたり、党の候補者レースに参加したこともある。これまでは、片足だけつっこんでチャンスがなければすぐ撤退、という姿勢だったトランプ。本業のビジネスのためのパフォーマンスだと人々は思っていたが、トランプは至って真面目に機会を伺っていたのかもしれない。

 今回の選挙でも、予備選や党の代表選出の際、トランプが撤退するのではという報道が何度もなされた。実際、彼自身もそのような言動を見せることもあった。もし劣勢なら、途中で撤退していた可能性だってあったのではないか? しかし、時代が彼を後押しし、想像以上に上手くことが進んでいった。共和党の代表になった時点で、彼はようやく腹を決めたんじゃないだろうか。

元映画俳優のレーガン、人気TV司会者のトランプ

 レーガンがソ連との対決を叫んだように、トランプもあえてアメリカの主敵を設定した。現代のアメリカの敵は、ヒスパニック系を中心とする不法移民とムスリムである。貿易問題では中国あるいはメキシコをエネミー・ナンバーワンとした。
(中略)
 かつてのレーガンがソ連に対抗するため、とても現実に構築できる代物とも思えなかった戦略防衛構想(SDI)を唱え、これに「スターウォーズ構想」という名を与えたように、トランプは不法移民を阻止するためにメキシコ国境に長大な壁を建設すると約束した。この壁の建設費は、メキシコ政府に負担させ、『トランプの壁』と名付けるそうである。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,p.24

 レーガンとトランプはシンプルな言い回しで人々に訴えかける。問題があればシンプルな解決法を提案し、あくまで楽観的に、そして積極的にアプローチしていく。レーガンは元々映画俳優としてしられているが、トランプもまた2004年から始まったアメリカの娯楽番組で司会を務め、パフォーマーとしての地位を築いた。2016年の選挙はまさにパフォーマンスの勝利だった。

 推測が多分に含まれるものの、このように見ていくと、トランプは戦略家であり、時代を読む力を持っているのは間違いない。そして意外と現実主義者でリスクを嫌っていることもわかる。というより、いくら不動産業界で名を挙げたトランプでも、世界一の大国の大統領選挙ともなると、リスクを避けざるを得ない。そんなトランプも、今回ばかりは「イケる」と踏んだのだ。

 おそらく、このレーガンを模倣した選挙の戦略は、常に共和党が懐で温めていたアイディアだったのだろう。それが活きる時代が訪れ、そこにはトランプという良くも悪くもインパクトの有るパフォーマーがいた。トランプ自身も、かなり前から大統領選に興味を示しているところを見ると、レーガンへの意識はすでに頭のなかにあったのだろう。

 すべて計画通り、ということはないだろうが、計画が完璧なまでにハマった。トランプが好きかどうか、彼の言動に賛成か反対かはここで置いておく。まるで映画の脚本のような選挙戦が現実に行われ、名脚本家でもB級映画の監督でも、あるいはコメディ映画の監督でもなかなかイメージできないドナルド・トランプという男が超大国の大統領になった。これを実現したアメリカ共和党に、手放しで賛辞を送らざるを得ないと思うのは私だけだろうか……?

2. “マイノリティーの白人”を味方につけたトランプ

“マイノリティー”になる白人

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋

 二〇一五年三月に米国国勢調査局が発表した人口動態予測によれば、アメリカの多数派を占めてきた非ヒスパニック系の白人は二〇四四年に初めて最多数の人種ではなくなり、マイノリティーのカテゴリーに入る。
 一八歳未満の若年人口では、白人の子供がマイノリティーとなる時期はそれよりもはるかに早く、二〇二〇年には五割を割り込む。

(p.162)

 緊張関係にある出生率の低い民族と、子沢山の民族が同じ土地に住んでいる場合、数の上で劣勢になっていく民族の不安は想像以上に大きくなる。
 それは、生物としての根源的な不安であるかもしれない。
(中略)
 トランプは、人間の実存的な恐怖に訴えかけ、憎悪を煽るのがうまい。

(p.164)

 リーマンショック以降、経済的に最も打撃を受けたのが白人の非熟練同労者だった。ヒスパニック系をはじめとする移民の非熟練労働者と仕事を争い、敗れていくのが白人の中年男だと云われる。そのような置き去りにされた白人の男たちがトランプの中核的支持者層になっているというのが定説だ。
 白人男性の自殺率は急激に高くなっている。とりわけ、中行為年の自殺散率が高く、その中でも大学卒業の学歴を持っていない階層の自殺が多いという。(※本の中では以下に米国質病管理予防センターのデータが続く)

 (p.166)

 元々移民の国だったアメリカは、そうは言ってもヨーロッパにルーツを持つ白人が中心の国だった。しかし、その白人が黒人やヒスパニック系の白人に追いやられ、ついにはマイノリティー(少数派)に落ち込んでしまう。アメリカが人種のサラダボウルだということを考慮しても、これは驚くべきことだ。

 日本でも最近は中国人や韓国人の旅行客の数が非常に多くなった。日本は島国で人口構成も日本人が圧倒的多数ということもあるが、たったそれだけのことで、爆買いやらマナーの悪さなど、非常に多くのトラブルが目立つようになった。同じアジア系の移住者がちょっとと旅行者の急増だけでこのザマだ。

 アジア系の民族の中でも、特に日本の国民性とギャップが大きいのは中国人だろう。いいか悪いかは別として、自己主張が強く、話し好き、大雑把、金の使い方も日本人とは全く違う。拝金主義なところがあり、欲しいものにはとことん金をかける。その一方で、金を持っていても旅行中の食事は安く済ませるところもあり、やはり感覚がぜんぜん違う。そんな中国人には、何か底知れぬバイタリティーやしぶとさを感じる。いざ日本人が中国人と競走することになったら、優位に立てるのは勤勉さや細やかさ、あるいは先に先進国になったというハンディくらいだ。まともに戦ったら勢いで負けてしまうと感じる。

 本格的に中国人が日本に移民として流れてきたら、かなりの脅威を感じるはずだ。アメリカではそのようなことが、現実に起こりつつあるのだ。

白人への逆差別

 日本で「言葉狩り」「自主規制」という言葉があるように、アメリカには差別的な表現や行動を控えようという「ポリティカル・コレクトネス(PC)」という言葉があるそう。そして、アメリカでは過度のPCが問題視されている。特にアメリカでは、人種や宗教、性のあり方も多用ということで、過度にPCが進んでしまうところがある。

 例えばアメリカは長い間黒人差別の問題がある。最近ではここにヒスパニックやイスラム系の人々が加わる。最初は彼らへの差別をなくそうとするのだが、それがいつのまにか行き過ぎてしまい、彼らを優遇しアメリカの白人は冷遇されるという、いわゆる逆差別に変わってしまう。これがアメリカ国内で問題になっており、非ヒスパニック系の白人は不満を膨らませていた。その受け皿となったのがトランプだという話がある。

(2016年6月に起こった、ムスリムの若者によるフロリダ銃乱射事件について)

 トランプは九・一一後、最悪のテロ事件となった今回の惨事はアメリカへの憎悪に凝り固まったイスラムの教義体系に根ざしたものであると決めつけ、「過激イスラム」「テロリズム」を区別せず、「過激イスラム・テロリズム」という言葉を口にしている。
 オバマやヒラリー・クリントンは「イスラムもまたテロリズムの犠牲者である」との思考だが、トランプはこれこそがPCの弊害であり、断乎拒否すると言っているわけである。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,p.182

  現在のアメリカでは、宗教の面ではイスラム教徒とどう向き合うか、経済や雇用の面ではメキシコとどう向き合うか、という問題に悩まされている。イスラム教徒に寛容になりすぎると、テロリストが入り込む余地を与えてしまう。メキシコの安い労働力を利用すれば、アメリカ人の雇用が失われる……といったものだ。このような問題を語る際、大統領をはじめとして多くの政治家は中立的な立場から発言し、決してどちらかに肩入れしない。雇用の面では多少の偏りは許容されるが、テロや犯罪についてはそうはいかない。あくまでも悪いのは「テロリスト」や「犯罪者」であり、イスラム教とは結び付けないようにして語る。

 しかし、多くのアメリカ人が苦しんでいるのに、いつまでたっても中立を気取る政治家達に、国民は嫌気が差したというわけだ。そこにトランプが表れ、気持ちを代弁するかのように暴言を吐く。トランプをただの暴言王、差別主義者と片付けるのは簡単だ。しかし、その暴言の裏には、不満をつのらせた国民の本音が隠されている。

キリスト教福音派

 キリスト教福音派という、アメリカの政治動向を左右する一大勢力がトランプを大挙支持するかどうかを見極めることは、11月大統領選挙を展望する上での難問である。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,p.190

 福音派というのは、新約聖書のうち福音書、つまりキリストの言行録を絶対視するという派閥。そこからわかる福音派の特徴は、まずは①「教義に厳格」ということ。そうなると自然と、②「他宗教に対しては不寛容」ということになる。それは政治的な考えにも影響を与え、③「保守派」となる。

 アメリカの政党で言うと、保守系は共和党。リベラル系は民主党となる(だからといって、福音派が必ずしも共和党ということではない。共和・民主両方に福音派はいるし、共和党の中にもリベラルに近い考えの人もいる。政治的にも宗教的にもいろいろな派閥があって、そのうちの一つが福音派ということ)。したがって、福音派は「保守的」という点で共和党の考えに近い。そして、2016年を含めて、これまでの大統領選でも福音派が鍵を握ることが多かった。

 福音派は1970年代以降、キリスト教の価値観を広げていくための政治運動に向けて組織化されるようになった。メディアはこの政治運動に「宗教右派」の呼び名をつけた。
 宗教右派は、人工中絶の禁止、同性婚の禁止などの実現を目指した。
 1980年の大統領選では、宗教右派も取り込んだレーガン大統領が圧勝し、宗教右派はその後、共和党の大票田となる。レーガンが再戦をかけて戦った84年の大統領選も、レーガンは宗教右派の圧倒的な支持を背景に再び勝利を収めた。
 福音派の信仰を持っていることで知られるジョージ・W・ブッシュも、2004年の大統領選で宗教右派の強力な支援を受けて再選を果たした。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp192-193

 いろいろな派閥が出てきてややこしいので、ちょっと羅列してみる……

  • 共和党、保守派、福音派、宗教右派、ドナルド・トランプ
  • 民主党、リベラル派、マスコミ、ヒラリー・クリントン

 かなりざっくり分けると、大統領選のニュースで出て来る派閥を二分するとこうなる(と思う)。ただ、注意しておかなければならないのは、トランプは福音派の票を「掘り起こした」という点だ。福音派は気に入った候補者がいないと「投票に出かけない」のだ。

 マイノリティーの票を手にしようとすれば、どうしてもリベラル色がにじみ出て、保守票が逃げる。これは共和党の白人候補が毎度直面するジレンマである。
 そこでトランプは、作戦を見直したと思われる。白人のキリスト教の票を掘り起こせば、ヒスパニック系や黒人の票を失っても、十分、埋め合わせができるという計算を立てた。
(中略)
 2015年時点で、アメリカの人口約3億1000万人のうちざっと三分の一が福音派とされる。つまり、福音派は一億人以上にも上る計算になる。
(中略)
 南部の福音派は、選挙では牧師や説教師の指示に従う場合が少なくない。福音派の教会が積極的に動かないと、信徒たちが投票に出かけないことは珍しくないという。
 したがって、共和党候補は福音派という山を何とか動かそうとする。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp194-195

 トランプがヒスパニックを初めマイノリティーを敵に回すような発言をしながら選挙に勝ったのは、このような計算があったからだ。福音派は大きな集団でありながら、社会においてマイノリティーの側面を持ち始めている。言わば、黒人、移民に続く第三のマイノリティーだ。そこに目をつけ、歴代の共和党候補がしたように福音派の票を掘り起こす。トランプの暴言や差別も、ある意味で計算されたものだったのかもしれない。

 キリスト教を中軸とするアメリカの文化が、多文化、多民族、他宗教を重んじる今の社会秩序を前に、大きく後退してしまったという怒りを伴う認識である。そうした怒りを持つキリスト教徒は、トランプを支持するようになりつつある。
 本来、白人の怒りは宗教右派のクルーズが受け皿になると思われたが、政治経歴が長いことが逆に仇となった。
 トランプは政治経験が皆無であることが逆に有利に働き、怒れる白人キリスト教徒によって「真のアウトサイダー」であり、「ワシントンに対する本物の反逆児」と認められる素地ができていた。
 その際、トランプの野卑な言葉使いも意表をついた効果をもたらした。
(中略)
 予備選の最中、トランプはテキサス州での選挙集会に牧師を呼び、数千人の支持者を前にしてキリスト教の価値を守ると誓約した。
(中略)
 このとき、トランプは「粗野だが愛すべきキリスト者」に扮することに成功した。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp196-197

 トランプの大統領選勝利は、この白人層の力が非常に大きかったのだろうと思う。考えてみれば、21世紀は「グローバル」の時代で、多民族にも他宗教にも「寛容」であることが求められてきた。いつのまにかそれが当たり前になっていた。ところが、それらに寛容になるあまり、自分の国、自分の宗教、自分の民族がないがしろにされ、いわゆる逆差別の状態が生じてきた。

 自分を捨ててでも全体の利益を優先するか。それとも、自分を大切にするか。全体を考えて寛容になるには「余裕」が必要になる。ところが、現在の世界にははっきり言って余裕はない。先進国は成熟しきって高齢化や格差といった問題が生じ始め、残された途上国の成長を先進国が奪い合うという状況だ。そんな中で、余裕を持てる国はどれくらいあるだろうか? アメリカもそれは同じで、世界のリーダー役をこれまで通り続けていく余裕は無いのかもしれない。現在のルールはまだ余裕があった20世紀末、あるいは今よりは希望があった21世紀の初めの数年につくられてものだ。そんな世界の状況を象徴しているのが、今回の大統領選であり、ドナルド・トランプの大躍進なのだと思う。

3. 選挙戦出馬はビジネスのためだった?

本人も予想していなかったトランプ旋風

 二〇一六年一一月の大統領選で共和党候補の座を手にしたドナルド・トランプは、最初は予備選を勝ち抜くことを望んでいなかった。
 大統領選に出馬したのは、ビジネスのための宣伝になればいいと思っただけで、現状に不満を持つ人々のうねりが、まさか自分を共和党候補の座に押し上げるとは予想していなかったようだ。
「予備選は二番で終わればいい」
 出馬を計画していたトランプは、政治献金管理団体(PAC)の女性ストラテジストにそう指示した。二〇一六年三月、トランプに嫌気が差して陣営を離れたこの助成がブログでそう暴露している

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,p.132

 トランプは選挙戦のゴールをはっきり説明した。
「目標はニケタの得票率、そして二番になることだ」
 トランプにしてみれば、ワシントンのエリート政治に対する「声なき草の根の大衆」の不満を引き受け、善戦したという結果が出れば満足だった。
 二番なら上出来であって、大統領候補者レースに参加し、それなりの戦いを演じたという実績があれば、その後のビジネスに役立つ、という程度に考えたとみられる。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,p.133

 確かなソースも示されているこの箇所。少なくとも予備選の前まで、トランプは「本気」ではなかったのだ。トランプはこれまでにも、大統領選への出馬を明言し、ビジネスに役立ててきたという過去をもつ。

 共和党も、同じく予想はしていなかっただろう。しかし、トランプは予備選を勝ち抜き、民主党のヒラリーと一騎打ちすることとなった。共和党は今回の選挙に向けて、レーガンがかつて取った選挙戦の戦略を温めてきたのだと思う。あとは強い候補者を育て、彼に戦略を授けるだけ……そこで予想に反して、ドナルド・トランプが登場した。

 共和党の主流派の考えを持つそこそこの候補と、主流派の考えとは合わなくとも票を集める力のある候補。「野党」の共和党からすれば、後者のほうが魅力的だったのだろう。トランプが正式に共和党の代表者となった時点で、党も腹を決め、トランプを勝たせようとなった。そこで、レーガン時代の戦略とトランプのキャラクターがまさかの化学反応を起こし、前代未聞の逆転勝利を収めた。偶然と必然が上手く絡み合って、ドラマチックな選挙戦になったというわけだ。

これまでに何度もあった出馬表明

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋

 レーガン政権二期目がも間もなく終わり、翌一九八八年に大統領選挙を控えていた八七年九月、当時四一歳のトランプは突然、『ワシントン・ポスト』紙や『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ボストン・グローブ』紙に全面広告を出し、アメリカの外交政策が根本的に間違っていると訴えた。
(中略)
 日本など同盟国に金を支払わせようというシビアな孤立主義は、「政治家トランプ」の原点となっていた

(pp134-135)

 有力紙に全面広告を出したことで、トランプは大統領選に出馬する意図があるとうわさされたが、その直後の八七年一〇月、トランプは実際に、次期大統領候補に出ないかという誘いを受けた。
(中略)
 招きに応じたトランプは、ポーツマスのレストランで五〇〇人の聴衆を前にスピーチした。
(中略)
  トランプにとっては、今も昔も安全保障は「ビジネスの種」なのである。日本に米軍駐留経費を払わせることは、「政治家トランプ」の数少ない政策の中で珍しく一貫している。

(pp136-137)

 この一九八七年に、トランプがやおら政治的に活発になったのは、この年に刊行した初の自伝の販売促進のための宣伝活動の意味もあった。
(中略)
 トランプが本業以外で目立った動きを見せるときは、大概、商売上の狙いがあると考えておいてまず間違いない。

(pp137-138)

 今から約30年前、トランプは政治、そして大統領を意識した活動をしていた。そして、そこでの主張は今と変わらず、同盟国への圧力、金銭の要求であった。そして、あくまで本業があって、その宣伝のためのパフォーマンスでしかなかった。

 さて、この頃、つまり80年代末のトランプは、事業を広げすぎて負債を抱えるようになっていた。そして、90年代はトランプにとって低迷期となった。関連企業を複数回破産させてもいる。かつて有名なフォーブス誌において、いわゆる「金持ちランキング」に名を連ねていたが、その名前も消えていた。トランプが復活するのは90年代の後半になってから。「金持ちランキング」に名を連ねるようになり、続いて政治活動も再開する。

二度目の出馬表明

 トランプは99年秋に共和党から改革党に鞍替えし、2000年の大統領選に向けて、党の候補者を目指した。

 このころからトランプは、エスタブリッシュメントを批判すれば人気が出ることを覚え始めた。ブッシュも民主党候補のアル・ゴアも、いずれもアイビーリーグの卒業生であり、「普通の人々」の気持ちは分からないと攻撃した。

(pp145-146)

 トランプはこの時期の二〇〇〇年初め、”The America We Deserve”というタイトルの本を出していた。
 トランプの選挙戦は、メディアに登場するのが主な目的で、それによってほんの販売を促進しようという意図は明らかだった。トランプはまともな選挙演説をほとんど行わず、代わりに有料のビジネスセミナーを開き、人を集めていたといいう。
(中略)
 だが、出馬は最初から本の宣伝とセミナーの会費納入、カジノへの誘導が狙いであり、大統領選挙出馬は決して真剣なものではなかったのではないかと言われ続けている。

(pp146-147)

 ビジネスのためとは言え、定期的に選挙に関わってきたトランプ。彼の頭の片隅に、いつか本気で大統領を目指す日が来る、という考えがあったのではないかと思う。

4. トランプは20世紀最後の大物”芸人”

最後の”大物タレント”ドナルド・トランプ

 ドナルド・トランプを始めて見た時、政治家や実業家としての能力は判断がつかなかったけど、一つだけ確信できるものがあった。それは「タレントとしては超一流」ということ。暴言を吐きまくり、時に一線を超えてメディアが猛烈に批判する。日本ならこの時点でタレントとして死を迎える。総スカンを食らい、ゴールデンからは姿を消すだろう。しかし、そこでトランプはさらに暴言を吐く。それを見ている民衆はまさかの行動にひるんでしまう。そして気がつけば、彼のファンが以前より増えている。

 暴言はもとより、トランプは表情や仕草もインパクトがすごい。体もスポーツ選手のようにでかく、立ち振舞も堂々としている。彼がテレビに登場するだけで、なぜかわからないが視聴者は釘付けになってしまう。これほど存在感のあるタレントが、現在の日米の芸能界にどれだけいるだろうか? 日本で言えば、昭和の国民的スタークラス。その中でもトップスターに匹敵する存在感だ。

 トランプは1946年生まれ。終戦が45年、47年から49年生まれが団塊の世代である。芸能界を見れば、ビートたけし、志村けん、タモリ、笑福亭鶴瓶といったお笑い界の超大物がこのあたりの世代となる。このうちビートたけしは47年1月生まれなので、早生まれということでトランプと同学年。そして、ビートたけしは志村けん、笑福亭鶴瓶と同期となっている。

世界の北野とドナルド・トランプ

 それがどうしたということではないが、私は個人的にトランプをこれらの団塊世代芸人と並べて見てしまう。日米の違いはあり、トランプはそもそも不動産業を営む実業家である。しかし、トランプをそこに並べても遜色ない気がする。仮に今回の選挙で敗れていても、その評価は変わらない。しかし、トランプは勝利し「次期大統領」の椅子を手にしたのである。

 何だかよくわからないが、これほど「スケールのデカい」奴はいるだろうか? 日本には一人いる。芸人として天下を取り、メディアと警察を何度も敵に回し、自らも事故で死の淵をさまよい、それでも何度も復活し、映画監督として世界的な成功を収めた北野武。経歴だけ見て、トランプと張り合えるのは彼くらいだろう。

 日本に首相を決める国民投票があれば、北野武は間違いなく当確だ。そしてトランプは、アメリカの現実に行われた大統領選挙で勝利したのだ。アメリカの全メディアと国民の半分を敵に回し、名だたるハリウッドスターにクソ味噌にこき下ろされ、日本ではハナから「悪者」扱い。それどころかもはや「犯罪者」扱い。その完全なる劣勢の状況でも、大衆の心を鷲掴みにし、数千万の票を集める男。これを「タレントパワー」と呼ばずなんと呼ぼうか?

 この先アメリカの政治や経済、世界経済、外交問題がどうなるかは知らない。しかし、間違いなく言えることは、トランプは「20世紀最後の大物タレント」ということだ。遅れてきたスター、遅れに遅れ、21世紀も20年が経とうとする時にようやく全盛期を迎えたスター「ドナルド・トランプ」である。

学生運動とビートたけし

 ペンシルベニア大学へ編入したのは、大学を出ていない父フレッドが、息子にはぜひともアイビーリーグの名門に入ってもらいたかったためとも云われる。
 ――大学に進学できなかったフレッドは、成功してお金を持つと、自分の弟ジョン(ドナルド・トランプの叔父)に学費を出した。ジョンはマサチューセッツ工科大学で博士号をとり、物理学の教授となった。フレッドは学歴への憧憬が強く、学歴親交は実はトランプの価値体系にしっかりと刻み込まれている。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp76-77

 大学生活を送っていた一九六〇年代後半はベトナム反戦運動が盛んだったが、トランプは学生の抗議活動や反戦運動には首を突っ込まない、ノンポリ学生でもあった。
(中略)
 クラスメートは「彼は目立たないが、実にいいやつだった。彼はわざと目立たないようにおとなしくしていた。自分のことを話すこともなかった」と証言している。
(中略)
 この時期のトランプは、授業が終わると自分のアパートに戻り、漫然とテレビを見て、そして寝る暮らしをしていた

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp79-80

 国は違えど同じ時代に生きた人間同士、共通するところがあるのだろうか。ビートたけしとトランプの共通点がここに見えてくる。ビートたけしは教育熱心な母親に育てられ、明治大学に進学した。その影響を他の家族も受け、兄の北野大は大学教授だ。アイビーリーグは、明治大学を含む日本の東京六大学に例えられることもある。首都の名門大学郡であり、大学間のスポーツ大会も盛んなことがその理由だ。これだけ見ても、なんとも共通点が多い。

 さらに、トランプと同じくビートたけしも、大学に入って学生運動と直面することとなる。若かりしビートたけしは学生運動の雰囲気が肌に合わず、授業にはほとんど出ず、新宿のジャズ喫茶に入り浸る生活を送った。この点も、何故かトランプの学生時代と重なるところがある。

 おそらくこれは、時代の影響が強いだろう。同じ時代に生まれて名門大学に入ったものの、学生運動が肌に合わず、大学と距離を置いていた人はたくさんいたのだろう。一方は日本の芸能界で、もう一方はニューヨークの不動産業界で名を挙げた。一方は破天荒な芸に加え、不祥事と事故を繰り返しながら何度も復活。もう一方は、3度も破産しながらその度復活し、今でもニューヨークに自分の名前のついた高層ビルをいくつも持つ。一方は芸人の枠を超え、世界的映画監督と国立大学教授になり、日本のご意見番であり永遠の毒舌王。もう一方は、アメリカの大人気テレビ司会者となり、大統領選に出馬。暴言と差別発言を連発しながら、元ファーストレディーの政治家を打ち破り、次期大統領の座を手にした。

 間違いなく言えるのは、両者ともスケールがデカいということだ。常人とは桁違いの器をもっているのだ。

軍隊学校と浜田雅功

 ミリタリー・アカデミーは、規律への服従を骨の髄まで叩き込む。全寮制の下、士官候補生たちは夜明けに近い時刻に起床し、大急ぎで制服に着替え、朝食の食堂で隊伍を組んで行進する。食事中は姿勢を正し、定められた角度で腕を曲げてフォークを口に運ばねばならない。
 トランプは、そうした軍隊式生活の中で頭角を現そうとした。
(中略)
 トランプは自ら鬼軍曹のように振る舞い、身の回りの整理がなっていないクラスメートに『気合い』を入れることもあった。

引用元:『ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢』佐藤信行,2016,第3刷,文藝春秋,pp73-74

 さらに時代を遡る。悪ガキとして有名だったトランプは、思春期を迎えた頃に両親の意向によって軍隊式学校に入学することになった。そこで鬼軍曹と出会い、学校内で地位を築いていった。

 全寮制の規律の厳しい学校で頭角を現す……これを見て、すぐに思いついたのはダウンタウンの浜田雅功だ(参考:「浜田雅功 日生学園」)。どのような世界においても、必ず必要になるのは図太さ。精神的なタフさである。これがあればどこでもある程度やっていけるし、これがないと人間はそこそこで終わってしまうだろう。別の言い方をすれば、何らかの分野で名を挙げる人物は、例外なく精神的にタフである。浜ちゃんこと浜田雅功は、高校時代を全寮制のスパルタ学校で過ごし、そこで鬼の副学寮長として名を挙げた。その後松本人志を誘って吉本入りし、その後の活躍は説明不要である。

 人間の精神的な強さは、思春期をどんな環境で過ごすかによって大きく左右される。就職活動で体育会系の生徒の需要が高いのは、若い頃から体育会系の厳しい上下関係を体験してきたからである。先輩や監督の理不尽な要求に耐え、シビアな競争社会を耐え抜き、当然ながら肉体的にもタフさが求められる。思春期に抑圧された環境に慣れておくと、精神年齢がぐっと高くなり、早い段階から自分の将来のビジョンを明確にするものである。

 ビートたけしのようなスケールの大きさを持ち、浜ちゃんのようなタフさもある。これが最後の大物芸人「ドナルド・トランプ」である。ちなみに、トランプの父親は不動産業を営んでいたが、元は職人からスタートしている。そして、ビートたけし・浜田雅功の父親も、揃って職人、ペンキ屋だった。