コック・アンド・ローチズ(8)「ハリス・ジョーンズ」

2016年9月17日

「埋もれた才能」

all things must pass

 天才と呼ばれる人間には大きく分けて2種類ある。一つは、特定の物事をとことん掘り下げるタイプ。「その人にしかできないこと」をやる人間だ。一方、「何でもできる」人間もいる。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチのような万能の天才。建築、絵画、数学、哲学、物理学とあらゆる分野で功績を残した。彼のように複数の分野にまたがる者もいれば、一つの分野であらゆることをする者もいる。

 ローチズを影で支えたハリス・ジョーンズは、決して天才ではなかった。しかし、確かな技術、人格と人望に恵まれ、ジャンとパウロという天才2人に挟まれながらも、その個性をいかんなく発揮した。彼は、天才ではないが凡人でもない、「超一流」としての生き方を世界に示したのだ。

 

 

人格者 ”ハリス・ジョーンズ”

「コック・アンド・ローチズ」

20世紀後半から現在に至るまで、音楽界はポップとロックが牛耳っている。細分化するジャンルも、結局はこれらの要素が根っこにある。

そんなポップ・ロックを世界中に広めたのが、「コック・アンド・ローチズ」だ。

もはや説明不要のローチズ。解散から半生記近く経ち、メンバーも半分しか残っていない現在でも、知名度はミュージシャンの中で一番であり、CDも未だに売れ続け、世界中のアーティストからの尊敬を集め続ける。

解散後もすべてのメンバーがソロで成功、そこでようやく「ローチズは天才の集まりだった」と世間は知ることになった。

音楽があるかぎり、これからもローチズは愛され続けるだろう。

 

 ローチズがこれほど評価されているのには、たくさんの理由がある。もちろん、2人の天才ジャンとパウロの存在が大きいのは言うまでもない。彼ら2人だけでも、バンドは大成功していただろう。しかし、バンドの作品や音楽性に深みや広がりを与えたのは、他ならぬギターのハリス・ジョーンズである。

 

 中期のバンドにインドのテイストをもたらしたのはハリスであり、それがバンドの楽曲をアートにまで昇華させたと言っても過言ではない。また、ハリスは人格者としても知られており、音楽業界に幅広い人脈を築いていた。当時の名だたるアーティストとプライベートで交友があり、ゲストミュージシャンとしてアルバムに参加させたのも多数。始めは楽しいという理由でゲスト参加させていたが、中期以降にメンバー間に軋轢が生じてからは、ゲストの存在が潤滑油のような働きをした。レコーディングをしようにも4人が揃うことすら難しい時期にも、ゲストが来るとなればメンバーはしぶしぶ集まる。ハリスがいなければ、バンドの解散はもっと早かったかもしれない。

 

 さて、そんなハリスだが、バンド時代についてインタビューを受けると、それほどいい表情はしない。ジャンとパウロという超人的な天才がいたために、彼は常に冷遇されていたからだ。一例をあげれば、演奏をことこまかに指示され、勝手なアドリブなどは決して許されず、当然ながら楽曲の提供も制限されていた。例えばどんなにいい曲を書いても、アルバムの中に収録されるのはまれ。ジャンの気まぐれか、どうしても曲が足りない時に穴埋めとして1曲といった程度。ほとんどサポートミュージシャンのような扱いであった。

 

「アルバムに曲をねじこめろ」

 しかし、そこはアーティストとしてプライドのあるハリス。ジャンもパウロも、話し合いではどうにもならないとわかっていた。そこでまず、プロデューサーと信頼関係を築き、「どうにかして自分の曲をアルバムにねじこめないか?」と相談。プロデューサーの答えは単純明快だった。

「あいつらは曲をつくりすぎて、どれがどれだか自分でもわからなくなってる。お前の曲をあいつらの曲だと言って、カモフラージュに2人にアレンジさせればちょうどいい」

 とは言え、曲のクオリティーには神経質な2人だったので、ハリスの中でもとっておきの曲をいくつか用意し、2人にアレンジさせてみた。試みは見事に成功し、ハリスのアイディアをジャンとパウロで装飾したような、傑作が完成した。曲の出来には2人も満足しており、「これまでにない名曲だ」と喜んでいた。

 

 中期から後期にかけてのアルバムでは、クレジットは「レイン=アントニー」(ジャンとパウロ作)になっている、ハリス作の曲がいくつも紛れ込んでいる。この事実は、ハリスが晩年になって書いた自叙伝にて初めて明かされた。それに対して、ジャンとパウロはこう語っている。

「そんなことどうでもいいし、なんとなく気づいていた」(ジャン)

「僕らのアレンジが良かったんだよ。若い頃、クソみたいな曲でもアレンジでどうにでもなるって、証明しただろ?」(パウロ)

「何が言いたいかっていうと、ローチズを支えたのは僕だってことだ」(ジャン、パウロ)

 

 ハリスは若い頃から才能に恵まれ、演奏、歌唱、作曲すべて一流、すぐにでもソロでもやっていけるほどの能力を持ち合わせていた。しかし、彼は超一流ではあっても「天才」ではなかった。そして、ジャンとパウロは文句のつけようのない天才であったのだ。ハリスが日の目を見るのは、バンド解散後のソロアルバムが大ヒットした時だった。ローチズが活動していた頃は、あくまでメンバーの一人という認識だったが、解散直前から徐々に評価を上げていき、今ではローチズのメンバーである前に、一人のアーティストとして認識されている。

続く