David Bowie(デヴィッド・ボウイ)まとめ【おすすめアルバム,名盤,レビュー】

2017年11月8日

ベルリン時代 – ジャーマン・ロックの影響とブライアン・イーノとの共作

 ジギー・スターダストで一躍スターの仲間入りをしたボウイは、その後にSF小説『1984』をテーマにしたアルバム『ダイアモンド・ドッグス』(1974)や、黒人音楽に傾倒した『ヤング・アメリカン』 (1975)を発表。そして、1970年代の後半に入り、ボウイは新たな創作活動を開始する。この時期のキーワードはベルリン。ドイツのロックを見ると、 アメリカともイギリスとも異なる独自の方向性があり、ジャーマン・ロックと呼ばれていた。当時特に影響力があったのは、電子音楽や前衛音楽を取り入れたスタイルクラフト・ワークなどのアーティストが有名。

  そのスタイルは、60年代後半のサイケデリック・ロック、70年代前半のプログレッシブ・ロックの要素を踏襲しつつ、シンセサイザーを代表とする無機質な 電子音、ポップの要素なども含む。フォロワーはボウイの他にも、テクノで世界的に成功したYMO、U2、ダンスミュージックで世界的に成功しているケミカ ル・ブラザーズに至るまで幅広い。80年代始めのニュー・ウェーヴにも多大な影響を与えている。このドイツの音楽スタイルをボウイ流に解釈し、70年代終盤にかけて発表された作品が「ベルリン3部作」と呼ばれている。デヴィッド・ボウイのキャリアの中でも最も評価の高い時期であり、作品の芸術性がずば抜けている。その1作目が『ロウ』。

 

ロウ』(1977)


ロウ

 個人的な話だが、僕がこのアルバムを聞いたきっかけについて。元々グラム・ロック時代のボウイはよく聞いていて、一時期プログレにハマった時があった。有名なプログレ作品を手当たり次第に聞いていたところ、ボウイにもプログレ的なアルバムがあると知って手にした。実際、『ロウ』は電子音の多様、インストが多い点など、プログレ的な要素が多分にある。加えて、そこにはボウイならではの攻撃的なサウンド、トリッキーな表現が加わっており、完全に「独自のサウンド」を作り上げている。

 『ロウ』はインスト曲が半分を占めているので、インストに慣れていない人は最初は飽きちゃうかもしれない。とりあえず前半の数曲を聞いて、気に入ったらそのまま後半も聞いてみる。馴染めなかったらしばらく寝かせて、何ヶ月かたってからまた聞いてみるといい。インストは慣れるまで時間がかかるけど、一度慣れちゃうとどんどんはまる。そのうち歌が邪魔になってくるほど。

 ボウイのキャリアの絶頂期と言われるベルリン3部作。その第一弾の今作は、プログレ好き、電子音楽好きは必聴のおすすめアルバム。必ずハマる。

ヒーローズ』(1977)


ヒーローズ

 77年発表のヒーローズは、前作よりも大衆受けしやすい曲調になっている。よりエッジの利いた音づくりで、個々の楽曲の輪郭がはっきりしている。ただ、アルバムの後半部分は前作と同じくインスト中心で音の表現を楽しんでいる。こちらも名盤。ロウにハマったなら、必ず楽しめる作品になっている。とくに表題曲「ヒーローズ」はボウイの代表曲の一つにもなっている。

 ベルリン3部作を語る上で欠かせないのが、ブライアン・イーノだ。現代音楽、前衛音楽を得意とし、キーボードやシンセサイザーをプレイする音楽家。特に彼が有名なのは、ポピュラーミュージックのミュージシャンとの共作。デヴィッド・ボウイの他にも、元キング・クリムゾンのロバート・フリップトーキング・ヘッズコールドプレイU2など名だたるミュージシャンと関わっている。特に有名なのはU2のプロデュースで、いわゆる環境音楽の要素をU2の作品に付与し、歴史的な名作『ヨシュア・トゥリー』を世に送り出した。

 ロックの名盤には名プロデューサーが必ずいる。特に、力のあるミュージシャンと名プロデューサーがタッグを組むと、高確率で名盤が誕生する。ロックの歴史を知れば知るほど、「プロデューサーって大事だな」って思う。プロデューサーから離れて失敗したバンド、潰れたバンドもたくさんいるし、名プロデューサーと共に歩み、長いキャリアを積むアーティストもたくさんいる。あるバンドとあるバンドの最高傑作が同じプロデューサーだったということもある。ボウイはブライアン・イーノとは別に、トニー・ヴィスコンティというこちらも名プロデューサーと長きに渡って作品づくりをし、数々の名作を世に送り出している。ウィキペディアにはアルバムごとにプロデューサーの名前も表記されているから、リンクが表示されていたら見てみると面白い。自分の好きなアーティストは、実は裏に同じプロデューサーの存在があった……なんて発見もあるはず。

 

キャリア最大の成功『レッツ・ダンス』

レッツ・ダンス』(1983)


Let’s Dance

 デヴィット・ボウイの曲の中で、「誰もが耳にしたことのある曲」と言えば、このアルバムの表題曲『レッツ・ダンス』かもしれない。

 70年代の終わりごろから、世界ではダンスミュージック、ディスコブームが訪れていた。ボウイもベルリン時代の作風に別れを告げ、新たな音楽を模索していた。そこで、新たなプロデューサーを迎えて制作したのがこの作品。アルバム全編を通じてディスコ、あるいはAORやポップなど、当時の音楽の流行を取り入れたスタイルになっている。他のアルバムと聞き比べればわかるけど、これまでのボウイの作風とは全く異なる。言い方は悪いけど小洒落て軽い音。電子音を使う点などはベルリン時代と似ていなくもないけど、やっぱり全く違う。と言っても、駄作と言うわけではない。個性的な曲が多く、作品の完成度は高い。大ヒットしただけある。

 このアルバムによって、ボウイの世間的な立ち位置はやや変わる。それまでは「センスの良いアーティスト」だったところに、「売れるアーティスト」という要素も加わる。これ以前も、知名度はもちろん高く、アーティストとして高い評価を得ていた。しかし、決して売れ線では無かった。世間の流行とは逆の音楽を送り出していたのが、ここで初めて流行りに乗った。そこが、これまでのアルバムとの大きな違い。それが良いとか悪いとかはどうでもいい。相変わらずいい音楽をつくっている。しかし、間違いなく世間のイメージは変わった。ボウイも、このアルバムの後で、自身のミュージシャンとしての方向性を模索することとなる。

 

⇒page3「プロデューサーとしてのデヴィット・ボウイ」

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Posted by hirofumi