コック・アンド・ローチズ(9)「グレイプ・コメット」

2016年9月18日

「バンドのマスコット」

Ringo

 チームや組織には、必ずと言っていいほど「ムードメーカー」がいる。彼らは表向きは明るく単純なキャラクターだが、その裏では繊細で傷つきやすい心を持ち、非常に神経質な面を持っている。ロック界屈指の名ドラマー「グレイプ・コメット」もそうだった。その繊細さが独特のプレイを生み、その繊細さゆえに彼を慕う人物も多かった。その集大成が「Budo(ブドウ)」と言う名のアルバムだ。

 

 

ムードメーカーは心が繊細

「コック・アンド・ローチズ」

20世紀後半から現在に至るまで、音楽界はポップとロックが牛耳っている。細分化するジャンルも、結局はこれらの要素が根っこにある。

そんなポップ・ロックを世界中に広めたのが、「コック・アンド・ローチズ」だ。

もはや説明不要のローチズ。解散から半生記近く経ち、メンバーも半分しか残っていない現在でも、知名度はミュージシャンの中で一番であり、CDも未だに売れ続け、世界中のアーティストからの尊敬を集め続ける。

解散後もすべてのメンバーがソロで成功、そこでようやく「ローチズは天才の集まりだった」と世間は知ることになった。

音楽があるかぎり、これからもローチズは愛され続けるだろう。

 

 ハリス・ジョーンズと同じく、ファンからの人気は非常に高く、バンドのマスコット的な存在だったのがグレイプ・コメットだ。しかし、あくまでバンドの中心人物はジャンとパウロであり、彼もまた「ローチズのメンバーの一人」だった。現在ではロックの歴史に残る名ドラマーの一人にあげられるが、そのドラミングも、マルチプレイヤーであるパウロに鍛えられた側面がある。

 

 グレイプはドラマーとしての才能に恵まれていた。独特のリズムを持ち、印象的なフレーズを刻む技術を生まれながらに持っていた。しかし、パウロはそれに加えて、音に必然性や根拠を求めた。ドラムの基本技術はパウロの方が上であり、作曲する上での音の配置についてはパウロの方が圧倒的に良く知っていた。そうなると、パウロはグレイプのドラムにいちいち口を挟む。細かい注文をつける。しまいには、スティックを奪って自分でドラムを打ち始める。しかも、それが文句のつけようがない上手さなのだ。

 

 ファンの前では人気者として扱われ、その裏ではパウロに口うるさく言われる毎日。ジャンが平和運動に傾倒し、バンド内でのパウロの存在感が大きくなっていた時期は、特にその傾向が強くなった。一方で、グレイプはメンバーの中で唯一、すべてのメンバーから愛されていた。グレイプは陽気でちょっと抜けたところがあり、日常でのおっちょこちょいで自由奔放な言動が、バンドの潤滑油にもなっていた。得てしてそういう人物は、見かけとは違って傷つきやすいところがある。周りが気が付かない間に悩みを膨らませ、突然その感情を爆発させることがある。

 

 中期から後期にかけて、バンドのアルバムリリースの間隔はどんどん長くなっていた。メンバー全員がスタジオに揃うことも珍しいほどだ。ジャンはほとんど不在であり、その穴を埋めるようにパウロとハリスがスタジオに篭って延々と作業する。「グレイプはそのへんで適当に時間をつぶしててくれ」と言われ、ドラムの音が必要になると呼ばれ、「ああでもないこうでもない」と演奏に注文の嵐。そしてまた「あっちで遊んでろ」となる。これが繰り返され、グレイプはついに怒ってスタジオを飛び出してしまう。

 

ボイコットが生んだオールスターアルバム「Budo(ブドウ)」

 グレイプは非公式ながら脱退宣言をし、音楽界には衝撃が走った。後期に入っていたローチズは解散騒動が絶えず、何かきっかけがあればすぐにでも解散すると言った雰囲気があったからだ。しかも、グレイプはそのキャラクターから、間違っても解散の原因にはならないと思われていたのだ。

 

 ジャンの平和運動とグレイプの脱退宣言で、バンドは一時的にだが活動休止状態に陥る。元々、活動はほとんど休止していたため、残されたメンバーは過去の音源の編集に当たっていた。そんな中、グレイプは急遽アルバム制作を開始する。

「バンドはもうやめた。それで、僕はソロデビューするから、仲間を集めようと思う」

 米英の全国放送及び、世界中で生中継された会見を見て、世界中から彼を慕うアーティストが集結。ものの1週間で、国際的な音楽フェスが開催できるようなメンバーが揃った。面白かったのは、その中にはパウロとハリス、そしてジャンもいたことだ。別の形で集結したローチズのメンバーたちを前に、グレイプはけろりとしていた。

「やあ、みんな。バンドはどう? 僕がいなくたっても大したことないだろ? それはそうと、今回は僕のソロアルバムに曲を2つほど、それから、いくつかの曲で演奏もしてもらうよ」

 

 グレイプは至って真面目だった。メンバーはグレイプがそのうちバンドに戻るだろうと思いつつ、その場では彼の申し入れを快く引き受けた。プライベートでも親交が深かったハリスの曲を一つ、それから、ジャン作の曲をメンバー全員参加で演奏することになった。レコーディングでは、グレイプがリーダーとなった。パウロはグレイプの指示に対して一切口を挟まず、彼が求める音を完璧に表現。ジャンは大袈裟ともいえるくらいにグレイプのプレイを褒める。そしてハリスは、アレンジや編集面でグレイプにつきっきりでサポートした。ここに、ボブ・ディランエリック・クラプトンニッキー・ホプキンスマーク・ボランビリー・プレストンなどの名だたるメンバーを加えて、アルバムは完成された。

 

 レコーディング中、ローチズのメンバーは久しぶりに音楽を楽しんだという。ローチズとしての活動が上手くいかない中、別の形で再集結したことで、のびのびとしたプレイが出来たのだという。後年語るところによると、メンバー全員揃って、笑顔で演奏できたのはこれが最後だったそうだ。アルバムは飛ぶように売れ、グラミー賞候補にもなった。世界ツアーも計画されたが、多忙なオールスターを再集結させることはほぼ不可能だった。この後、グレイプはローチズに復帰。しかしバンドのまとまりの悪さは相変わらずであり、数年後の解散に向けて突き進んでいくのであった。

 

続く