David Bowie(デヴィッド・ボウイ)まとめ[おすすめアルバム,名盤名曲,レビュー]

2018年1月13日

あらゆるジャンルを踏襲
世界一影響力のあるミュージシャン


CROSSBEAT Special Edition デヴィッド・ボウイ 1969-1973

もくじ

<デヴィッド・ボウイについて>
<おすすめアルバム/代表作解説>
  • グラムロック時代
    架空のスター「ジギー・スターダスト」

    • ジギー・スターダスト』(1972)
    • アラジン・セイン』(1973)
  • ベルリン時代
    ジャーマン・ロックの影響,ブライアン・イーノとの共作

    • ロウ』(1977)
    • ヒーローズ』(1977)
  • キャリア最大の成功
    • レッツ・ダンス』(1983)
<プロデューサーとしてのデヴィッド・ボウイ>
  • グラム・ロックとルー・リード
    • トランスフォーマー』(1972)
    • ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ』(1964)
  • 盟友イギー・ポップ
    • ロウ・パワー』(1973)
    • ラスト・フォー・ライフ』(1977)

デヴィッド・ボウイについて

 「世界で最も影響力のあるアーティストは誰か?」この質問の答えはいろいろ考えられる。そもそも「音楽家」と言えば範囲が広すぎるし、「影響力」も表現としてアバウトだ。ただ、ロックやポピュラーミュージックに限定し、より幅広いリスナーに音楽を届けているミュージシャンと限定すれば、その一人にデヴィッド・ボウイがあげられる。

 2016年1月10日、デヴィッド・ボウイが死去したというニュースが入ってきた。彼は世界的なミュージシャンであり、欧米では日本よりもかなり大きなニュースとして報道された。彼は間違いなく、20世紀を代表するミュージシャンであり、その影響力はポール・マッカートニーにもジョン・レノンにも、ミック・ジャガーにも、ボブ・ディランにも劣らない。まさにビックスターの死去。二日前の自身の誕生日に新作を発表したばかりだった。

 活動期間は1966年から2016年まで、まるまる半生記。その間、幾度と無く傑作を世に送り出し、その時代を切り取った音楽を生み出してきた。そこがボウイのすごいところだ。加えて、彼は「ノンジャンル」と言っていいほど、あらゆるジャンルの音楽を取り込み、自分のものにしてきた。アルバムごとに姿を変え、常に新しい音楽を届けてきた。そういう意味で、「現在活動しているあらゆるミュージシャンは、直接的・間接的に、少なからずボウイの影響を受けている」とまで言われている。それくいらい、幅広い音楽性を持っているミュージシャンだった。

 メジャーな舞台で活躍し続けながらも、その表現はカルト的であり、常に姿を変えてきたアーティスト。オリジナルアルバムからプロデュース作品まで、ボウイのおすすめアルバムを紹介し、そのキャリアを振り返っていきたい。

おすすめアルバム/代表作解説

グラムロック時代
架空のスター「ジギー・スターダスト」

ジギー・スターダスト』(1972)
ロック史に残る最高傑作!
★★★最高傑作★★★


ジギー・スターダスト

 

 すでに4枚のアルバムを発表し、人気ミュージシャンであり、その音楽性や世界観も評価されていたボウイ。そんな彼が、一躍「スター」に押し上げた作品が『ジギー・スターダスト』。この作品はコンセプトアルバムで、「火星からやってきたミュージシャンの成功と没落を描く」というもの。ぶっ飛んだコンセプトだけど、それを支えているのが素晴らしい楽曲とボウイの表現。彼は創作上のキャラクターとして「ジギー」を表現するのではなく、あくまで「ジギー」になりきって活動を始めた。ステージでも自身をジギーと名乗り、メディアに対しても役になりきる。その徹底したキャラクターへの憑依によって、「ジギー」というデヴィッド・ボウイとは別のアーティストを演じきったことが、それまでになく革新的だった。

 一方曲の方は、クオリティが素晴らしい。個々の曲の個性も、アルバム全体のまとまりも、それを支えるテーマも、詩も、そして演奏と歌も、すべてがハイクオリティ。結局はこれらがないと、いくら凝ったコンセプトでもうまくいかない。すでにアーティストとしての実績を挙げていた上で、とっておきのアイディアを具現化したところが、このアルバムの成功の理由だと思う。

 曲についてもう少し話すと、曲調はオーソドックスなロック。特徴的なのは、盟友「ミック・ロンソン」の印象的なギター。アコースティック寄りの曲に、要所要所でエレキギターを加えているところが良い。あと、ピアノをフィーチャーした曲も多い。この辺もデヴィッド・ボウイが得意とする曲作りの一つ。それから、何と言ってもボウイの特徴的な声。ハスキーな彼の声は、ドスの利いた低音からむせび泣くような高音まで、曲の中で何度も行ったり来たりする。この歌による表現力は見事。個人的に、初期のボウイは特に表現力が豊かな気がするけど、このアルバムはその最たるもの。特にラストの「Rock’N’Roll Suicide」は見もの。

 この作品の発表後、ライブでもボウイはジギーを演じ続け、ツアーの合間に新たな作品『アラジン・セイン』を発表。前作ではジギー・スターダストの歴史を描いたのだが、新たな作品は「架空のミュージシャンであるジギーが発表したアルバム」という内容。この辺がなんとも言えない。完全にキャラクターになりきっている。個人的に最もおすすめのアルバム。

アラジン・セイン』(1973)
“ジギー・スターダスト作”のアルバム!


Aladdin Sane

 

 全作では「ジギー・スターダストという架空の宇宙人アーティストの物語をアルバムで表現」した。そして、本作では「ジギー・スターダストが制作したアルバム」というコンセプトになっている。もはやこの2作の設定自体がぶっとんでいるが、アルバムのクオリティは素晴らしい。

 この時期のボウイは、奇抜なメイクや衣装でも話題になっていた。実は、その衣装を担当していたのは日本の山本寛斎。ボウイは日本の文化に興味があって、アルバムの曲のテーマとしても取り入れている。その影響もあって、山本寛斎にむちゃくちゃな衣装をつくってもらっていた。この後のボウイの活動を見ていくとわかるけど、彼はいろいろなジャンルのいろいろな人と関わっていく。日本で言えば大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」に出演しているし、そこでは日本が誇る映画監督のビートたけし、そして同じく日本が誇る世界的ミュージシャンの坂本龍一と共演している。そんなこんなで、ボウイは日本でも結構知名度が高い。

 『アラジン・セイン』に話を戻すと、曲調は結構アバンギャルド。マイク・ガースンというピアニストが参加していて、不協和音とか変拍子のピアノがいい味を出している。他にも、ローリング・ストーンズの曲のカバーも面白い。原曲のリズムを早めて、全く別の曲に変えている。ボウイはその後のキャリアの中で様々なアーティストと共作(曲レベルでも、プロデュースも)しているので、カバーはお得意。ボウイの器用さがよく出ているアルバムでもある。

デヴィッド・ボウイ 変幻するカルトスター

デヴィッド・ボウイ 1974-1976


ベルリン時代
ジャーマン・ロックの影響,ブライアン・イーノとの共作

 ジギー・スターダストで一躍スターの仲間入りをしたボウイは、その後にSF小説『1984』をテーマにしたアルバム『ダイアモンド・ドッグス』(1974)や、黒人音楽に傾倒した『ヤング・アメリカン』 (1975)を発表。そして、1970年代の後半に入り、ボウイは新たな創作活動を開始する。この時期のキーワードはベルリン。ドイツのロックを見ると、 アメリカともイギリスとも異なる独自の方向性があり、ジャーマン・ロックと呼ばれていた。当時特に影響力があったのは、電子音楽や前衛音楽を取り入れたスタイルクラフト・ワークなどのアーティストが有名。

  そのスタイルは、60年代後半のサイケデリック・ロック、70年代前半のプログレッシブ・ロックの要素を踏襲しつつ、シンセサイザーを代表とする無機質な 電子音、ポップの要素なども含む。フォロワーはボウイの他にも、テクノで世界的に成功したYMO、U2、ダンスミュージックで世界的に成功しているケミカ ル・ブラザーズに至るまで幅広い。80年代始めのニュー・ウェーヴにも多大な影響を与えている。このドイツの音楽スタイルをボウイ流に解釈し、70年代終盤にかけて発表された作品が「ベルリン3部作」と呼ばれている。デヴィッド・ボウイのキャリアの中でも最も評価の高い時期であり、作品の芸術性がずば抜けている。その1作目が『ロウ』。

ロウ』(1977)
ジャーマン・プログレへの接近!


ロウ

 

 個人的な話だが、私がこのアルバムを聞いたきっかけについて。元々グラム・ロック時代のボウイはよく聞いていて、一時期プログレにハマった時があった。有名なプログレ作品を手当たり次第に聞いていたところ、ボウイにもプログレ的なアルバムがあると知って手にした。実際、『ロウ』は電子音の多様、インストが多い点など、プログレ的な要素が多分にある。加えて、そこにはボウイならではの攻撃的なサウンド、トリッキーな表現が加わっており、完全に「独自のサウンド」を作り上げている。

 『ロウ』はインスト曲が半分を占めているので、インストに慣れていない人は最初は飽きちゃうかもしれない。とりあえず前半の数曲を聞いて、気に入ったらそのまま後半も聞いてみる。馴染めなかったらしばらく寝かせて、何ヶ月かたってからまた聞いてみるといい。インストは慣れるまで時間がかかるけど、一度慣れちゃうとどんどんはまる。そのうち歌が邪魔になってくるほど。

 ボウイのキャリアの絶頂期と言われるベルリン3部作。その第一弾の今作は、プログレ好き、電子音楽好きは必聴のおすすめアルバム。

ヒーローズ』(1977)


ヒーローズ

 

 77年発表のヒーローズは、前作よりも大衆受けしやすい曲調になっている。よりエッジの利いた音づくりで、個々の楽曲の輪郭がはっきりしている。ただ、アルバムの後半部分は前作と同じくインスト中心で音の表現を楽しんでいる。こちらも名盤。ロウにハマったなら、必ず楽しめる作品になっている。とくに表題曲「ヒーローズ」はボウイの代表曲の一つにもなっている。

 ベルリン3部作を語る上で欠かせないのが、ブライアン・イーノだ。現代音楽、前衛音楽を得意とし、キーボードやシンセサイザーをプレイする音楽家。特に彼が有名なのは、ポピュラーミュージックのミュージシャンとの共作。デヴィッド・ボウイの他にも、元キング・クリムゾンのロバート・フリップトーキング・ヘッズコールドプレイU2など名だたるミュージシャンと関わっている。特に有名なのはU2のプロデュースで、いわゆる環境音楽の要素をU2の作品に付与し、歴史的な名作『ヨシュア・トゥリー』を世に送り出した。

 ロックの名盤には名プロデューサーが必ずいる。特に、力のあるミュージシャンと名プロデューサーがタッグを組むと、高確率で名盤が誕生する。ロックの歴史を知れば知るほど、「プロデューサーって大事だな」って思う。プロデューサーから離れて失敗したバンド、潰れたバンドもたくさんいるし、名プロデューサーと共に歩み、長いキャリアを積むアーティストもたくさんいる。あるバンドとあるバンドの最高傑作が同じプロデューサーだったということもある。ボウイはブライアン・イーノとは別に、トニー・ヴィスコンティというこちらも名プロデューサーと長きに渡って作品づくりをし、数々の名作を世に送り出している。ウィキペディアにはアルバムごとにプロデューサーの名前も表記されているから、リンクが表示されていたら見てみると面白い。自分の好きなアーティストは、実は裏に同じプロデューサーの存在があった……なんて発見もあるはず。

デヴィッド・ボウイ 1977-1982

キャリア最大の成功

レッツ・ダンス』(1983)


Let’s Dance

 

 デヴィット・ボウイの曲の中で、「誰もが耳にしたことのある曲」と言えば、このアルバムの表題曲『レッツ・ダンス』かもしれない。

 70年代の終わりごろから、世界ではダンスミュージック、ディスコブームが訪れていた。ボウイもベルリン時代の作風に別れを告げ、新たな音楽を模索していた。そこで、新たなプロデューサーを迎えて制作したのがこの作品。アルバム全編を通じてディスコ、あるいはAORやポップなど、当時の音楽の流行を取り入れたスタイルになっている。他のアルバムと聞き比べればわかるけど、これまでのボウイの作風とは全く異なる。言い方は悪いけど小洒落て軽い音。電子音を使う点などはベルリン時代と似ていなくもないけど、やっぱり全く違う。と言っても、駄作と言うわけではない。個性的な曲が多く、作品の完成度は高い。大ヒットしただけある。

 このアルバムによって、ボウイの世間的な立ち位置はやや変わる。それまでは「センスの良いアーティスト」だったところに、「売れるアーティスト」という要素も加わる。これ以前も、知名度はもちろん高く、アーティストとして高い評価を得ていた。しかし、決して売れ線では無かった。世間の流行とは逆の音楽を送り出していたのが、ここで初めて流行りに乗った。そこが、これまでのアルバムとの大きな違い。それが良いとか悪いとかはどうでもいい。相変わらずいい音楽をつくっている。しかし、間違いなく世間のイメージは変わった。ボウイも、このアルバムの後で、自身のミュージシャンとしての方向性を模索することとなる。

⇒「プロデューサーとしてのデヴィット・ボウイ」