伝統芸能と色彩美の愛!『Dolls(ドールズ)』北野武 – あらすじ[解説,考察,感想]

2017年12月23日

日本の四季と色彩美!
ロシアで2年のロングランを記録したラブストーリー!

Dolls[ドールズ] [DVD]

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  • 2002年10月12日公開(北野武監督9作目)
  • 監督・脚本:北野武
  • 出演者: 菅野美穂西島秀俊
  • 音楽:久石譲
    ※北野映画への参加は今作が最後
  • ロシアにて大ヒットを記録。以降、ロシア国内でのCM出演や講演会、2008年にはモスクワ国際映画祭の特別功労賞を受賞するなど、ロシアでの知名度は非常に高い。
  • 作中の衣装は山本耀司が担当

北野武監督まとめ

あらすじ/ストーリー

 

 唐突に始まる、近松門左衛門の人形浄瑠璃「冥土の飛脚」。飛脚問屋の養子忠兵衛が遊女に入れあげ、峰の金に手を付けて女を身請けし、二人で逃避行するという物語。簡単に言えば、金持ちのボンボンが訳アリの女に恋をし、親父の金に手をつけて女と駆け落ちする……といったところだうか? この伝統芸能の演目から、一つ、また一つと、物語がつむぎだされる。

 自身の出世のため、松本(西島秀俊)は勤め先の社長令嬢と結婚することになる。しかし、彼には、婚約していた佐知子(菅野美穂)という恋人がいた。突然の出来事に佐知子はショックを受け、自殺未遂の末に記憶喪失に。結婚式当日にその話を聞かされた松本は、式場を抜け出し、病院から佐知子を連れ出した。もはや意思疎通すら不可能な佐知子と、路上生活を始める二人。彼女がどこかへ行ってしまわないよう、お互いを赤いロープで結び、車も捨て、二人はあてどもなく彷徨い歩き続ける。

 お互いを赤い糸で結び付けた二人。事故で片目を失い、表舞台から去ったアイドル(春奈(深田恭子))と、変わらず彼女を思い続けるファンの男。引退を決意したヤクザの親分の前に現れた、遠い昔に離れ離れになったかつての恋人。数奇な運命で引き寄せられた三組の男女。行き着くのは、幸福か、それとも。

解説,考察,感想

キタノブルーをあえて捨てた素晴らしき色彩美

 この作品の面白さは、何と言っても「色彩美」。キタノブルーが有名だけど、この映画ではそれと共に鮮やかな色彩が前面に押し出されている。確か当時、高画質のテレビのCMにも使われていたような気がする。一瞬で観るものを惹きつけるようなシーンが、たくさんある作品だ。

伝統芸能の引用による効果

 もう一つ、冒頭で唐突に始まる人形浄瑠璃が、今作の演出の核になっている。伝統芸能を作品のエッセンスとして使うと、それが持つ歴史とか背景が作品に流れ込んで来て、一気に味わいが深まる。物語の終盤では、逃避行した二人が「冥土の飛脚」の恋人の衣装着るというシーンもあって、そこも表現方法としてとても面白い。

作品の幅を広げた時期の異色作

 北野映画の中でも異質な本作。「HANA-BI」で世界的名声を得た後、「菊次郎の夏」を挟んで、「BROTHER」では自身の作風をアメリカナイズし、本作では伝統芸能と表現美を探求。そして次作「座頭市」ではエンターテイメントを追及。それまでの監督生活の中で頭に貯まっていたアイディアを、これらの作品でいろいろ試してみたのではないだろうか。そして、そのどれもが素晴らしい作品として仕上がっているのがすごいところ。

北野武監督のインタビューから見る『Dolls(ドールズ)』
(解説・撮影秘話・映画論)

引用元:「物語」(北野武)より

映画のアイディアやテーマについて

  • 「Dolls」は、もともと浅草の、つながり乞食って言われた人たちの話なのね。ふたりともおかしくなってて、お互いをヒモで縛っちゃって、浅草の町を歩いてて。ヒモがクイにひっかかったりなんかして、みんなに笑われる、っていうような。ちょっと見たことあんだよね。
  • 基本的には、情景描写だけでやりたいと思ったのね、あんまりセリフは言わずに。(中略)基本的には映像美で。山本耀司さんに衣装をまかせたりなんかして。とてもあり得ない恰好なんだけど、あれが映画として、きれいに、うまくいけばなあと思ったんだよね。
  • やっぱりあの、桜のシーンと、紅葉のシーンだね。ふたりが赤いヒモで、電車ごっこみたいな形でつながってて。で、ふたりが移動するところの、バックの景色がどうなるかっていうのは、すごい気にしたから。

 北野映画の特徴の一つであるセリフの省略。本作ではセリフの省略の一方で、空いた隙間を映像の美しさで埋めるという手法を取っている。言わば、これは紙芝居のようなものだ。絵を見せられて、完結なストーリーを聞いていく。紙芝居のセリフなど、つなぎ合わせてまとめて見ても大した分量はない。それなのに、見終わった後は物語の大きな世界が頭に残る。

文楽、人形浄瑠璃について
感情移入をあえて阻む描き方

  • 最初に文楽、人形浄瑠璃が出るじゃない? 基本的には文楽の、まあ、心中物だからね。文楽人形って、多分に意思がありそうに見えるじゃない。だから、パッと人形だけ映して。人形は、操られてるんだけど、操る人たちがいなくなっても、人形が意思を持った感じでうまく撮れねえか、ってね。
  • あの文楽、「冥途の飛脚」って、雪の中で死ぬ話でさ。「Dools」のあのラストは、そこからだね。あれ、足滑らして落っこって。ひとりが落ちると、ヒモでつながってるんでもうひとり落ちる、っていう。まあ、遭難に近いんだけど。あれはね、最後の、木が出てて、ロープでふたりがぶら下がってるのがね、非常にあの……変な感じで。人間ふたりが死んでんだけど、非人間的な、単なる生き物が死んだだけ、っていうような感じにしたかったんだけどね。まあ、妙な感じっていうかね、情が抜けた感じがいいなと。
  • 文楽やなんかだと、最期にふたりが死んでいくシーンでは、盛り上げていくんだけど。そうじゃなくて、単に生物が死んで、枯れ葉とか枯れ草のようにぶら下がってる、みたいな感じにしたくて。あすこは、あんまり感情を入れないほうが、自分の映画的にはいいかなっていうかね。あんまりその……男と女の情念みたいので盛り上げるんだけど、そのあと景色が変わって、パッと「単に死んだだけじゃん」っていうとこに戻しちゃう、っていうかね。観てる人が、その情の中で終わらないように、っていうか。

 本作で伝統芸能を取り入れたことは、素晴らしい効果を発揮していると個人的に思っている。伝統的な作品を引用し、それを上手く作品とつなげると、作品の世界観が一気に広がるからだ。

 この引用の効果が、ラストシーンでは少々特異な形で現れる。とことんまで人物の情の部分を盛り上げておいて、最後は本当にあっさりと、機械的なシーンで終わる。このシーンについて考えてみると、これはまさに「人形劇」を忠実に再現したと言える。

 人形劇というのはかなり残酷な話を扱うことがる。昔話などもそうだが、子どもが見る物語でも残酷なものは多い。しかし、人形やイラストで表現していることで、その残酷さが良くも悪くも薄まるのだ。こと伝統芸となると、観るものはあくまで「過去の話」と捉える。登場人物に感情移入して涙を流す、などということは期待していないのだ。そこにきて、本作もラストは感情移入をあえて阻むような描き方をしている。これによって、何か作品に格がつくというか、「あくまで創作ですよ」と語りかけてくる。そうなると、観る方は「感動」ではなく「感心」するのだ。

 あれこれとややこしい分析をしたが、本作では伝統芸の見事な引用方法を提示してみせているわけだ。

ラブストーリー、恋愛映画について

  • まあ、これも恋愛映画ではあるんだけど。でも、究極の恋愛映画というか。基本的にはあれじゃない? 文楽とか歌舞伎は、多分に究極なやつをやるじゃない。だから芝居として成立するんであって。それと近いんじゃないかな。この映画の中で、その究極の愛っていうのは何かっていうと、アイドルと追っかけがそうだし、ヤクザとそれを待ってる女がそうだし、主人公の、好きだった女を裏切ったらその女が自殺未遂して、頭がおかしくなってしまったっていうのもそうだし。その3つとも、報われないけどね。
  • どの愛も一方的な愛なんだよね。あの主人公は、自分のせいで、彼女が頭がおかしくなってしまって。その償いと愛で、ひたすら彼女に仕えてるんだけど、相手は頭がおかしいから伝わらないっていうね。やっぱりあれだよね、そういうのも、暴力だよね。愛ってのも暴力だなあと思うもん、相手にとっては。
  • 愛っていうけどさ、結局、子供作ったりさ、セックスの関係ではあるわけじゃない。(中略)だから、意外に自然のまんまであって。で、桜とか、紅葉とか、きれいで儚いもんであってさ。そうすっとね、きれいな世界なんだけど、裏におどろおどろしい世界があったり。歌舞伎とか文楽なんか、きれいなんだよね、着物から背景から。それはなぜかっつうと、きれいなものの裏側の、死の世界があるというかね。

 恋愛や綺麗なものの裏にある残酷さや死の世界。そして印象的なのは「愛ってのも暴力」という言葉。ここは引用部分が全てを語っているので、あれこれと考察を加える必要はない。言うとすれば、北野監督の持論である「振り子の理論」。とことん真面目なことをできるからこそ、とことん馬鹿なことができる。これと同じで、とことん綺麗な世界を描けば、その裏にある残酷さも極まる、というわけだ。

作中の山本耀司の衣装について

  • ヒモでつないじゃったのは……やっぱり、暴力映画もそうだけど、むちゃができるほうがおもしろいんじゃない? 恋愛映画でも、普通に知り合ったりするよりも、ヒモで結んじゃったり、そういうむちゃなほうが。でも、ふたりをヒモで縛るっていうのは、映像的にどうかってすごい悩んだけど。まあ、山本耀司さんの衣装が、また、すごいの作ってきちゃったんで。もう、非現実的な世界へ持ってっちゃえば? っていう感じがあったから。あれ、普通の格好でやられたら、どうにもなんないだろうと思ったな。(中略)あの衣装が違和感なく観れれば勝ちかな、っていうか。
  • あの衣装じゃなくて、普通の格好で撮ったら、雪のシーンなんか、ただ遭難した人にしか見えないもんね。あれがちゃんと心中に見えるのは、あの衣装だよね。あの和服の色ね、耀司さんがわざわざ京都まで行って、染めてもらってんだよね。だから、いい色出てんの。

  衣装も本作の見所の一つである。場面ごとに衣装が代わり、その度に画面に引き込まれる。面白いと思ったのは、ほとんどホームレスになった二人の衣装。みすぼらしく汚い格好なのだが、よく見るとしっかりした生地で金がかかっている。しかし、それが表には出ない。あくまで注意してみるとそう見える。

 よく日本の映画であるのは、みすぼらしい格好をさせようとしているのに、衣装の良さが全面に出すぎて不自然になるというもの。そういった失敗を犯さず、ギリギリのバランスで成り立っているところも、本作の見所である。

 

山本耀司。モードの記録。
※衣装担当の山本耀司氏の関連書籍

冥途の飛脚 [DVD]
※映画のモチーフとなった人形浄瑠璃「冥途の飛脚」